3月1日

 本日より事実上の就活解禁。正式の解禁日は六月なのだが、実際はこの三カ月間に八割の学生が内定をもらうのだという。今年も少子化を反映して売り手市場だというものの、やはりここでも二極分化が起こっており、どうしても人気企業とその他に分かれてしまう。
 娘は深夜0時から就職説明会のエントリーを開始したが、何と言うかチケットぴあの申し込みよろしく午前3時まで頑張ってみたが、とうとうゲットできなかったという。
 この季節になると思い出すのは、以前勤めていた会社の社内報だ。新入社員の一人がこの時期どんな就活をしていたのかというエッセイを載せていたのだが、その一文に年甲斐もなく泣きそうになった。この新入社員も他の就活生と同様、何社も何社もお祈りメール(不採用通知だ)をもらい続け、そのうちこんなことを考えるようになったという。
「あたし、世の中に要らない人間なのかなあ」
 そんなことはないから。
 誰にでも必要とされる場所がある。ただ、そこを探すのが簡単ではないというだけだ。
 14時、息子が帰省してくる。そういえば院に上がった息子も就活生ではないか。
「俺は6月までゆっくり会社を選ぼうと思って」
 こちらは就活のしの字も感じさせない相変わらずの極楽とんぼっぷり。本当に音大生というのは。と言いながら僕が説教なり小言を洩らすかというとそんな立派な振る舞いはせず、一緒に『ジョーズ』を観賞しながらキャッキャ騒いでいる有様。この父親にしてこの息子あり。

3月2日

 17時30分、息子が興味を示すので近くのフレンチレストランで食事をする。ここは工務店が経営しているという変わり種のレストランで、食材は近郊の山野から採れたものを多く使っているので、味の割に格安で気に入っている。
 食事の合間に息子が音大の授業について話す。それによれば、教師の大部分は努力とか一生懸命という言葉が大嫌いで、それを口にした生徒を高く評価しないらしい。傍で聞くとひどいと思う人もいるだろうが、実は美大の関係者からも同様の話を聞いたことがあるので、芸術関係の大学というのは概ねそんなものなのかなあ、と思ってしまう。つまり努力とか一生懸命とかは作品には何の関係もないことであり、作品に関係のないことを力説するなという主旨だ。
これは文芸の世界にも当て嵌まることで、実際新人賞を獲るとか作家として続けていく上で、努力なんてのはあまり役に立たない。七年間、多くの先輩や同業者を観察してきたが、生き 残る作家に必要なものは才能でしかないのだ(何の才能かは人による)。そんなことはない、ベストセラー作家の〇〇はこういう努力をしているではないかとの声が聞こえてきそうだが、それはあくまで傍で見た印象であり、おそらく本人は努力なんて思っていない。第一、編集者や読者は本人の努力を評価して連載させてくれたり本を買ってくれたりするものではない。ただ単純に面白く、素晴らしいから評価してくれるだけであって、努力したからといって評価されるのは小学校の運動会くらいのものだ。
 これは別の分野の話になってしまうのだが、例えば羽生結弦さんや錦織圭さんなど一流アスリートの練習量は半端ではないが、本人たちはその練習を至極当然のこととしてこなしている。つまりルーチンワークでしかなく、努力だとは思っていないのではないか。現状の能力を向上もしくは維持するための作業なんて努力でも何でもない。練習を努力だと認識している人間は、その時点で彼らに到底敵わない。
 もちろん何にでも努力は必要だと思うが、それは才能の世界においては最低限の条件でしかない。努力を売りにする人間は、そこで停まってしまうと思うのだがどうか。
 21時40分、KADOKAWAのFさんより『ドクター・デスの遺産』と『笑えシャイロック』の進捗状況について確認の電話が入る。生憎両方とも未着手であり、見えない相手に向かって何度も頭を下げ続ける。僕のように才能もなく、努力もしない人間は最低だと思い知った次第。

3月3日

 何と言うか本当に生きた心地がしない。
 とうに締め切りは過ぎ、デッドラインも間近だというのに、連載原稿を仕上げられる目処が立たない。こんな時、つくづく勤め人を辞めてよかったと思う。こんな精神状態で満足な仕事などできるはずがない。ぎゃああああと叫びながら原稿を書いていると、息子が書斎に入ってきた。
「お父さん、『フォースの覚醒』、一緒に観ようよ」
 うん、分かった。
 本日、日本アカデミー賞が発表され、『シン・ゴジラ』は最優秀作品賞・最優秀監督賞を含む7部門制覇、『この世界の片隅に』も最優秀アニメーション作品賞を受賞した。当該組織の中には各種柵が入っているとの噂もあるため両作品の受賞を危ぶむ声もあったが、この結果には相当多くの映画ファンも納得するのではないか。きっと皆さん、しみじみニヤニヤしとるんじゃ。
 夜半を過ぎてからようやく『能面検事』脱稿。引き続き『ヒポクラテスの試練』に移る。急に睡魔が襲ってきたのでエナジードリンク二本をラッパ飲み。げほげほ。

3月4日

 昨日脱稿した『能面検事』の中で実在する店舗名を記述していた。書籍化した際に問題が発生しては相手方に迷惑をかけるので、その店の社長に直接電話をして屋号記載の承諾を得る。おそらく校閲さんがゲラ段階で指摘するだろうが、こうして先手を打っておけばひと安心。
 僕は今までテーマ的にも記載内容もヤバめのものを扱ってきた。それでも未だかつて抗議やクレームの類いを受けたことがない。これは僕が全く取材しないのが理由の一つなのだが、他にもこういう事前の根回しを欠かせないからだ。全て以前の職業で培った世知なのだが、まさか物書きになってから役立つとは予想もしていなかった。
 14時、妻がボランティアから戻ってくる。妻は文化創造センターとかでコンシェルジェのような仕事を受け持っているのだが、持ち帰った来月以降の催事スケジュールを見て驚いた。何と仲道郁代さんのコンサートが全席四千円で販売されているではないか。こんなもの、東京では一万円を超えるぞ。
「館長がねー、採算度外視だっていつも言ってるのよ」
 つまり著名な音楽家や劇団を招聘し市民に提供すれば、その文化を享受した子供たちがやがて育ち、教養溢れる大人になって帰ってきたら、地元にも豊饒な文化が根付くのではないか。そのために入場料は採算度外視という主旨である。当然、足りない分は市の税金で賄うことになる。
 先日市長と歓談した際、この創造センターは年間二億もの赤字を垂れ流し続けているということだったが、その内実はこういう理由だったのだ。
 館長の方針が正しいかどうかは立場によって意見が異なるだろう。ただ、文化を享受するにはカネがかかるのはどうしようもない真実であって、それを無償あるいは安価で済ますことによって、どこかにしわ寄せがくることは憶えておいた方がいい。

3月5日

 徹夜の結果、『ヒポクラテスの試練』連載第4回分を何とか脱稿。本日より『ドクター・デスの遺産』加筆部分の執筆に入る。こちらは3日で80枚予定。大丈夫か自分。
 ちょっと意識が朦朧としてきたので、気付け薬代わりに『Somewhere in Time』を観賞。言わずと知れた時間SFの名作『ある日どこかで』なのだが、日本ではDVDのみの販売のため、輸入盤のブルーレイを買ったのだ。日本語字幕はついていないが、台詞のほとんどを記憶しているので支障はない。いやあ、やっぱりいいなあ。時間SFでラブロマンスで胸キュンだ。『君の名は。』が好きな人はハマるのではないか。主演のクリストファー・リーブはこの頃が絶頂期で、本当に正統派の二枚目だったのだと痛感する。もっともっと長生きして欲しかった。監督は『ジョーズ2』でメガホンを取ったヤノット・シュワルツ。余談だが、この頃のソフト発売元の洋画認識度はかなりひどくてDVDのジャケット裏面には監督名をジュノー・シュウォークなどと表記している。因みにこういう例は他にもあって『ポルターガイスト』(1982)などは監督トビー・フーパーが「トーブ・フーパー」になっている。こういう間違い、映画とその創り手へのリスペクトがあるならおそらくやらないだろうな。
『シン・ゴジラ』や『君の名は。』、そして『この世界の片隅に』。日々、様々な人がネットに感想を上げていてそれ自体は賑やかで楽しいのだが、中には少し歪んだ人もいて、どうしてもこれらのヒットした映画を自分の政治思想に繋げて語りたいらしい。映画の内容とはほとんど何の関係もないのに、わざわざハッシュタグに映画タイトルをつけ、その映画に関心を持つ人に自身の政治思想を開陳しようとしている。
 入場料を払って観た映画をどう捉えようが、どんな感想を呟こうが、それは全くその人の勝手だ。自分の政治思想を宣伝したいがために便乗したって一向に構わない。でも、こういう人はおそらく映画とその創り手をリスペクトしていないのだろうと思う。

3月6日

 本日も『ドクター・デスの遺産』の加筆部分を執筆しているのだが、実は事前にKADOKAWAの担当編集者お三方から〈単行本時改稿のご提案〉なるものを拝受している。要は注文書みたいなもので、
・過去シリーズを読んでいない人でも犬養のキャラクター、特徴をもう少し序盤で掴めるように(女性の噓を見抜けない)。
 から始まって何と合計10個もの要望が書き連ねてある。これを全て網羅するとなるとほとんど全面改稿になってしまう惧れがあるが、それをしてしまうと連載当初のスピード感が損なわれてしまう可能性がある。
 そこで熟考した挙句、あるたった一つのエピソードを加えるだけで10項目を全て網羅する方法を思いついた。こんなことを思いつくのは、今まで長編27作を上梓してきて勘所が分かってきたお蔭だ。書評家の茶木さんは「エンドマークの数がその作家の実力になる」(大意)という名文句を残しているが(いや、まだ亡くなってないから)、本当にその通りだと感じ入った次第。
 13時40分、祥伝社Nさんより電話。
『連載、今回も面白かったです』
 たとえ社交辞令にしても、ほっとする。毎月毎月綱渡りの連続なので、誰か一人でも「今回はもう一つでした」などと言われた日には、ちょっとおかしくなりそうな気がする(もうなっているかも知れん)。

3月7日

『ドクター・デスの遺産』、加筆部分は佳境に入る。と言っても、書いているこちらのテンションは普段と全く変わらず。僕の執筆状況なんていつもこんな風だ。筆が乗るとか乗らないとか、いったい他の同業者さんたちはどんな精神構造をしているのだろうか。羨ましくてならない。
 15時、光文社のMさんよりゲラ修正について電話が入る。
『今回も微修正だけなので、電話で済ませてしまいましょう』
 やってみたら、やはりいつもの通り5分で終了してしまった。呆気なさ過ぎて、逆に申し訳ないような気分になる。
 禁断症状が出てきたのでトビー・フーパー監督の『Life Forse』を観賞。ご存じ邦題は『スペース・バンパイヤ』。これも日本ではブルーレイ未発売のため、輸入盤を愉しんでいる。80年代のSFXを堪能するだけでも観賞の価値あり。ほほほほほほ。

3月8日

 11時、新宿伊勢丹へ妻とともに向かう。授賞式その他で着るためのものを見繕うのだが、信用がないので妻同伴となる。前日から予約を入れていたのでコーディネーターの方があれやこれやと用意してくれており、お蔭で一時間もかからなかった。名刺をいただいたものの、こちらは生憎と切らしていた。ちょうど『テミスの剣』文庫版を持っていたので名刺代わりに献本する。先方は恐縮されていたが、よくよく考えれば相手が欲しくもない物を無理やり渡そうとするのだから、もう押し売りみたいなものではないか。
 13時、契約書の件で宝島社のKさんを訪ねる。契約書にサインをした後、今回の受賞者さんたちに『テミスの剣』を献本していただくようお願いする。しかしよくよく考えれば相手が欲しくない物を無理やり渡そうとするのだから、もう以下同文。
 有難いことに僕の既刊本を売るために色々と企画を練っていただいている。タレントさんの帯が欲しいのだけれど、プロダクションの壁があるとスムーズに事が運ばないらしい。そこで僕が谷原章介さんから文庫版の解説をいただいた際の経緯を話した。祥伝社さんが仕切った対談の席なのに、その場で谷原さんに直接「『テミスの剣』の解説文を書いてください」とお願いし、承諾を得られるや否やその場にこっそり呼んでいた文春さんの文庫担当者を先方のマネージャーさんに引き合わせて強引に話を進めてしまったのだ。
「……中山さん、そんなヤクザみたいな真似したんですか?」
 何とでも言うてくれい。前に勤めていた会社ではこれくらいしたたかでなかったら生き残れなかったんだよお。
 15時、罹りつけの歯医者に出掛け1時間30分近くドリルの音を聞かされる。さすがにへとへとになっていたらKADOKAWAのTさんから電話。
『〈ドクター・デスの遺産〉加筆分はまだでしょうか』
 急いで残り二枚を書き終え、速攻で送信しておく。すると間を措かずに同社Fさんより『〈文芸カドカワ〉連載分も進行がぎりぎりなので、すぐに原稿ください』とのメールを頂戴する。ひい。

3月9日

 10時、祥伝社Nさんとゲラ修正作業。今回も専門知識と用語満載であるため専門家の監修つき。素人の哀しさで事実誤認が散見され、結局十分もかかってしまった。つくづく思うのだが、僕はどうして畑違いのジャンルばかり書いているのだろうか。
 11時30分、実業之日本社KさんとSさんと会う。Kさん退職に伴う引継ぎである。
「で、Kさんの再就職先ってどこなんですか」
 聞けば僕も取引がある有名出版社。何だ、場所が近くなっただけではないか。本当に出版関係者の方は各出版社を行ったり来たりというのが多くて、いつでもどこでも同じメンツ。何というか原始共産制みたいなイメージがある(ちょっと違うか)。
 事務所に戻って執筆を再開するが、ちょうど目の前でビル建築をしており、騒音が半端ではない。悔しいのでこのビルが竣工したら入居してやろうと画策する。2LD以上の物件を探している最中なのだ。
 17時、講談社のKさんとゲラ修正。こちらは120枚あったのだが、修正箇所が存外に少なくて5分で終了。二月は日にちが少なくて苦労した旨を愚痴ると、
「ああ、それは他の作家さんも仰いますね。二月が小の月だと分かっていても、月末になって慌てる、みたいな」
 物書きにとって三日というのは本当に貴重なのだ。誰だ、勝手に三日も減らしやがって。責任者出てこい。

3月10日

 10時、光文社より今月刊行の『秋山善吉工務店』の著者見本が届く。今回は十四冊を頂戴したのだが、もちろん自宅に置いておいても仕方がないので、お世話になった人や同業者に献本することとする。よくよく考えれば相手が欲しくない物を無理やり……。
 16時、KADAKAWAのTさんから電話。『ドクター・デスの遺産』、加筆部分はいつも通り一発OK。ほっと胸を撫で下ろす。
『それでですね、中山さん。刊行の折には他の作家さんに帯を書いてもらおうと思って』
 作家さんの名前を聞いて驚く。そんな。いくら医療ミステリー繋がりといっても、先方はバリバリ現役の医師ではないか。確かに『ドクター・デスの遺産』も医療ミステリーにカテゴライズされるだろうが、こっちは動脈と静脈の違いも分からないど素人なのだぞ。なのに何故。
 20時20分、またもやKADAKAWAのFさんより電話。『笑えシャイロック』の進捗状況の確認。単行本の加筆に加え同時連載二本を抱えているため、ほぼ二日に一遍は同社から連絡が入ってくる。段々、自分がKADOKAWA専属の下請けになったような錯覚に陥る。
「ええっと、明日の朝までには何とか」
 いい加減な返事をしてしまい、結局は自分の言葉に縛られるかたちで日をまたいだ午前4時過ぎに脱稿。休む間もなく「Jノベル」連載の『ふたたび嗤う淑女』に着手。先月は遅れてしまったため、担当のKさんからちくりちくりといじめられたのだ。今月こそ早めに提出しよう。

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