4月1日

 エイプリルフールということでネットにはフェイクニュースが飛び交っている。僕の知り合いの同業者さんたちも挙って参加している。中にはフェイクなのかトゥルーなのか判然としないものもあって困惑する。僕がもしSNSとかやっていたらと想像するが、少し考えたら絶対に参加しないであろうことに気づく。だって小説で散々嘘を吐いているのだ、今更現実世界で一つや二つ嘘を吐いて何ほどのことがあろうか。
 面白い噓には教養が必要だ。笑える噓にはウィットが必要だ。その伝から言うと、やはりエイプリルフールは欧米世界の言語文化の所産のような気がする。どうも日本で見聞きする4月1日の噓というのは、商業主義や情念が絡んでいて思いきり笑えるものが少ないのではないか。
 以前、聞いたもので感心した噓はイギリスBBCがニュースとして取り上げた「ビッグ・ベンをデジタル化する」というヤツだ。この話は本気にする人が世界中にずいぶんいたらしいが、これなどエイプリルフールに吐く噓のお手本ではないだろうか。
 ということで僕は今日も噓を吐き続ける。何とか『能面検事』50枚を脱稿。続けて『ヒポクラテスの試練』に移る。
 そう言えば思い出した。専業作家になって四年目だったか、妻がつくづく感心したようにこう言った。
「本当に小説家ってお父さん向きの仕事よね」
 反論できなかった。
 僕をよく知る友人は「お前は呼吸するように噓を吐くなあ」と口を揃えて言うし、噓を吐いて褒められる職業なんて小説家くらいしか思い当たらないからだ。では、以前のサラリーマン稼業ではどうしていたかと言うと、これもやっぱりげほげほ。

4月2日

 今日からまた東京事務所に戻る。花粉症のお蔭で原稿が捗らず、またもや新幹線の中で執筆する羽目となる。名古屋から東京までの1時間40分、原稿用紙3枚書くのがやっと。本当に自分は遅筆なのだと情けなくなる。
 例によって溢れ返ったポストの中身を整理し、パソコンに向かうが、対面の建設中のビルとこちらの壁面改修工事中ビルが騒音の二重奏。これに花粉症が加わり、もはや地獄の様相を呈する。ううむ、一刻も早く引っ越さなければ気が。
 ネットでは同業者の間で肩書論争なるものが発生。きっかけは、はあちゅうさんという方が『わたしは作家。ライターではない』とブログに書いたことだが、似たような話は以前からあった。
『わたしはタレントではなく俳優です』
『わたしは歌手ではなくアーティストです』
『わたしは芸人ではなくパフォーマーです』
『わたしは物書きではなく表現者です』
『わたしは無職ではなくフリーターです』
 何と言うか、承認欲求の臭いがした瞬間に馬鹿らしくなってしまう。大体、肩書なんぞにアイデンティティを求める段階で底が知れている。
 どんな職業もそうだが、仕事を続けていけば肩書は自然についてくる。こと作家に関して言えば、年に何冊か一般小説を書き続けていれば、本人の思惑とは別に向こうが勝手に作家呼ばわりしてくれる。ごちゃごちゃ言っている暇があるんなら仕事せえ仕事。

4月3日

 案の定、三社から原稿督促のメールやら電話が飛び込んできた。
『昨日から新社会人は仕事始めです。中山さんはいかがですか』
『もう締め切りを過ぎましたが、中山さんはいかがですか』
『年度初めですが、執筆は始まっていますか』
『エイプリルフールは一昨日で終わりましたよ』
 いろいろどうしようもないので、取りあえずエナジードリンクとワインをがぶ飲みする。窓の外では春雷がいやに激しいが、編集者さんたちのカミナリの方がよっぽど怖い。
 夜半、何とか『能面検事』を脱稿し、休む間もなく『ヒポクラテスの試練』に着手する。そう言えば誰かが新社会人に向けて「これから懲役40年」と皮肉る向きがあるが、あれはどうかと思う。もちろん僕が新社会人になった30年前と今を比較するのはナンセンスだろうが、それでも外で見掛けた初々しいスーツ姿の新人を見ていたら他人事でも祝ってあげたくなるのが人情だし、第一サラリーマンは偉大だ。この国の就業人口の七割がサラリーマンであるのを考えると、日本は彼らによって支えられていると言っても過言ではない。どうも僕自身がサラリーマンを28年間もやっていたので肩入れしたくなるのかもしれないが、無職よりは勤め人の方がいいに決まっている。ブラック企業の話ばかりがクローズアップされるが、少なくとも勤労は尊いものだし、企業のほとんどは真っ当ではなかろうか。虚勢でも誇張でもなく、サラリーマン生活の28年間は本当に毎日が楽しかったのだ。「仕事したら敗けだと思っている」ような馬鹿はこの際放っておいてよろしい。人生を冒険に変える力は誰もが持っているはずで、多くの人はそれに気づかないだけだと思う。

4月4日

 10時、実業之日本社Iさんとゲラ修正。担当引継ぎ後、Iさんとは初めての作業だが五分で修正を終わらせるとひどく驚かれる。
「すごーい。カッコいーい」
 あんたはけものフレンズかい。とにかくこのIさんという人は反応がいちいち派手で、しかも歌うように、時には踊るように喋るので聞いていて退屈しない。
「中山さんの担当になったので既刊本読んでるんですけど『作家刑事毒島』、あれって業界あるあるですよねー」
 一般の読者からは「あんな性格破綻者、いる訳ねーよ」とか「いくら胡散臭い業界でも、まさかあんなことは」と感想が上がっているが、業界内では押しなべてこういう反応だ。第一、想像したエピソードなんて皆無なのだぞ。
「ホントにですねー、わたしも投稿作品の下読みしたことがあるのであの時の悪夢が甦ってきてー」
 こういう話を聞くにつれ、あの小説は本当にソフトに描いてしまったのだと痛感する。僕がまだまだ甘い証左である。別れ際、Iさんからブランデーをいただく。
「これ呑んで、じゃんじゃん原稿書いてくださいっ」
 ブランデー呑みながらじゃんじゃん原稿書くって、いったい。
 13時、角川春樹事務所のNさんと新連載の打ち合わせ。Nさん、夏目漱石の『こころ』がお好きなようで「あれくらいの心理描写が読みたいんですよね」とのこと。
 Nさんは以前、宝島社にお勤めだったのだが、その際担当された〈困ったちゃん〉作家の話を聞く。もう時効なのでいいと思うのだけれど、まあ何というか作家にも人間性や常識が問われるのだなあと思う。売れていれば多忙なので人間性が露呈する間もないのだが、暇になった途端に露わになって周囲とげほげほ。
 14時、宝島社のKさんとゲラ修正。長編・短編を一緒に行ない、こちらも五分で終了する。五月刊行予定の『どこかでベートーヴェン』文庫版の帯についてこちらから提案してみる。
「『図書館では読めない』という惹句はどうですか」
 単行本を貸し出した図書館が文庫落ちを購入するとは考え難い。今回、折角ボーナストラックを併録したので、書店で買う派の読者さんに恩返ししたいという趣旨。もちろん図書館ユーザーを敵に回す結果になるかもしれないが、まあいいか。尚、件の法廷ミステリー、提出したのはまだ僕だけらしい。みんな仕事せえ仕事。
 19時、芝公園の〈ワカヌイ〉にて幻冬舎のTさんと打ち合わせ。プロットも提出していない段階での打ち合わせなので、もうこれはソフトな恫喝であり、今月中にプロットを提出する旨を伝える。これ以上約束を違えたら〈オオカミと少年〉になってしまう。まあ、生来の噓吐きだからこんな稼業に堕ちてしまったのだけれど。

4月5日

 本日も騒音と花粉の蔓延する中、執筆に勤しむが、本当に体力が落ちてきて筆が進まず。上半身の凝りも限界に達し、ついに肩が上がらなくなった。急いで近くのマッサージ店に駆け込み、「腕力のある人、お願いします」と注文する。やってきたのはひょろりとした痩せぎすの男性だが、袖から覗いている腕は筋骨隆々。この店員さんが肩に触れるなり驚嘆の声を上げる。
「お客さん、いったい何のご職業です? わたし長年この仕事やってますけど、こんな鉛みたいな肩初めてですよ」
 誇らしくもあり、情けなくもあり。
「指が入りません」
「すみません、交代させてください」
「お客さま、次回からもっと力自慢の者を担当させますが、料金は割増になりますので」
 1時間30分ほど揉んでもらう。少しは楽になったのだが、マッサージ師さんの方は疲労困憊の体で、汗だくだった。

4月6日

 10時、光文社Mさんとゲラ修正。五分で終了。新刊の『秋山善吉工務店』は八割が捌けそうな勢いということでまずはひと安心。
 高齢化は読者層にも及んでいて、これからのミステリーは犯人も探偵も老人になるのではないかとの予想に立ってああいうミステリーを書いたのだが、よくよく考えれば先達の作品にもかなりの前例があった。僕の認識が甘かっただけか。そういえばあるタレントさんが読書家の家族を褒める際、「普通、本なんて読まないでしょ」と言っていた。軽い軽い芸風で知られるタレントさんなので、この発言に何の違和感もないのだが、これが常識だったら怖ろしい。
 13時、『新世界菜館』にてKADOKAWAのお三方と打ち合わせ。『笑えシャイロック』の修正は五分で終了し、Tさんからは『ドクター・デスの遺産』の長編ゲラを受け取る。新聞連載からの書籍化なので大量の修正も覚悟していたのだが、微細な部分修正に留まり、ほっとひと息。
 KADOKAWAさんは新人文学賞を沢山主宰しているため、多くの新人を抱えている。そして彼らの二作目がなかなか出ないのが大きな悩み(これはどこの出版社もそうだ)。そこで予てからの持論をぶち上げる。
「新人賞の賞金を三分割すればいいんですよ。デビュー作で三分の一、二作目で三分の一、三作目を上梓したら残りを払う。これだったら賞と賞金を持ち逃げされることもありませんから」
 三人ともひどく悩ましい顔をする。
 ツイッターで筒井康隆さんが韓国の慰安婦像について過激なコメント。早速ネット民やらネットニュースやらがこれに飛びついたが、七〇年代から筒井さんとその作風を知っている読者たちには「あはは、またやっている」、「相変わらず元気だなあ」という反応。これが平成からのファンやある思想の持主だと、いきなり過剰反応。筒井さんに踊らされているのが分からないのだろうか。筒井さんの著書でも挑発的なあの作品群を読んだことがないのだろうか。荒畑寒村や野村秋介くらいの人物ならともかく、借り物の政治思想しか持ち合わせていない者たちは、こういう時にはオモチャにしかならない。反応の仕方でその人物の思想はもちろん底の浅さまで露呈してしまうという危険な踏絵であり、これに易々と乗ってしまった人たちは皆げほげほ。

4月7日

 夜半になってから「小説推理」連載『テロリストの家』に着手。双葉社さんは今回、『この世界の片隅に』ファンブックへの寄稿もあるため、スケジュールは本当にタイト。
 10時、妻と待ち合わせて新事務所の物件探しに出掛ける。広さは2LDKを基準に考える。これ以上の広さになると生活空間が増えてしまい、事務所として認定されにくくなるからだ。
 僕は物件探しについてはジンクスめいたものがあり、最初に内見したもので大体決定してしまう。今回もその例に洩れず、新築であり現事務所からも離れていないので即決となった。
「東京に移ったらね、あそこで食材を買って、あそこでウインドー・ショッピングして」と妻は妄想爆進中。見ていて飽きないので放っておく。

4月8日

 双葉社さんの原稿を片付ける合間に文藝春秋さんの原稿も同時に片づける。二本とも締め切りが過ぎているので、原稿五枚ずつを交互に書き進める。文藝春秋のIさんから「挿絵の関係で、できたところまで提出してほしい」と言われているのだ。こうすればほぼ同時に終わらせることができるのだが、ある編集者さんにこの方法を告げたところ、「邪道です」と責められたことがある。
「交互に五枚ずつ書くなんて。絶対に混乱しますって」
 ところが混乱は一切しない。初めから書くことが決まっているからだ。ただしこれを邪道と言った編集者さんの気持ちも理解できないこともなく、作家たるもの白紙の原稿用紙を前にうんうん唸っているのが当然と考えている方には、こうしたベルトコンベアー式に小説を書いている僕など邪道の極みのようなものだろう。
 しかし、量産というものはこういうものだ。いつ、どんな風に何を書いてもクオリティが下がらないこと。それが物書きの力になっていく――と思うんだけどなあ。違ってたらごめんよ。

4月9日

「オール讀物」に書いているのは『静おばあちゃんと要介護探偵』の第二話「鳩の中の猫」という100枚の短編なのだが、これを25枚まで書いて、はたと気づいた。
 しまった。トリックが使えん。
 元はといえばこの小説、設定を思いついたのは2010年のことだった。従ってトリックもその当時に通用していた常識なり法律が基になっている。あれから七年、まさかと思い確認してみると、そのトリックが使えないことが判明したのだ。これは同業者、分けてもミステリー書きの諸氏なら理解してくれると思うが、トリックはミステリーの根幹をなすものであるから、これが使えないとなるとストーリーまで成立しなくなることがままある。
 さあ困った。こんなことは今までなかったので少し慌てる。執筆途中にトリックを考え直すなんて初めての経験だ。
 2時間、3時間と頭を捻るが新しいアイデアは一向に浮かんでこず。こういう時の小説家は追い詰められた犯人みたいなものだ。焦燥と絶望のあまりとんでもない行為に及ぶ可能性がある。昨日の日記では白紙の原稿用紙に唸り続ける作家像を嗤ったが、まさか翌日に自分がそういう羽目に陥ろうとは。ふわわわわあ。

4月10日

 結局、新しいトリックは思いつかずまんじりと朝を迎える。
 10時、新潮社Tさんと『月光のスティグマ』文庫版のゲラ修正。40分で終了。
 新潮社と言えば純文学の一方の雄。さぞかし色んな逸話を見聞きしているのだろうと探りを入れると、まあ大体予想通り。純文作家さんにも様々なタイプがあれど共通しているのは、小説で稼ごうとはしていない点。これは何と言うか文学と一般文芸の違いなのだろうなあ。一般文芸というのはまず読者を愉しませ、しかもその対価としての収入を求める一面がある。所謂商業主義の一端を担っている訳だから、自ずと市場の拡大と効率化が永遠の課題になるという構造だ。
 そう言えば今から二十年も前、ある著名な編集者さんが『不良債権としての「文学」』と論じて純文学の作家さんと論争になったことがあった。当時、一介の読者だった僕も文学は嫌いじゃなかったので大いに憤ったものだ。
「何て失礼なこと言うんだ! 不良債権というのは少しでも回収できる可能性のある債権のことを指すんだぞ。回収不可能な債権は貸だお」げほげほ。
 11時、文藝春秋のIさんより連絡。
『本当に時間が差し迫ってきました。進捗状況を教えてください』
 急いで電話をして、明日の終日まで待ってもらうようお願いする。
『終日というのは何時までのことでしょうか』
「えーっと、Iさんは夜寝る人ですか」
『……普通、夜は寝るものです』
 印刷所の関係もあり朝6時までの猶予となった。今まで数々の修羅場をくぐってきたが、今回のが最大最悪かもしれん。それなのにまだメイントリックもできていないときた。
 さあ困った。しょうがないのでトリックは書きながら考えることにする。おおお、何だか売れっ子のミステリー作家みたいだ(多分、違う)。

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