3月11日

 執筆の合間、例の禁断症状が出てきたので、日比谷みゆき座にて『トリプルX再起動』を観賞する。えーっとですね、大抵「リブート」だとか「再起動」とかの言葉がタイトルに入る時は「前作はなかったことにしようね」という意味が含まれていることが多い。それでこの映画もそうなのかなあと思っていたのだが、物語後半でそうではなかったことが判明。監督の作品愛にほっこりしたのであった。
 実業之日本社Kさんより『この世界の片隅に』ロケ地マップが送られてくる。おおおお有難うございます。ちょうど今、同社の原稿を書いている最中だったのだ。これを眺めながら仕事をするとしよう。

3月12日

 明日は第15回「このミス」大賞の授賞式。例年と違い場所が品川プリンスホテルになったため、物見遊山を兼ねて妻と宿泊することとする。何故例年通り帝国ホテルで開催しないのかと言うと、おそらく宿泊も宴席も予約が取れなかったからだろう。と言うのも本日サウジの国王が千人のお供を引き連れて来日しているからではないか。こういう場合、外国人客は大抵帝国ホテルを常宿とする。で、その他の宿泊希望者にしわ寄せがくる。
 折角なのでと娘も就活のため日帰りで東京に来ており、親子三人で東京めぐりでも、と思ったのだがこちらは相変わらずの締め切り地獄。妻と娘は街へ繰り出す一方、僕はホテルの一室でかりかりと原稿書きに勤しむ。

3月13日

 14時、「このミス」大賞授賞式のため宴会会場へと向かう。会場で最初にお会いしたのは今回の大賞受賞者岩木さん。とても大人らしい所作に、やっぱり作品には人柄が顕れるのだと痛感。二番目に来られたのが柏木さん。こちらも非常に腰の低い常識人でいらっしゃり、ほっとひと息。この世界は変な人が多いので、こういう方々が受賞してくれると何だか安心してしまうのだ。今回、テレビ局のリハーサルがあるため、参加者は14時半から15時半の間に集合とあったのに、14時半の時点で集まっていた作家さんは六人足らず。相変わらず集まりが悪いなあ。
 プレゼンターの谷原さんとのトークに備えてリハーサルを行うが、今回の受賞者は全員緊張の面持ち。みんな初々しいなあ。僕は最初からふてぶてしかったものなあ。
 15時半、本番開始。今回は歴代受賞者以外には取次さんと書店員さんを招待。谷原さんとのトークセッションには今回の受賞者と僕・七尾さん・岡崎さんが壇上に上がる。谷原さんとは前回対談をしていたので、あがらずに話ができたのだがここでもふてぶてしい印象を与えてしまったのではないか。
 来賓との名刺交換会はまるでオクラハマミキサーのような状態で、しかもかかっている曲は『マイム・マイム』、思わず大笑い。
 その後は受賞作に因み、書店員さんたちが白衣を着て登場(何をやらせるのだ)、歴代受賞者とともに記念撮影。これはOさんもツイッターに上げていたのだけれど、三省堂のUさんはどこから見ても立派な内科医だった。ところでこの白衣、そのまま書店員さんたちにプレゼントされるそうなのだが、いったい日常で使う機会があるのだろうか。妙なプレイでしか出番がないと思うのだが。
 こうして一次会は滞りなく終了したものの、問題は18時から始まった二次会。参加者は「このミス」関係者のみであったため、羽目が外れる。大森さんと香山さんは選考委員変更の内輪ネタを披露するわ、不参加者の噂話に花が咲くわ(主に話していたのは僕なのだけど)、不穏な空気が漂う。挙句の果てに何人かの後輩作家さんから「どうしたら量産できるのか」などなど訊かれるが、正直返答に困る。宝島社さんの担当編集者さんは事ある毎に「中山の真似はするな」と他の作家さんに言っているらしいが、だから皆さん量産できなくなっているのではないか。ちょうど二次会のさ中、I局長と歓談する機会があつたので、僕くらいに量産しないとヤバいですと苦言を呈すると、局長は「皆さんには書けと言ってるんですけどねえ」と切なそうな顔をされた。
 言っておくが、僕は自分ほど怠け者はいないと思っている。その怠け者より書かなくて何が物書きか。
 20時、お開きになってから部屋へ戻り、執筆を再開する。ひい。

3月14日

 戻り寒波とかで朝からえらく寒い。ホテルで妻と別れ、僕は事務所に直行。執筆を継続。
 10時、光文社のMさんと会い、『秋山善吉工務店』の見本誌にサインして献本の手続きをする。僕もMさんも花粉症であり、二人とも会話していて辛い。同病相哀れむとはまさにこのこと。
 11時、徳間書店がTSUTAYAの子会社になることが報道される。ううむ、噂には聞いていたが、こんなに早くなるとは。これから徳間さんの編集方針も変わっていくのだろうか。幸か不幸か、僕は徳間さんとほとんど何のお付き合いもないけれど他の作家さんの心中やいかに。
 15時、宝島社Kさんと『どこかでベートーヴェン』文庫版のゲラ修正。長編500枚なれど十分ほどで終了。今回は本編に加え、100枚ほどの短編をボーナストラックとして併録する予定。問題はまだ1枚も書けていないことか。その後は例によって世間話に興じるが、何とI局長、昨日僕と交わした会話を早くも日報で上げていらっしゃるとのこと。ううう、これでまた歴代の受賞者から白い目で見られる。
 22時、新潮社Mさんから『月光のスティグマ』文庫化の件で連絡あり。しかも今回、Mさんは純文担当となり異動されるとのこと。何というか僕の担当さんの異動が多過ぎはしないか新潮社さん。

3月15日

 12時、歯医者に赴き最後の冠歯を四本被せる。合計302,400円也。本当に、歯の治療のために仕事をしているなあ。
 13時20分、KADOKAWAのFさんと『笑えシャイロック』のゲラ修正。10分で終了。
「もう少し、登場する国会議員に良い面を持たせてもいいんじゃないでしょうか」
 これには困った。どうも僕は国会議員、特に某野党第一党の議員に好印象を持っていないのでプロット段階からロクデナシに設定していたのだ。結局、書籍化の際に微調整することで決着する。それにしてもこの連載もあと二回で終了してしまう。本当にこの仕事をしていると月日の経つのがあっという間だ。
 事務所に戻って執筆を継続するが、今回は事務所の入っているビルも壁の塗り替えなどで工事に入っており、目の前の新築工事とともに騒音の二乗、これに花粉症が加わって地獄の様相を呈する。さすがに仕事が捗らず四苦八苦する。どうしようもないのでクライテリオン盤の『戦場のメリークリスマス』を観賞。国内盤と比較して全くの別物。特に冒頭、登場人物が森の中へ分け入っていくシーンでは、クライテリオン盤の情報量が圧倒している。こんなことでは誰も国内盤を購入しなくなってしまうぞ。

3月16日

 小学館のMさんより『セイレーンの懺悔』映像化の企画書が届く。以前にも書いたことがあるが、こういう企画は百あって一つ実現すればいい方なので、眺めるだけに留める。第一、既に版元に渡した時点で自作といえど自分のものとは思っていないのでそれほど執着がない。
 映像化といえば大変気の毒なことがあった。何度かお会いしたことのある作家さんの小説が映像化され既にクランクアップ、特設サイトまで立ち上がり、作家さんもツイッターで宣伝に余念のない企画があった。ところがだ、演出家が子役を深夜まで働かせたとかで問題になり、放映の目処が立たなくなってしまったのだ。原作者は意気消沈、その知人である伽古屋さんはわざわざ僕に企画再開の可能性を訊ねにきたくらいだ。
 実際、ここまでネガティヴな話題になってしまうと放映は困難だろうし、仕切り直しするような予算もないはずだ。限りなくお蔵入りの可能性が高く、原作者には掛ける言葉もない。原作者さんもツイッターで色んな方角に謝っている有様だ。本人には何の落ち度もないのに。
 映像化は本当に水物だ。実際にスクリーンやディスプレイに映し出されるまで、何が起こるか分かりはしない。そんなものに期待していても詮無いだけではないか。

3月17日

 ビル建築の音がうるさ過ぎて仕事にならず、とうとう岐阜に帰省して仕事をすることにした。
 ところが、岐阜に帰ったら帰ったで花粉以外にも黄砂が舞っており、たちまち花粉症が悪化、パフォーマンスは更に低下してしまった。くしゃみ連発。往来でやると通行人が驚いてこちらを振り向く始末。
 ご存じの方もいるだろうが、僕のくしゃみはとんでもなく大きく、且つ長い。そのために数回も続けるとひどく体力を消耗する。お蔭で一日二時間の睡眠で済むところを、花粉症の季節は何と六時間も寝る羽目になる。
 KADOKAWAのFさんよりゲラの件で電話をいただき、つい弱音を吐いた。
「そんな訳で、花粉症の時には人間として役に立ちません」
『……六時間の睡眠はいたって普通だと思いますけどね』
 それでも目をしょぼしょぼさせながら原稿を書き続ける。

3月18日

 渡瀬恒彦さんが亡くなってから数日、ふと書斎のアーカイブを覗くと渡瀬さん出演の映画ソフトがずいぶんあることに気づく。本日はその中から『セーラー服と機関銃』4K盤を観賞する。81年の作品であり、三國連太郎さんや佐藤允さんなど既に鬼籍に入られた方が嬉々として演じているのを見ると何やら込み上げてくるものがある。同名作品は今までに二度の映画化、二度のドラマ化がされているが、どれもが製作された時代の匂いを纏っているのが興味深い。昭和世代の僕としてはやはり81年版のこの映画が一番しっくりくるなあ。出演者はもちろん、画面に映る風景の何もかもが昭和。かつてこの映画を映画館で観た時、自分がどこで何をし、何を目指していたのかを如実に思い出させてくれる。そういう意味で、映画は僕にとってタイムトラベルの装置でもあるのだ。
 本日より「野性時代」連載の『蕁草のなる家』に着手。毎度のことながら心理描写が主になる作品なので、この書き方で従来のリーダビリティを獲得できるのか、五里霧中のまま書き進める。

3月19日

 12時、旧友たちと食事会。家族も含めると総勢13人のちょっとしたパーティー。この齢になると、それぞれの子供の就職話に花が咲く。と言うより本人が自分の希望する職業を宣言する場となった。
「イラストレーターになりたいです」
 聞けば何度かコンテストで入賞もしたとのこと。こういう子は全国に何百人もいるのだろうなあ。イラストレーターに限らず、声優とかアイドルとか物書きとか二十代は憧れ産業に熱い目を向けていて、何と言うかとても微笑ましい。誰にでもこういう時期があって、なってもなれなくても、その情熱を見ているだけでこちらも嬉しくなってしまう(これが三十代以上となると話は全く別で、微笑ましいどころか痛々しくなる)。
 ところがこうして聞いている中でひときわ異彩を放つ希望職種があった。
「ウチの息子な。木こりになりたがってるんだよ」
 聞けば何かの研修に行った際、すっかりその仕事の魅力に憑りつかれたのだとか。今では〈チェーンソーの磨き方〉なるものを一生懸命習得しようとしているらしい。
 うーむ、これも憧れ産業と言えなくもないなあ。考えてみたらイラストレーターよりも狭き門かもしれない。みんな、頑張れ。
 20時、KADOKAWAのFさんより『蕁草のなる家』の進捗確認で電話が入る。はい、分かっています。明日中には必ず。

3月20日

 今週は人と会う予定があるため、急ぎ上京する。新幹線の中で『蕁草のなる家』を仕上げ、ほっとしていたらそのまま東京まで寝てしまった。いかん、たるんでおる。
 事務所に到着すると、早速ポストには出版契約書やら献本やら見本誌やらが溢れ返っている。あ、あのなあっ、たった三日留守にしただけだぞ。それが何でこの郵便物。
 郵便物の中に推理作家協会の会報があり、記事に喜多喜久さんの入会挨拶が掲載。喜多さんらしく作家活動をポートフォリアで説明されている。もちろんジョーク混じりなのだが、物書きにはこういう経済的視点が不可欠と思うのだがどうか。作家を職業と公言するのであれば、期首に必要な経費を弾き出し、期中に予定の仕事をこなし、期末時点できちんと利益を出し、その利益で自分と家族を養うべきだ。そうでなければ職業と呼べないではないか。
 郵便物の処理を終えてから『ふたたび嗤う淑女』に着手。こちらも明日には脱稿しなければ……待てよ、明日は何らか用事があったような……おわわあっ、『秋山善吉工務店』のプロモートで書店訪問の予定があったのだ。しかも10時からしっかり夕方まで。
 仕方がない。明日の10時まで寝ずに書くしかない。という訳でまたぞろエナジードリンクと黒ビールをラッパ飲みしてパソコンに向かう。よく死なないよなあ。

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