「いちど取材ものを書いてみては。取材相手と自分の、ふたつの視点を文章に入れることで、作品が読み物になり、ひとりごとではなくなります」

 2017年度のオープニングを飾る4月講座には、梯久美子氏を講師としてお迎えした。

 1961年、熊本県生まれ。北海道大学卒。編集プロダクションを経て、2001年よりフリーライターとしてルポルタージュを執筆しはじめる。
 2006年『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道―』で第37回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2017年には『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―』で第68回読売文学賞(評論・伝記賞)と第67回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2014年から3年間大宅壮一ノンフィクション賞選考委員。現在、潮アジア太平洋ノンフィクション賞選考委員。

 講座の冒頭では、世話人をつとめる池上冬樹氏(文芸評論家)がまずマイクを取り、講師を紹介した。
「みなさんこんにちは、池上です。2017年度も、今日から始まりました。今年度も豪華な講師をお招きしますが、トップバッターは、ノンフィクション作家の梯久美子さんです。この講座でノンフィクションの作家をお招きするのは、一昨年の野村進さん以来です。梯さんの『狂うひと』は昨年の各紙誌で話題になり、読売文学賞や芸術選奨なども受賞しています。たいへんすばらしい作品で、日本推理作家協会賞のノンフィクション部門にもノミネートされました。評伝がなぜミステリの賞で候補になったかというと、謎解きの面白さがあるんです。評伝がこんなに面白くていいのか、というほどの作品ですので、みなさんぜひお読みください。梯さん、今日はよろしくお願いします」

 続いて、梯氏がマイクを持ち、受講生に向けてあいさつ。
「梯久美子と申します。池上さんは『狂うひと』を面白いとおっしゃいますが、私はですね、あまり面白くはないだろうと思って書いたんです。あえて物語的にせず、一次資料をそのまま挟み込みながら、かなりガチガチに固い評伝として書いたんですが、意外なことに、みなさん読んで面白がってくれまして。自信がついたというわけでもないんですが、こういう硬い本を楽しんで読んでくれる読者層が存在するということに、今後ものを書いていくうえで背中を押されたような気がしています。今日はよろしくお願いします」

 講座の前半では、受講生から提出されたテキストに、講師が講評を加えた。
 今回のテキストは、エッセイ、ノンフィクション、私小説が合わせて4本。

・新堂麻弥『三月二十九日』7枚
・座光寺修美『大連へ』11枚
・古間恵一『橋を渡るライオン』22枚
・菅井二人『フタコブラクダ海へ行く』41枚


◆新堂麻弥『三月二十九日』7枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8293848
 平和安全法が施行されて一年になった三月二十九日に、筆者は国内外の不穏な情勢を思う。地元の山形にも戦争の記憶を伝える人々がいることを知るなどして、やがて梯久美子氏の著書『昭和二十年夏、女たちの戦争』を手に取る。そして、筆者は戦争についてのエッセイを書き、ある賞で入賞して書籍化されることになる。

・池上氏の講評
 これはね、構成が悪い。最後に受賞して云々という話を持ってくると、自慢話で終わってしまう。そういう着地はダメ。では、どうすればこの結びが嫌味に聞こえなくなるかということになるが、簡単です。書かなければいい(笑)。書きたければツイッターなり何なりでやればいいのであって、このエッセイでは自慢話めいた情報はいりません。そもそもエッセイに自慢話はいらない。誰も自慢話を読みたくない。
 ではどうすればいいかというと、読書エッセイというスタイルを取ればいい。梯さんの本を読みました、というのを中心にする。まず最初に時事ネタを振って、それから本の話にする。戦争の話も、自分の声ではなく、こういうことを言っている人がいる、こう考えている人もいる、昔の人はこう考えて生きていたんだよ、というふうに、声を拾っていく。その声に、自分の考えをかさねる。それがうまくいくと、嫌味がなくなるんです。
 ストレートな物言いはどうしても反感を買います。いくら正論でも反感を買う。そこはユーモアでつつんで、ワンクッションおいたやさしい言い方をしましょう。愛嬌のある言い方を心がけてください。そうすればみんな読んでくれます。ストレートにガンガンやられると「もういいよ、その話は」と耳を閉ざしたくなる。聞く耳を持ってもらうためには、やさしく、別な声を引用して、本の内容も柔らかく紹介するといいです。
 
・梯氏の講評
 本論があとのほうに配置されていて、導入、つまりイントロダクションに当たる部分が重くなっているんですね。でも、そうなってしまったのもわかる。この方は、文章がうまいんです。方言がうまく入っていたり、文章にテンポがあって、読みやすくて面白い。そういう人が陥りがちな罠があるんです。
 私も、エッセイの冒頭にツカミのネタを入れるんですが、おっ、結構うまく書けてるな、と思ってふと気がつくと、規定枚数の半分ぐらいになっていたりする。そういうときは、もったいないと思っても、アタマをばっさり切るほうがいいんです。全体のバランスを見てね。
 この作品、最初のほうにずいぶん労力をかけたな、というのがわかります。工夫もあるし、飲み会のこととか時事ネタとかも、うまく折り込まれていますし。文章としても、後半より前半のほうが、テンポがあって読みやすいんです。でも、後半の、いちばん言いたいところがあっさりし過ぎている。最初の段落は活かすとして、その後の三段落ぐらいは削ったほうがいいです。この導入から入るならね。あるいは、導入部は全部やめてしまって、この本を読んだ、というところから入るのもひとつの手です。
 最後まで読んで「私の本が出てる!」と思ったんですが(笑)、著者としては、本に出てくるエピソードを、ひとつくらいは紹介してほしい気はします。作者の方が、どこをいいと思ってくれたのか知りたいので。このエッセイの読者にとっても、抽象的な紹介に終始しているので、どんな本なのかわからないですよね。
 それから、山形平和劇場というところで朗読劇をされている話が出てきますが、私は知らないわけです、山形の人ではないから。それがどういうものなのかわからないまま終わってしまうのが残念ですね。前半の、森友学園問題などいろいろな時事ネタは、みんな知っていますから、別にあなたがいま書かなくてもいい。でも、山形平和劇場はどんなところで、あなたがどんなことをやっていて、そこで何に気がついていったか。そういう話は読みたいです。あなたの周りにいる人たちはみんな知ってるからいいや、とは思わないで。もっと広く読まれることを前提にして書かれたほうがいいと思います。


◆座光寺修美『大連へ』11枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8293872
 ひとり静かに暮らしている80歳をこした筆者は、生まれ故郷の大連で、兄が書いていた日記を持っている。引き揚げのときのきびしい所持制限をくぐりぬけて、持ち帰ったものだ。その古い日記を読みながら、筆者は大連ですごした日々のことを思い出す。
・池上氏の講評
 こういうものは、なかなか書けるものではないですよね。さりげない言葉づかいのはしばしに、昭和21年当時の匂いとか、人間関係とか、生きていく姿勢が出ています。子供が大人に敬語を使っているあたりとか、当時は当たり前でしたが、いまの僕たちはぜんぜん教えられていないし「そんなふうに生きていたんですか」と思ってしまうでしょう。
 ただ、作品として注文をつけます。
 この作品の場合、主題になるのは、魂の原風景としての大連、というモチーフですね。では、それがしっかり描かれているかというと、作者はお兄さんの日記に引きずられていて、読者にしっかり定着させるべきイメージが、提示できていないんですね。かつての日本や満州で生きていた人々の、人生の何か結晶みたいなものを描くことができれば、それがベストなんです。そこまで要求するのは無理かもしれませんが、そういう方向性で描くことができればよかったですね。
 兄の日記に、おんぶにだっこになってしまっている。もっと自分の、主人公の生き方や、現在と過去の記憶などを、描いていただければよかったと思います。

・梯氏の講評
 いま池上さんがおっしゃったとおりだと思います。それで、私も考えたんですけど、3ページ目に、1月の日記と9月の日記を引用されていますよね。まずお正月の、1月3日の話があって、その次は9月6日の話になるんですけど、その間に、ご自分がお正月についておぼえていらっしゃること、思い出になったことを入れるといいです。具体的な思い出を入れると、それだけでもだいぶちがうんじゃないかと思います。
 この日記はすばらしいんですけど、引用がずっと続いてしまうので、やはりどこかで一回、ご自身のことを読ませてほしいんです。そして、9月の日記のあとにも、ご自身の、妹としての立場から、その思い出を書いていただけると、だいぶ変わると思います。
 それにしても、この日記がすばらしいですね。これはたいへん貴重なものです。敗戦直後のお正月について書かれているんですが、当時のことについて、私たちは悲惨な話ばかり聞いているわけです。でも、このご家族もたいへんだったとは思いますが、子どもから見た、それなりのお正月の楽しさがありますよね。文体になんともいえないユーモアがあって、これは創作ではありえない文体です。
 終戦の翌年になっても、満州からなかなか引き揚げられない。その苦労ばかりが、作品には取り上げられがちなんです。そのほうがドラマチックですから。でも、こういう日常があった、ということの動かぬ証拠といってはなんですが、実際にこの日記があるわけです。それを読ませていただけるだけで、貴重な機会でした。
 考えてみたら、この日記が現存すること自体がドラマですよね。持ち物がきびしく制限されていて、見つかったら没収されてしまう、しかも連帯責任でみんな帰れなくなってしまう。そういうたいへんな事態を潜り抜けて、ここに存在している。昔の資料というのはみんなそうですが、残ってきたプロセスにもドラマがあるわけなんです。
 作者の方は、なぜこの日記がここにあるのか、ということもきちんと書いてくださっています。お父さんの教え子だった通訳の若者が、捨てられそうだった書類や写真といっしょに預かってくれた。こういうものは、大文字の歴史には残りませんが、歴史のディテールとしてとても大事なことです。書いてくださらないと消えてしまうものを、きちんと書き残してくださいました。そういう意味でも貴重な証言で、このシリーズをもっと読みたいと思いました。
 お兄さんの日記もそうですが、文体からご本人の上品さがにじみ出ているんですね。でも、もう一歩前に出て、ご自分の思いをもっと書いてもいいと思います。

◆古間恵一『橋を渡るライオン』22枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8293820
 国の援助機関から契約で雇われた私は、アフリカのモザンビークに派遣された。
 滞在が三年を過ぎた二月、管轄の南アフリカにある事務所から日本の会計検査院の役人が現地に入るというので、過去に復興支援で我が国が建設した地方の橋を事前に視察するよう頼まれる。ところが、視察してみると川岸の護岸工事に施された蛇籠の針金が切られ、日本国名が入った銘板が剥がされていた橋があった。
 その視察に同行した現地の役人は、近隣の村人の仕業と思っているが、その地域の首長である村長は「ライオンの仕業」だと惚ける。また、現地の無能な政府が利益優先の支援国を物乞いするように受け入れていることに反発する「政治犯」の仕業だとはぐらかす。その村長の欺瞞に満ちた言い分に、私は呆れ戸惑いながらも、その欺瞞の一端を担っているのは自分にもあるかもしれないと思うようになる。そんな矛盾と欺瞞、主人公の助手が内戦で歪んだ現地の人々の感情を示唆的に読み取りながらひもといていく。

・池上氏の講評
 古間さんは非常にうまいですね。この短い枚数で、できごとや文化をきちんと描いているし、実体験が持っている力もある。だけど、ちょっと意地悪な言い方をすると「だから何なの?」ということも言いたくなる。読者というのは欲張りなんです。これはノンフィクション的な小説だと思いますが、もっとフィクションをいれて、現実をデフォルメしてほしい。ラストシーンも「ライオンのように食らいついた」というのはダジャレっぽくなってしまうので、これはいらないと思います。書いたほうがうまく着地はするんだけど、ライオンの話はここまでに何回も出てきているので、ここでまた書かなくてもいい。もっと別な視点がほしいところです。
 たとえば、この作品は主人公の一人称で書かれていますが、はたしてひとつの視点だけで描くのが正しいのか。僕が思ったのは、現地の青年、セレスチノの視点がほしいということですね。これがあると、世界が広がるんです。あるいは、眠りこけている運転手でもいい。この三人の視点があると、世界がカラフルになるし、現地のことにごちゃごちゃいう日本人に対する、批判的な見方もできるようになる。日本人の視点だけで統一して、わかりやすくはなっているんだけど、奥行きがなくなって、読者は「だから何?」という感じになってしまう。小説としての奥行きを出すためにも、セレスチノという青年のキャラクターが非常に魅力的なので、彼の視点を入れるといいでしょう。

・梯氏の講評
 たしかに、この青年がとても魅力的ですね。この作品は、脇役がいいんです。青年も、助手の運転手も。運転手に「子どもは何人いる?」と聞いたら「生きてるのが四人、それに死んだのがふたりだ」と答えたりとか、バックミラーに十字架がぶら下がっていて、スピードメーターのとなりに子どもの写真があったりとか。ちょっと思わせぶりで、この人にドラマがあるなという感じですね。あまりここで書き込みすぎるのもよくないかもしれませんが、たしかに池上さんのいうとおり、彼らの視点が入ると世界が立体的になるし、あと、主人公がずっと思っていたことが全部ひっくり返されていったりしても、面白いなと思いました。
 大きな、全体的な枠組みとか世界観については、私は正直そこまで興味をひかれるものではなかったんですけども、ひとつひとつの描写だとか、出てくるものに、いい味わいがあります。3ページ目にある「その食堂は車で十分程度行ったところにあった。あの子供らが言うように食堂の脇には、大きなアカシアの木があった。木には、人の胃袋のような形をした鳥の巣がクリスマスツリーの飾りつけのようにいくつもぶら下がり、黄色い小鳥が鳴きながら巣を出たり入ったりして賑わっている」など、「ここはどんなところなんだろう?」と思わせる描写がいくつもあって、それがとてもうまいと思いました。食堂の主人が、おつりとして1ドル札と袋いっぱいのマンゴーをくれるあたりも、私たちが行ったことのない異郷の景色が、まるで目に見えるようです。自然だけじゃなくて、住んでいる人々の気配が、すごく魅力的でした。この長さだと、それを見せてもらっただけで、読んでよかったなという感じがしますね。
 連作のイントロダクションのような感じもします。この先が読みたいという気持ちになりましたが、それって、何かすごいことが起こってほしいという、読者としての欲求でもあると思うんです。この枚数でもこれだけしっかり書けているので、さらにここから何かがあれば、面白く読めるんじゃないかと思いました。


◆菅井二人『フタコブラクダ海へ行く』41枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8293805
 中国青島(ちんたお)の小さな工場に駐在するダンナは、日本人が一人だからめったに休みも無い。国慶節連休に、山東半島をバイクで走って、美味しい海の幸を食べようと誘われ、私は喜んで飛んできた。小さなバイクに二人乗りで、蓬莱(ほうらい)、烟台(えんたい)、威海(いかい)と回る。雨に降られ、道に迷い、悪路に悩まされるが、二人で走れば体育館くらいの豊かさになる。
 早く帰って一日くらいゆっくりさせたくて、威海から青島まで一気に帰ろうと予定変更したが、選んだ国道がひどかった。朝6時に出発して、青島に着いたのは夜8時、「寒いよ、暗いよ、怖いよー」の爆走だった。それでもシルクロードを走る自信をつけて、不思議な充実感を得た3泊4日の旅でした。
(夫婦合作ペンネームであり、講座にはご夫君が代表として出席した)

・池上氏の講評
 このテキストはずっと以前にもらっていたのですが、なかなか講師との相性がむずかしくて、取り上げる機会がなかったものです。菅井さんには申し訳ありませんでしたが、今回はノンフィクション作家の梯さんがいらっしゃるということで、採用させていただきました。
 なぜ、小説家が講師のときには取り上げなかったかというと、この作品には終わりがないんですよ。単なる記録のように感じてしまう。着地が弱いんですね。だけどやっぱり面白い。文章に味があって、ユーモアがあって、夫婦の何気ないやりとりに、クスリと笑わせられる。笑いもあるし、批評もあるし、読むと自分もバイクで旅行したくなるような楽しさがある。こういった文章を読んで、自分もやりたくなるというのは、その文章に力があるからです。作者に力がある、ということですね。
 ただ、やはり何かもうひとつほしい。ノンフィクションのむずかしいところですが、着地点をどこに作るかですね。このままだとぜんぜん着地していないので、何か目的をもうけて、それを達成して終わる。あるいは、達成できなかったけどここで終わらざるを得ないとかね。きちんとした起承転結でなくてもいいけど、読者に「ここで終わりなんだな」と納得させる、理由づけがあるとよかった。こういった記録の断片でも面白いんだけど、まとまった構成としての面白さもほしいと思いました。

・梯氏の講評
 菅井さんは、このような中国の旅行記を長く書いていらっしゃるんですよね。ほかにはどんなものを書いていらっしゃるんですか?

(菅井氏「バイク旅行記がメインなんですけど、中国にいたときの、向こうの新幹線の話ですとか、シルクロードのほうを走った記録だとか、そういうものも書いています」)

 私はですね、この作品を読んで、異常に文がうまいのでプロが書いたものじゃないかと思ったぐらいです(笑)。最初の1ページの半分ぐらいで、必要な情報がぜんぶわかるようになっているんですね。夫婦の関係とか、年齢とか、いまいる環境とか、おまけに山東省の地理まで、ぜんぶぱっとわかるんです。このあと読んでいくために必要な情報が、原稿用紙1枚半ぐらいの中にぜんぶ入っている。この技術は、プロでも意外とできないものです。
 いまうかがったら、基本的に旅行記を書かれているそうですが、私は、この語り手である奥さんが書いていると思ったので、この人は群ようこさんのようなエッセイストになったらどうか、とまで思いました(笑)。日常のいろんなことも、こういう文体で、多少デフォルメしつつ、少し面白く書く。もともとユーモアのある文体ですし、いいと思います。でも、合作で書くというやり方も面白いかな、とこの作品を読んで思いました。
 書き手はおそらく、私よりちょっと上の世代ぐらいの女性かな、と思っていたので、取材もののノンフィクションをお書きになってはどうか、とすすめようと思ってここに来たんです(笑)。エッセイやノンフィクションって、ついつい自分のことを書きたくなるものですが、他人を取材して書く、というのも面白いものです。それは私が取材者だからそう思うのかもしれませんけれど。
 たとえば私がこの方に提案しようと思ったのは、地元の、料理のうまいおばあさんのところに行って、郷土料理を教えてもらいながら、身の上話を聞いて、ご自分の思い出話なんかも折り込んで、ちょっとユーモアのある文章を書いてみてはどうか。もし私が編集者だったら、そういうものをすすめると思います。ほかのみなさんも、取材的な要素をちょっと入れて書いてみてもいいと思いますよ。相手は有名人とかじゃなくていいんです。身の周りでも面白い人はいると思いますし。でも単なるインタビュー記事にするんじゃなくて、自分の反応なども入れて、臨場感いっぱいに書くと、面白いと思います。
 どうしてそう思ったかというと、この作品には、夫と妻というふたりの人物がいて、視点がふたつある。地の文は「私」の一人称だから奥さんの視点だけど、カギカッコの会話相手はご主人になっていますね。取材ものもそうで、地の文は、自分がこうしてこの人の話を聞いた、という書き方で、カギカッコの中が、取材相手の言ったことになります。この作品はすでにそういう構成ができていて、ひとりごとに終わらない書き物になっています。なので、取材ものも書けるのではないか、と思ったんですね。菅井さんは小説もお書きになるそうですが、こういうノンフィクションももっと書いていただきたいです。

※以上の講座に続き、後半では池上氏の司会のもと、梯氏がノンフィクション作家になるまでの経緯や、傑作ノンフィクション『狂うひと』の誕生秘話について、お話していただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。ぜひご覧ください。

【講師プロフィール】
◆梯久美子(かけはし・くみこ)氏

1961年、熊本県生まれ。北海道大学文学部国文学科卒業後、編集者を経て文筆業に。2006年『『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道―』で第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『昭和二十年夏、女たちの戦争』『硫黄島栗林中将の最期』『百年の手紙―日本人が遺した言葉』など。17年『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―』で第68回読売文学賞(評論・伝記賞)と第67回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。14年から3年間大宅壮一ノンフィクション賞選考委員。潮アジア太平洋ノンフィクション賞選考委員。

●狂う人―「死の棘」の妻・島尾ミホ (新潮社)
※第68回読売文学賞(評論・伝記賞)
 第67回芸術選奨文部科学大臣賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4104774022/

●散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道(新潮文庫)
※第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞
https://www.amazon.co.jp//dp/410135281X/

●昭和二十年夏、女たちの戦争  (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041003822/

●昭和二十年夏、僕は兵士だった  (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4043944497/

●昭和二十年夏、子供たちが見た戦争  (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041008808/

●硫黄島 栗林中将の最後
https://www.amazon.co.jp//dp/4166607618/

●百年の手紙―日本人が遺した言葉  (岩波新書)  
https://www.amazon.co.jp//dp/4004314089/

●妻への祈り 島尾敏雄作品集 島尾敏雄(著) 梯久美子(編集)
(中公文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4122063035/

●死の棘  島尾敏雄 (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101164037/

●海辺の生と死  島尾ミホ(著) (中公文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4122058163/

●世紀のラブレター (新潮新書)
https://www.amazon.co.jp//dp/4106102722/

●愛の顚末―純愛とスキャンダルの文学史
https://www.amazon.co.jp//dp/4163903607/

●カラー版 廃線紀行―もう一つの鉄道旅(中公新書)
https://www.amazon.co.jp//dp/4121023315/

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