「自分が許容できる範囲のタブーには、挑戦します。でも、他の人がここまで書いてるから、私もここまで書かなきゃ、というのはやりません」

 第84回は小説家の宮木あや子さんをお迎えして、小説家を志してからデビューに至るまでの経緯や、物語の作り方、世界観へのこだわりなどについて、真摯に語っていただきました。

◆「20歳までにデビューしよう!」しかし現実は/プリンタ故障の功名/歌の世界と小説の世界

――宮木さんは、こういった講座や講演は初めてですか。緊張していませんか。

宮木 初めてですが、緊張はあまりしていないです。思ったより池上さんが怖くない人だったので(笑)。

――怖くないですよ(笑)。今日は3本読んでみて、いかがでしたか。賞に落ちていたころの自分を思い出したりしましたか。

宮木 思い出しましたね、とくに『ワインレッドの躰』が、私の昔の文章にそっくりだったので。

――作者の香川さんは、宮木さんの大ファンなんですよ。きっと喜ぶでしょう。宮木さんは、昔からずっと作家になりたかったんですか。

宮木 15歳のころからですね。松村栄子さんの『僕はかぐや姫』(福武書店、絶版につき入手困難)という小説を読んで、すごい好きだったんです。それで、私も小説を書きたいと思いました。その前に、堀田あけみさんが『1980アイコ十六歳』(河出文庫)で、17歳ぐらいでデビューされてるじゃないですか。だったら私も20歳までにデビューしよう、と思って、まぁ惨敗だったんですけど(笑)。

――実際にデビューされたのは29歳のときだったわけですが、それまで10数年はどうされていたんですか。

宮木 ふつうに働いたりしていたんですが、量は多くないけどずっと書いてはいました。

――R-18文学賞を目指して作品を書こうと思ったのは、デビューする何年前ぐらいですか。

宮木 第3回(2004年)に吉川トリコさんが受賞された後からですね。ここは50枚の短篇だし、データ応募ができたんですよ。そのときプリンタがこわれていたんです(笑)。データ応募で、しかもあらすじを書かなくていい。それに、私の書くものってだいたいエロかったので、ここならぴったしじゃないか、と第4回に応募したら、2本、一次選考を通ったんですよ。そのときの作品をもとにしたのが、『官能と少女』(ハヤカワ文庫JA)に収録されている「春眠」と「コンクパール」です。載せるときにものすごい改稿しましたけどね。
 で、第4回では2本とも最終選考まで行かなくて、次の年に『花宵道中』(新潮文庫)を出したら、さっきも言ったように、下読みの編集者に「この人はこれ1本で終わるんじゃないか」と思われたんだけど、誰かひとり「この名前は去年も見た」と覚えていてくれたんですよ。前回は2作も応募していて、しかもレベルが高い。そう評価してくれて、受賞させてくれたんです。

――R-18の前には、どこかの賞に応募されなかったんですか。

宮木 しました。太宰治賞と、KADOKAWAの青春文学大賞と、あと文藝賞。これは20歳のころに応募したんですが、それぐらいかな。だから、文学賞への応募は5回目で受賞できました。でも時間がかかりましたね。
 私、幼稚園のころから絵と音楽を習っていて、中学からは音大に進むために声楽をやっていたんですけど、事情があって音大には行けなくなったんですよ。そこで私の夢は1回、ばつんと終わったんです。普通の大学に行くための勉強をしていなかったから、17歳で「これから私どうすればいいの」ってなったんです。そこで、じゃあ小説を書こう、ってなって。絵も音楽も親から「やりなさい、プロを目指しなさい」って言われてやっていたもので、どっちも嫌いではなかったけど、小説だけは親に言われたのではなく、自主的に書いてたんです。お金もかからないし、これなら続けられるなって。

――もし音大に行ってたら、小説家にはならなかったかもしれないんですね。

宮木 なってなかったでしょうね。いまごろはメゾソプラノの歌手として世界中を回っていたんじゃないですかね(笑)。

――そうなんですか、人生どこで変わるかわからないものですね。

◆「感応」の官能/崇拝している先輩作家/醜い登場人物の魅力

――R-18文学賞は短篇の賞ですが、長篇でデビューしたいとは思われなかったんですか。

宮木 長篇はどうだったかな……、あ、書いてました。日本ラブストーリー大賞に出そうと思っていたんですが、『花宵道中』の中の「十六夜時雨」というちょっと長めの作品を書いていたんです。本当はそれを応募しようと思っていたんですが、その前にR-18のしめきりがあって、そっちで一次選考を通っちゃったから「ラブストーリー大賞はいいや!」って(笑)。

――R-18を受賞してから、そういう官能小説の要素はずっと求められますよね。

宮木 求められますけど、そんなものすごい官能を書いてくれと言われたことはないです。なぜなら、世の中には官能を専門に書いている作家の方がいらっしゃるから、そっちの畑を荒らすのはちょっと筋違いかなと思って。

――三浦しをんさんが解説を書いている『白蝶花』(はくちょうばな。新潮文庫→幻冬舎文庫)という作品がありますが、この解説がなかなかよくてですね……。

宮木 本文は!? 本文は!?

――本文ももちろんいいですけど(笑)。しをんさんはこう書いています。「宮木あや子さんの小説を読むと、官能という言葉がはらむ豊饒を思い知らされる。/ここで言う官能は、性描写や粘膜の摩擦によってもたらされる感覚のことではない。宮木氏の描く官能は、むしろ「感応」である気がする。単に粘膜を摩擦するだけでは決して到達することのできない、人の精神の深みと高みを描いているからこそ、作品が真に官能的なのだ」。まさにこれは、宮木さんの長所をズバッと言い当てているんじゃないですかね。解説はどういう経緯で書いてもらうことになったんですか。

宮木 ありがとうございます。私は三浦しをん様を崇拝しているので、ぜひ書いていただきたかったんです。これは二次文庫なんですよ。前は新潮社から出ていました。私のデビュー作は嶽本野ばら様に解説を書いてもらったんですが、2作目こそ三浦しをん様に書いていただきたくて、新潮の担当者にお願いしてもらったんです。

――それで読んでもらったんですね。あの人は自分の気に入った作品にしか、解説を書きませんから。

宮木 マジですか。私もうね、受賞したばかりでまだ本が出ていないぐらいの時期に、偶然、青山ブックセンターの横にカフェがあるんですけど、そこに行ったら、角田光代さんと三浦しをん様がお茶をしているところに出くわしまして(笑)。「角田さん! 宮木です! そちらはしをん様ですよね!」って紹介してもらって、本が出る前から自分の売り込みをしていたんです(笑)。

――角田さんも三浦さんも、この講座の常連です(笑)。じゃあ、この『白蝶花』は本当に初期の作品なんですね。

宮木 はい。とくに、真ん中に収録されている「乙女椿」は、デビュー前に書いたものです。

――それにしても、これは本当にすごい作品ですね。

宮木 すごいでしょ! 頑張りましたよー。ものすごい頑張りました。

――これは普通の短篇集かなと思って読んでいたんですが、途中から他の作品の主人公が絡んできて、連作になるんです。昭和初期から戦争中を経て、長い歴史にわたり、ふたりの女性が苦難の人生を歩んでいく。女性を花にたとえつつ書いていくんですが、官能小説でデビューしたばかりのころから、こういうオーソドックスな小説も書けるということを見せていたんですね。これは編集者の求めで書いたんでしょうか。

宮木 ……覚えてません(笑)。ええと、1冊目を書いてすぐ2冊目を出しましょうという話になって、それは集英社から出たので、これは3冊目の本になるんですけど、「こういうのがあります」みたいな感じで(『白蝶花』の中心となる中篇)「乙女椿」を出したら、これで連作にしましょう、って言われて、書き出したんです。

――三浦しをんさんの解説をもう少し引用しますが、宮木あや子さんの作品で何がいいかというと「一言で言えば「醜い」ひとだ。もちろん容貌の美醜ではない。/私は、宮木氏の書く「醜い」ひとが大好きで」「しょーもないおっさんだなあと、最低最悪の下郎ぶりに、読んでいてむしろ興奮してくる」と。「相手の快感もまともに探り出せず、心を言葉に換える技術も持たず、チンケな焦りと虚栄を抱えて虚しく死んでいけばいいよ、クズ、と思う」と(笑)。いやあ、気持ちいいくらいに罵倒している。そんなクズ男を描いているのが好きだ、と書かれています。きれいな女性が描かれている一方で、こういうどうしようもない男が出てくる。でもそれがそれなりの魅力を放っているというか、作品の世界にある種の深みを与えているんでしょうね。どうですか、こういう醜い人が出てくるのが好きだ、と言われて?

宮木 ……ヘンな趣味だな、って思います(笑)。しをん様、男の趣味悪いな、って思いました(笑)。

◆結末へ向け逆算して書く/3大欲求を平等にしたい/作家は「入れ物」

――『官能と少女』には、変態的な男女関係と思わせておいて実は、というミステリ的な趣向がありますね。意外な展開がある。こういったひねりは、最初から考えて書かれるんですか。

宮木 これは最初から考えて書いています。私は、小説を書くときって、だいたい最後の場面を最初に考えるんですよ。その地点まで何メートル、みたいな感じで、そこにたどりつくまでいかように走っていくか、みたいな感じの書き方をしています。8割方はまず結末から考えますね。こんな話を書きたい、と思うか、もしくは編集者から「こんな話を書いてください」と言われて「やばい、どうしよう」と考えたときに、まず主人公はどんな人か決めて、それから結末の場面が2番目になるかな。そんな感じです。

――ストーリーは、ぱっと浮かぶほうですか。

宮木 浮かびませんよ! 苦しいですよ。

――逆算でストーリーを作っていくのは、珍しいやり方じゃないですか。

宮木 そうしないと、いつまでたっても終わらないんですよ。だいたい雑誌の依頼が多いから、たとえば30枚で10回連載とかいわれると、その1回ごとにぜんぶヤマ場とか考えなきゃいけないけど、大本(おおもと)の最終的な結末ができていないと、どの回も進められないから。

――『官能と少女』も初期のころから書かれた作品だそうですが、これを僕は文庫で読んでびっくりしましてね。こんなにうまい人がいたのか、と。なおかつ、性的な要素に対する観察や思考が鋭い。一見するとただれた関係に見えても、その向こうには何があるのかを考えている。性の風景のさらなる奥へとむかっている。これはすごい作家だ、と思いました。性的な問題を書こう、という意識は前からあるんですか。

宮木 ことさらに性的なものを書こうとは意識してないんです。それを特別視するのも何か変だよなって。人間には食欲・性欲・睡眠欲があって、そのうち食欲と睡眠欲はふつうに書かれているのに、なんで性欲だけはそんなに特別扱いされなきゃいけないんだろう、と私は思います。でも、これが万人の考え方じゃないことは自覚しています。

――非常に危ない、犯罪スレスレの関係がふつうの日常として描かれているのには、読んでびっくりしました。編集者の吉田さんは、最初に読んだときはどうでしたか。

早川書房 吉田智宏氏 最初は「小説すばる」で連載されていたんですけど、どうすればこんなにきれいな小説が書けるんだろう、という印象がありました。モラルに反していても美しい、突き抜けたところが感じ取れましたので、この人はすごいなと思いました。

――宮木さん自身は、きれいなものを書いているという意識はないんですか。

宮木 それはあります。きれいなものを意識して書いていますね。さっきの講評で、香川澪さんの小説に対して言ったんですけど、世界観を少しでも浸食するものがあるのはイヤなんですよ。すごく美意識の高い人が読んだら「これはちょっと違うんじゃないの」という点は出てくるかもしれないんですけど、いまの私に作れる限界の世界は、作ろうといつも考えています。だから文章も、この作風だったらこの文章だな、という感じで。たとえばお洋服を作るときも、用途によって生地とか縫い方とか変えるじゃないですか。それといっしょで、いろんなところから、じゃあこの布地、このボタン、とやっていって、ファスナーは面ファスナーにするのか、それともギザギザのやつにするのか、というようにデザインする感じで、作っていっています。

――なるほど。でも文章に関しては、時間の篩(ふるい)にかけるとどうでしょう。10年前に書いた文章を見たら、「ダメだ!」と思ったりとか、ありませんか。

宮木 私は2冊さかのぼるともうイヤです。2冊さかのぼると、なんで私はこんなに文章が下手なんだろう、とすごく思います。たぶん、いま『官能と少女』を読んでも、下手くそだなあと思うでしょうね。

――いやあ、そんなことは全然ないでしょう。『官能と少女』の文章は素晴らしいと思う。ただ、昨日、姉妹講座の「せんだい文学塾」があり、講師の熊谷達也さんも同じことをおっしゃっていましたね。自分の文章が嫌いになってしまって、連載している編集部に休載のお願いをしたそうなんです。「自分の文章が嫌いになってしまったんです」と話したら、担当者と編集長がびっくりして、あわてて仙台まで来たとか。そういう話もあったんですけど、作家というのは、自分の文章を嫌いになったりするものなんですかね。

宮木 え、池上さんは、自分で昔の書評を読んで「おれ何いってんだろう」とか思うことないですか?

――いやあ、ないですね(笑)。書評は、小説と比べると枚数が極端に短いですからね。小説は、題材とかあるでしょう。時代背景もある。時代が古くなると、文章も口語体じゃなく文語っぽく、古い感じにしたりとか、ありますよね。

宮木 それはありますね。私はとくに平安時代の話とかも書いてるので。これは難しいです。平安時代ってもう言語そのものが違うじゃないですか。それをそのまま書く頭もないし。どうやって現代語で平安時代を伝えようか、となると、もう頭の中を平安色にするためにひたすら資料を見て、私はこういうところに住んでいるんだ、こういう匂いをかいでいるんだ、こういう景色を見ているんだ、というふうに頭に叩き込んで、それをアウトプットするんです。
 言ってみれば、入れ物ですよね。材料を集めて、ミキサーにかけるみたいな感じで、「はいできました」と出すときには、空っぽになっているような感じです。

◆世界の細部を言葉で埋めていく/キャラ先行で書くときには/『校閲ガール』タイトルの秘密

――ご自分の文章を、音読したりはしませんか。

宮木 しーまーせーんーよー!(笑)

――えっ、そうなんですか、でもリズムのしっかりした文章になってるじゃないですか。

宮木 めっちゃ校正するというか、ゲラの段階で、目を皿のようにして直します。さっきも言いましたけど、「こと」が多いのに、3年ぐらい前まで気づけなかったんですよ。私の場合は「こと」と「ように」が超多かったんです。だからいまは文庫にするときに直してます。『白蝶花』も、最初の新潮文庫版と、新しい幻冬舎文庫版では文章がまったく違います。初版では「○○のように」「××ということ」がめちゃくちゃ多かった。もう自分の下手さに腹が立って腹が立って。

――文章にはいろいろ禁じ手があると思いますが、ほかにはどういうものがありますか。

宮木 あとは、さっきも言ったけど世界観を壊さないようにする。文章を書くときには、ものすごく言葉を選んでいます。その世界に、かちっとはまる言葉を探す。パズルみたいな感じですね。パズルというか、細部を埋めていく作業をしています。

――この講座にいらっしゃる作家によく聞いているんですが、小説を構成する要素には、文章、ストーリー、テーマ、キャラクター、時代性があります。宮木さんはこのうちどこから作っていかれますか。やはり文章ですか。今日はあまりキャラクターについての話が出ていませんが。

宮木 いま取り上げられているのが『白蝶花』と『官能と少女』なので、文章について話しています。キャラクターに関しては、私『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』というドラマ(日本テレビ系で2016年10月から12月放送)の原作者なんですよ、知ってました?(笑)。『校閲ガール』シリーズ(KADOKAWA)のような、100%エンタメの小説を書くときは、やっぱりキャラクター先行です。キャラクターで入る場合、文章から入る場合、どちらもありますね。

――キャラクターを作るときは、どのように考えて作りますか。現代的な人物とか、読者の共感をよぶ人物とか。

宮木 それは編集者のオーダーによります。たとえば、『校閲ガール』の前の前に、メディアファクトリーから『セレモニー黒真珠』という葬儀屋さんの小説を出しているんですけど、そのときの編集者からのオーダーは「アラサーの女性で変わった仕事をしている人の小説を書いてください」と言われて、変わった仕事って何があるだろう、と考えたとき、思いついたのが葬儀屋さんでした。

――どんな職業を選ぶか、というのはキャラクターを作るうえで重要ですね。日本ではここ20~30年ぐらいの流れですが、昔は単に「サラリーマン」でよかった主人公の職業も、いまはどういう業種なのか具体的に書くようになりました。この違いは大きいですね。
『校閲ガール』は、最初から校閲部員を主人公にしようとされていたんですか。

宮木 あれは違います。あれもKADOKAWAのメディアファクトリーからオーダーをいただいて、本にまつわる短篇を書いていたものなんですけど、実はそれよりも前に『校閲ガール』というタイトルだけはできていました。『書店ガール』(碧野圭、PHP文芸文庫)とか『編集ガール!』(五十嵐貴久、祥伝社文庫)とか、『全開ガール』(テレビドラマ、フジテレビ系にて2011年放送)とか、『○○ガール』が流行っていたんですよ。しかも『書店ガール』がすごく売れていたので、「書籍にまつわる話で『ガール』って付けときゃ本が売れんじゃね? ドラマ化もされんじゃね?」って思って(笑)、書いたらまんまとドラマ化されました。
 みんな、『○○ガール』って小説を書くといいよ!

◆『官能と少女』生みの苦しみ/ミステリの書き方を教えて!/タブーとの向き合い方

――いまは成功した話をお聞きしましたが、『官能と少女』はなかなか本にできずに、さまよっておられたんですよね。

宮木 それ、言わなきゃダメ?(笑)

――もし差しさわりがあるなら、講座ルポではカットしますよ。

宮木 いや、もうブログに書いちゃったからいいです(笑)。『官能と少女』って、集英社の「小説すばる」に出した六つの短編を集めた本なんですけど、六個目を出して一年くらい経って、そろそろ単行本にしてくれないかな、と思っていたところに、編集者から「お家の近くまでうかがいます」って連絡が来て。家の近くまで来る、ってことは悪い知らせなんですよ。いい知らせとかふつうの知らせのときは「東京まで来てください」って言われるんですけど、私そのとき横浜に住んでて。編集者がふたりで横浜まで来て「すみません、本は出せません」って言われたんです。なぜなら、私が集英社で出していた『雨の塔』と『太陽の庭』という本が、2冊とも重版がかからなかったから、「もうあなたの単行本は出せません」と言われて。いまはもっとシビアになっていて、1冊目で重版がかからないと2冊目が出せなくなっているみたいです。
 そのとき、私は『花宵道中』が売れたから、けっこういろいろなところの編集者が声をかけてくれていたんですけど、それを信じて原稿を持って「どうか御社でこれを出してください」と各社に営業したら、これ、怖い話なんだけど、直近の本が何冊売れたかというのを他社の人も知ってるんですよね。だから、売れてないのがわかってるから「こいつ売れない」って、そこで一斉に手を引くの。だから私、その時点でほぼすべての出版社から手を引かれてて。ある出版社の編集の女の子が「ぜひうちで出させてください」って引き取ってくれたんですけど、そのあと編集長みたいなおじさんがうちのほうまで来て「つまらなかった」って。「面白くなかったからうちでは出せないし、たぶんどこでも出してくれないと思うよ」って言われて、「そうですか」って。
 でもあきらめずにまた何社か営業して、最終的に、早川書房でよしだが引き取ってくれて。もう天使だな、よしだ、ありがとう(笑)。

――天使の吉田さん、どこがよかったのかもう一度くわしくお願いします(笑)。

早川書房 吉田智宏氏 早川書房という出版社では、ミステリやSFが主で、女性向けの作品はほとんど出していなかったんですね。個人的には宮木さんの作品が前から好きで、それは当然出したかったんですけど、会社を説得するのがすごく大変だろうと思っていたんです。そこで、ミステリやSFばかりの出版社だったので、あえていまここで会社を変える転換期です、と会議で上司を説得して、宮木さんのような本はいままで出していなかったからこそ、いまがチャンスです、と社内で根回しをして、それで出したという形ですね。

――それで文庫になって、僕が朝日新聞の書評で取り上げたのですが、その文がいま付いている帯に使われています。「文学とエンターテインメントの両方を備えている。不倫、SM、監禁などをテーマにして、十二分に官能小説であるけれど、ただれた欲情の向こうに精神の深淵をひたすら凝視している。性の本質を見極めようとする、醒めた熱情に、往年の文学ファンは吉行淳之介を想起するかもしれない。近年まれに見る傑作恋愛短篇集だ」と。

宮木 あざ――っっす!

――(笑)本当にこれは傑作だと思うし、「つまらない」という人の気持ちがわからないですね。

宮木 あの某社のおじさんに言ってやって!(笑) もう名前も憶えてないんだけど、なんかクマみたいな人!

――エンターテインメントの編集者は、ミステリとか官能小説とか、ジャンルがはっきりしたものをほしがるんですよね。だから、こういう微妙なジャンルの、尖ったものはなかなか本として出しにくい。でも、これは本当にね、SMや不倫といったものを見せながら、その向こうに別な仕掛けがあったりして、けっこう凝ってますよね。

早川書房 吉田氏 それぞれの短篇に登場する人物たちの、人間関係も絡んでくる、ミステリ的な仕掛けも入ってますしね。

――そういった仕掛けもあるし、この人はミステリも書けるんだな、と思いました。宮木さんご自身は、ミステリを書こうとは思われないんですか。

宮木 ミステリを書きたかったんですよ。『校閲ガール』の話に戻りますけど、実は、あの作品は最初は早川書房で書く予定だったんです。よしだに、ミステリの書き方を教えてくれ、って相談してたんです。校閲部の女の子が、文章に隠された謎を解いていく、『校閲探偵』みたいな感じの話を書きたい、って言ってたんですけど、よしだがモタクサしている間にKADOKAWAに取られた、っていう。

――(笑)じゃあ、ハヤカワにはいずれリベンジしないといけませんね(笑)。

早川書房 吉田氏 宮木さんにはぜひウチでミステリを書いていただきたいので、会社に企画はもう通してあるんです。

宮木 15年後ぐらいに書けるかな(笑)。で、『校閲ガール』は「本をめぐる短篇」に1篇出して、この続篇をハヤカワで書こうと思ってるんだ、と言ったら、KADOKAWAが「ぜひウチで引き取らせてください」って。「来年の3月に本を出しましょう」って話になって、ということはもう6ヶ月ぐらいしかないの。続篇4本を、3ヶ月で書けっていうね、信じられないオーダーを受けまして。なんで3月かというと、決算期なんですよ。どこの企業もそうだと思うんだけど。メディアファクトリーに関しては、出版点数が足りなかったから、帳尻合わせのためにどうしても3月に出さなければならなかった。そこに突っ込まれて、私がたいへんつらい目にあうという、ね。

――でも、そのように追い込まれたときは、火事場の馬鹿力というんじゃないけど、力が出てきませんか。

宮木 そうですね。そのころも干されてたから、それしか仕事がなくて、一生懸命書きました。ただ、人物を作る余裕がなかったのと、私にミステリの頭がなかったので、なんかいろいろ詰め合わせみたいになっちゃったんですけど。

――ミステリはね、昔は謎を解くのが主流だったんですけど、いまは謎を含んだ小説も充分にミステリとされますから。そこは早川書房の老舗の雑誌「ミステリマガジン」の功績ですね。謎解きだけでなく、謎含みの海外純文学や現代文学に近い作品もどんどん紹介して、ミステリにして売り出した。ファンを開拓してきたんです。海外ミステリには非常に深い文学的な味わいを持った作品が多くありますが、この『官能と少女』もそうですよね。まずタイトルからしてすごいし。このタイトルは誰がつけたものなんですか。

宮木 これは私が考えました。字面としてわかりやすいし、表紙を描いていただいた今井キラさんが、わりとロリータ服を好む女の子たちにすごく人気があるイラストレーターなので、絶対今井さんに描いてほしいと思っていたんです。ただ、今井キラの表紙でふわふわした題名をつけたら、十代のロリータ少女が表紙につられて買ってしまうな、と思って。だとしたら、表紙に「官能」って入れておいたほうが、十代の子たちは買わなくてすむかな、と。十代の子たちがこれ読んでトラウマになっちゃったら、かわいそうだなと思ったので。

――それぐらい厳しい話なんですよ、みなさん。僕は毎週火曜日に、仙台の女子大で講師をしていまして、いつも新しい短篇を持っていって学生に読ませるんですが、この『官能と少女』はね、みんなに読ませたいんだけど、これを持っていったら大学に何をいわれるかわからないな、と思って(笑)。自粛しているんです。傑作なんですけどね。

宮木 自粛しないでいいですよう(笑)。だって、さっきも言ったけど、食欲・睡眠欲・性欲ですよ。恥ずかしがることない!

――ちょっと読ませると、みんなファンになるんですけどね。でも、本当にトラウマになりかねないほど厳しい、危ない世界を描いているんですよ。それを非常に嬉々として、美しく書いている。そこが素晴らしいと思うんですよね。この社会には倫理があって、様々なタブーがある。だけれども、作家というのはタブーに挑戦するのが当たり前ですよね。

宮木 自分が許容できる範囲のタブーには、挑戦します。でも、他の人がここまで書いてるから、私もここまで書かなきゃ、というのはやりません。たとえば、団鬼六先生の作品がありますけど、私があそこまで踏み込んでも、あの人を越えられませんから。だから踏み込まない、っていうことはあります。書けるタブーはたぶんもっとたくさんあるんですけど、別に私が書く必要はないかな。

◆「ハッピーターンの粉」/「宝物コーナー」に収められた本/表記ゆれと音読

――宮木さんは、作家を志してから、どんな作品を読んで、吸収してこられたんですか。

宮木 何を読んだかな……それは秘密、じゃダメですか?(笑) 自分が読んできた本を、他人に話せる作家と、話せない作家がいると思うんですよ。私は話せないほうの作家です。作家の読書歴ってハッピーターンの粉とか、コカ・コーラの原液のレシピみたいなものだと思うんですよ。いままで読んできたものって、自分の小説の材料に絶対なるじゃないですか。その本を同じようにトレースして読んだ人が、第2の私になってしまう可能性もあるので。それはイヤなので、すみません。

――第2の宮木あや子を生むことはできないけれど、宮木さんに近づきたいと思っている新人の作家に、おすすめしたい作品は何ですか。

宮木 これは、さっきも言った松村栄子の『僕はかぐや姫』と、あとは……アレかな、恩田陸の『蛇行する川のほとり』(集英社文庫)かな。私の本棚には「宝物コーナー」というのがあるんですけど、そこに入っているのが、『僕はかぐや姫』と、『蛇行する川のほとり』と、あと、三浦しをん様の『風が強く吹いている』(新潮文庫)なんです。これらの作品にはすごい衝撃を受けました。
 私のような小説家には、ならないほうがいいと思うんですよ。売れないから。だけど、私のような小説家を目指してくれるんだったら、文章のトレースをするといいと思います。種明かしをすると、私は山田詠美さんと長野まゆみさんの文章を、手書きで原稿用紙に書き写す作業をしました。そうすると、ふたりとも大好きな作家なんですけど、自分の好みのところと、好みじゃないところが絶対に出てくるんです。

――僕も森内俊雄が大好きで、若いころは原稿用紙に写していましたし、いまでも時間があるときは、5枚ぐらいの短い作品をパソコンに打ち込んで、文章を確認しています。この作業をするとたしかに、いいところと、「ここは違うな」というところがわかりますね。

宮木 そうなんです。だから、たぶん私の文章を模写していくと、ご自分のセンスによって「ここは不要だな」とか「ここにもうちょっと書き足したいな」と感じるところがあると思うので、それをやってみると、いいと思います。私は山田詠美さんと長野まゆみさんを模写して、文章を上達させたという感じです。本当に上達したかどうかはわかりませんけど。

――いやあ、上達したでしょう。『官能と少女』は本当にいいですし、『白蝶花』も非常に端正な文章でした。

宮木 これは版を変えたときに文章を直したんですけど、いちおう最初の本も、端正できれいな文章だとは言ってもらえていたんです。でも自分の中で納得がいかなかったので、擬態語や語尾を整えたりしましたし、同じ漢字が同じ行に出てくるのが耐えられないので、それも直したりしました。

――僕もそうですが、よく、校閲から漢字やひらがなの表記の統一を求められたりしますね。先日も「すこやかに」と「健やかに」を両方使ったら、統一しなくていいですか? ときかれた。これはどうですか。

宮木 意識せずに間違えているところがあったら直しますけど、意図的に書いていることもあります。たとえば「今私は」と書くと、漢字がふたつ続きますよね。私は、一人称のときは開かないで、漢字の「私」を使うので、ここは「今」をひらがなに開いて「いま私は」にします。だけど、そのあとに「今頃」みたいな感じで漢字が出てくることがありますよね。そこは、校閲から「統一しますか?」といわれるけど、これは意図してやっているから、統一しないでそのままにします。

――僕も「すこやかに」と「健やかに」をそのまま使いました。表記の統一がひとつの流れになっていますが、字面で書き分けることは必要ですよね。これは村山由佳さんや馳星周さんも言っていました。立原正秋なんかもそうですが、昔の作家はけっこうバラバラに書いているんですけど、それが美しいんですよね。昔は手書きだったから、というのもあるでしょうけど、この問題は今でもあります。
 あとは、どんなことに注意されていますか。音読しない、とお聞きしたときは驚きましたが。

宮木 だって、私の作品ってエロいし恥ずかしいじゃないですか(笑)。さっき言ったことと矛盾してますけど(笑)。

――昨日の「せんだい文学塾」の熊谷達也さんは、30回読むそうですよ。一昨年ここに来たノンフィクション作家の野村進さんは、50回だそうです。そうすると自分の文体がわかる、と言っていました。

宮木 マジですか……! 私もやってみようかな。

――ご自分の文章にそこまで気を配るということは、同時代の、ほかの作家の文章も気になるんじゃないですか。

宮木 それは気にならないです。読んではいますけど、わりと読むのが速いほうなんですよ。じっくりは読まないので。粗(あら)があっても見落とします。参考にするというよりは、単純に好きで読んでいる作家もいるし、楽しみにしている作家もいます。

◆「干されている」(?)現状/雑誌連載と書き下ろし/男性読者は意識しない

――さきほどの話に戻しますが、もしもうまくいっていて音楽の道に進んでいたとしたら、文学の道はなかったんですか。

宮木 なかったでしょうね。いまでも、できることならまた歌いたいと思っているんですけど、でも一度ゴミ箱に入れた夢だから。小説の道でプロになっちゃったから、そっちに手を出しちゃうと、どっちの神様にも見放されると思うので。

――作家として干された時期がある、とおっしゃっていましたが、何年ぐらいですか。

宮木 いまも干されてますよ!

――吉田くん、宮木さんは干されてるんですか(笑)。

早川書房 吉田氏 干されてはいないと思うんですけど、宮木さんは基準が高いので。

宮木 違うんですよ。ふつう、ドラマ化とかされると「おめでとうございます」ってメールとか来るんじゃないかな、と思ったんです。でも誰一人送ってこなかったんです、編集者が! しかもいま、私には原稿依頼がないんですよ。あるにはあるけど、三年前に口約束してそれから一切の連絡がないとか、そんなのばっかり。あとは雑誌に連載がひとつもない。3年ぐらい前までは、だいたい2誌とか3誌に並行して連載したりしていたんですけど。デビューしてからすぐはいっぱい書いてて、2008年ごろは月産250枚とかでした。パーティー会場で、ストレスで血を吐きましたよ、私。血を吐いて、入院しなきゃいけないぐらい弱ってたんだけど、でも締め切りがあったから、強壮剤飲んで書き続けたんです。それがいまは、ひとつも連載がないんですよ。

――でも、宮木さんはこれからきっと文学賞の候補になって、受賞すると思いますよ。

宮木 なーらーなーいーよー!

――いえ、わりとこの講座は縁起がいいというか、ここに来た作家はみんな賞を取るんです。

宮木 マジすか! いっぱい呼んでください!(笑)

――きっとそうなりますよ。では今後の予定をお聞かせください。

宮木 次は河出書房から本が出るんですけど、でも賞向きの本ではないので……。こんな感じの本(『官能と少女』を手に取る)です。

――傑作じゃないですか(笑)。今度も短篇集ですか。

宮木 短篇が3本と、中篇1本で、全部で4本かな。

――早川からの依頼もありますしね。

早川書房 吉田氏 ミステリの話を依頼しています。連載ではなく、書き下ろしなんですが。

宮木 書き下ろしはねえ、書けないんですよね。

――なかなか書けないでしょう、締め切りがないと。雑誌とかで締め切りを作ればいいんですけど。これまで書いてきた作品も、雑誌連載ですよね?

宮木 『雨の塔』以外はみんな連載です。やっぱり締め切りがないと書けないですね。いま何の依頼もない状態で、しかもいまは、ものすごく売れている人の作品でないと、雑誌に載せられないんですって。だから、私レベルだと、月刊の小説誌には載せられないらしいんですよ。3社ぐらいからそう言われました。
 あのね、ドラマ化とかされると、過大評価されるんですよ。売れっ子みたいに言われるんだけど、これが実情です。

――でもドラマ化されると、毎回毎回、放送されるたびにお金が入ってくるんじゃないですか。

宮木 いえ、どーんと1回入って、それで終わりです。

――そうなんですか、それは寂しいですね。でも宮木さんは非常にいいものが書けるし、評価も高いですから、もっと読まれるようになるでしょう。男性の読者もつくんじゃないですか。

宮木 それは意識してないです。もともと「女による女のための」と謳っている、R-18文学賞でデビューしたのも、いろいろ思うところがありましたし。ライトノベルって、男の子向けと女の子向けが分かれてるじゃないですか。でも、大人の小説になった途端、その垣根が取っ払われる。だけど、私は女の人に読んでもらうための小説を書きたいと思って、「女による女のための」という冠がついた文学賞からデビューしているんですよ。だから、池上さんに書評で褒めてもらえたのが、意外だったんです。男の人を一切、1ミリも意識していないので。今までの本でいうと『群青』(小学館文庫)と『喉の奥なら傷ついてもばれない』(講談社)だけは、男の人も意識して書いたんですけど、そのほかは100%女の人に向けてしか書いてなかったので、男の人に書評をされると、超的外れだったりするんですよね。「はぁ?」みたいな。でも、男の人に、こんなに的を外さない書評を書いてもらったのは初めてでした。それから、「男の人でも読みたいなら読めば」と思えるようになりました。

◆映像化作品との付き合い方/花の生態で名づけた作品/次の場面へ進むために

――『官能と少女』は、官能小説的な装いを持ってはいるんですけど、構成が巧みで、ミステリ的な仕掛けもあって、全体の流れも、配置の順番も非常にいい。

宮木 でもこの配置ね、よしだは難色を示しましたよ。

早川書房 吉田氏 実際の本では宮木さんが提案した配列になっていますけど、僕は違う配列を提案して、そこで議論になりました。その議論で僕も納得して、この配列になったんです。

――その辺も汲んで、みなさんぜひお読みください。では時間もなくなってきましたので、質疑応答に入りたいと思います。質問のある方は挙手をお願いします。

女性の受講生 宮木先生の作品は何本か映像化されていますが、それらの作品をご覧になって、満足されていますか。

宮木 満足とか満足じゃないとかは、切り離しています。もともと私の小説は、お金を払って買ってくれた人のものなので、私の手を離れた時点で私のものではなくなっている。だから納得するとかしないとかは感じないようにしています。映像作品は監督のものですから。監督って、芸術家なんですよ。私も、職業的には芸術家の部類に入れられることが多いので、ひとつの作品にアーティストは2人いらないと思っています。

女性の受講生 『官能と少女』のタイトルについてお話されていましたが、宮木先生の作品はタイトルもすばらしいな、と、いつも思っています。どのようにしてタイトルを決めていらっしゃるのでしょうか。

宮木 『花宵道中』は、降りてきたかな。「宵」っていう字を入れたくて、それで「花魁道中」って言葉の「魁」を「宵」に替えたんです。『白蝶花』は、もとは「乙女椿」という、この中でいちばん長い話の題名をタイトルにして出そうと思っていたんですけど、新潮社にダメだっていわれて。なぜなら、タイトルに「乙女」と書いてあると男性が買いにくいから、っていうので、わりとケンカをしたおぼえがあるんですよね。「女による女のためのR-18文学賞」でデビューしている私の本を、なんで男が買うの、って抗議したんだけど、向こうは向こうで、人口の半分は男でそこに売上があるかぎり、ウチは会社だからそこは見ていく、って。そう言われたらもう何も言えなくて。私も元サラリーマンだから、「そうッスよね、お金ですよね」って。そこで、読みが5文字か6文字で、漢字3文字の花を探して、いっぱい候補を出して、花の色とか生態を調べていったら、いちばんしっくりきたのがこの白蝶花(別名・白蝶草またはガウラ)だったんです。そんな感じですね。

女性の受講生 宮木先生の作品には、しっとりとした時代小説もあれば、痛快な現代エンタメもありますが、書くときはどのようにして切り替えていらっしゃるのでしょうか。

宮木 うまく切り替わるときと、切り替わらないときがありますけれども、『学園大奥』(実業之日本社文庫)という、女子中学生が男子風呂を覗くみたいな超コメディを書いたときは、たしか『砂子のなかより青き草』(平凡社)という清少納言が主人公の小説を並行して連載していたんですよ。自分でもよくやってるな、と思いながら、切り替えて書いていたので、たぶんうまくできるほうだと思います。でも、何をきっかけに切り替える、とか、どういうふうに切り替えるか、とかはちょっと自分でも説明できないです、すみません。

男性の受講生 先ほど、物語は結末から逆算して発想されるとおっしゃっていましたが、途中で結末が変わってしまうようなときはありますか。そのときはどうされているのでしょうか。

宮木 これは、あります。途中で変わるときは、もっといい結末を思いついたときです。どうしても結末につながらなかったり、物語がうまく進まないようなときには、空の描写をします。空とか花とかの描写をして、時間軸をむりやり進めます。雲が流れていって夜になったりとか、川が増水していたりとか、花が散るとか、そういう細かい描写をして、世界をむりやり進めて、自分の頭も進めるみたいな感じにすると、どうにかこうにか話が書けるようになるんです。詰まっているときって、その先なにを書けばいいのかわからなくなっているときだから、その次の地点に行ってしまえば、また新しい文章が書けるんですよ。ここはもうどん詰まりですよ、と気づいたら、そういうふうに時間の流れを描写して、次の場面に移って、新しい文章を書き始めます。これで大丈夫ですか? 質問の答えになっています?

――大丈夫です、これはいい話が聞けましたね。ちょうど時間となりました。今日は長時間ありがとうございました。
(場内大拍手)


【講師プロフィール】
◆宮木あや子(みやぎ・あやこ)氏
1976年、神奈川県生まれ。13歳の時に小説を書きたいと感じ、15歳で小説家を志す。2006年、江戸時代を舞台にした小説『花宵道中』で第5回R-18文学賞大賞と読者賞を受賞してデビュー。その後『雨の塔』『白蝶花』『群青』『太陽の庭』『春狂い』『官能と少女』(テレビ・ドラマ化された)『校閲ガール』『喉の奥なら傷ついてもばれない』など多くの著作がある。13年『セレモニー黒真珠』で第9回酒飲み書店員大賞を受賞。鋭敏で繊細な女性心理描写と官能描写、また艶やかな文章に定評がある。

● 花宵道中 (新潮文庫)  ※第5回R-18文学賞大賞受賞&読者賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4101285713/

●雨の塔  (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087466698/

●白蝶花  (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4344425766/

●群青   (小学館文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4094083871/

●太陽の庭   (集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087450406/

●春狂い   (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4344423313/

●官能と少女  (ハヤカワ文庫) ※テレビ・ドラマ化
https://www.amazon.co.jp//dp/4150312249/

●校閲ガール  (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041042208/

●喉の奥なら傷ついてもばれない  (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062197855/

●セレモニー黒真珠  (MF文庫ダ・ヴィンチ)
※第9回酒飲み書店員大賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4840142815/

●あまいゆびさき(ハヤカワ文庫JA)
https://www.amazon.co.jp//dp/4150312494/

●婚外恋愛に似たもの(光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4334768709/

●校閲ガール トルネード(角川書店)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041044928/

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