「初心者は、難しい言葉を重ねると小説らしくなると思ってしまいがちですが、それは逆です。そういう言葉を削いでいくことで、小説としての純度が高まるんです」

 
3月の講師には、吉村龍一氏をお迎えした。

1967年、山形県南陽市出身。高校卒業後自衛隊に入隊し、陸上自衛隊施設科員として勤務。除隊後、近畿大学豊岡短期大学卒業。その後地元に帰郷し、小学校にて技能士として勤務しながら「山形小説家・ライター講座」を受講。2008年から13年まで、代表をつとめる。2012年『焔火』で第6回小説現代長編新人賞を受賞し、小説家デビュー。山岳小説・海洋小説・ロードノベルなど、自然を舞台とした作品に定評があり、その中で人間の情念を描く、骨太な作風で知られる。

 また今回は、吉村氏と同じ本講座出身の、日経小説大賞受賞作家である紺野仲右ヱ門(夫婦共同ペンネーム)の、紺野信吾氏・真美子氏を司会としてお迎えした。

 講座はまず、メイン司会をつとめる紺野信吾氏がマイクを取り、あいさつをして始まった。
「こんにちは、紺野仲右ヱ門の紺野信吾です。今日はよろしくお願いします。なにぶん初めてですので、どうかお手柔らかにお願いいたします」
 続いて、講師をつとめる吉村氏のあいさつ。

「こんにちは、吉村龍一です。私は、以前はみなさんと同じように受講生席に座っていましたが、今回はこの壇上からお話しさせていただくことになりました。僭越ながら、どうぞよろしくお付き合いください」

 今回のテキストは、小説が4本。

・佐藤初枝さん『ダストボックス』(13枚)
・海乃かめ太さん『葛羅(くずら)の森』(20枚)
・塩崎憲治さん『標的」(50枚)
・岸春霞さん『山桜の匂う頃』(50枚)


◆佐藤初枝さん『ダストボックス』13枚

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8179968
「私」は、おしゃれな「ごみ箱」を取りに、同棲していた元カレ「敦士」のアパートを訪れた。敦士の素っ気ない態度で新しい女がこれから来ると感じた私は、部屋の中へ押し入る。部屋の雰囲気が、自分が住んでいた時と変わっていることにショックを受け、思わず元カレを刺殺してしまう。
 敦士殺害のアリバイ工作を考えていると、インターフォンが鳴った。急いでベランダに隠れて、中の様子を覗っていると、若い女が入ってきた。どうやら、敦士の新しい女のようだった。彼女は元カレの死体を見つけると、スマホで痩せた男を呼び出し、元カレと金目のものを運び出して去っていった。その行動を見て、二人は泥棒だと私は考えた。
 二人がアパートを去ると、敦士がどこに連れていかれるか案じ、探す手掛かりになりそうな「時計」を机に置いた。
 私は「ごみ箱」の入った紙袋をもってアパートを出た。寒い夜の街を歩いて、居候している友達のアパートへ向った。

・紺野真美子氏の講評
 作者の方にお聞きしたいんですが、これ、部屋に入ってきた人は新しい彼女なんですか? それともただの泥棒?
(佐藤氏「新しい彼女ですが、この人はもともと、泥棒をするために彼に近づいたんです」)
 そうですよね。わかりました。
 短い小説ですが、読ませるセンスを感じました。ただ、作者の都合のいいように並べてしまっているところがあって、そこを変えればよくなるな、と感じたところがいくつかあります。
 たとえば、主人公が彼を殺してしまっても、あまり動揺していないように書かれています。ここはですね、彼は主人公のことを「お前は冷めた女だ」というように言ってますよね。それをもっと強調して、とにかく冷たい女だというのを前面に出すと、違和感が少なくなります。
 それから、部屋に入ってきたのが、新しい彼女なのか泥棒なのかよくわからないところも、彼との会話の中に、新しい彼女の胡散臭さみたいなものを匂わせておくと、後半につながります。短篇としておさまりどころを押さえておくことで、全体が引き締まるんじゃないかと思います。
 
・紺野信吾氏の講評
 この主人公の、空気感のなさというか。まるで生き物じゃないような……。人が入ってきても気づかれないし、彼氏にあまり相手にされない。そういう空気感でずっと展開されているので、私は、この主人公は幽霊か、もしくはコンピューターゲームの主人公のように感じました。A.I.、人工知能でできあがった、ワケのわからない存在だったりするのかな、と思って期待してたら、そういうことではなく、実際に存在する女性だった。
 ここまで存在感のない女性だったら、もっと独自の世界があったんじゃないかなあ。
 生身の、生きている人間の実際の生活ではこんな都合よく話が展開していくことはありえないんだけど、それでも起こってしまうという不思議さが描けたら、説得力が生まれたのかな、とも思いました。

・吉村氏の講評
 いろいろ疑問に思った点がありました。私だったら、最初の「どうやら殺してしまったようだ」という文は取って、始めますね。アリバイ工作のために時計を壊す、というのはかえってないほうがいいと思います。いきなり「敦士と出会ったのは……」から始まったほうがいい。あと、泥棒が盗んでいったのは、かなり価値があるものなんでしょうかね。殺された人間の死体を隠してまでも持っていくとなると、たとえば何千万円の預金通帳とか、そういうものでしょうか。

(佐藤氏「独身男性の部屋なので、それほど価値のあるものはないと思います」)

 なるほど、そうですか。普通はですね、死体を目にした人がそれを隠すというのは、よほどのことだと思うんですよ。そうしてまでも手に入れたい、そういう価値のあるものがあったのかな、というのが気になりました。ちょっと不自然かな、という感じがあったんです。そこまでのリスクを冒す、隠蔽の理由がちょっとわかりませんでした。
 あと、細かい指摘なんですけど、文章にはいいところがあります。元カレの部屋に入ったとき「二つ並んだ枕を見て顔が熱くなった」という、この一文がビシッと利いてるんですよ。こういった描写を1ページに1回ぐらいずつ入れると、小説がすごく浮き立ってくると思います。主人公の心理とか、行動なんかが手に取るようにわかります。
 ただ、残念ながら、作者が後付けで書いたな、と透けて見えるところがあります。元カレを刺し殺す場面で「その時、私の手には包丁が握られていた」とありますが、その前文まで包丁のことはぜんぜん描かれていません。後から思いついたように、実はキッチンから抜き取って持っていたんだよといわれても、読者って意地悪なものですから「そりゃねえべ」と思っちゃうんですよ。だったら、「ふところに隠し持っていた小型ナイフで」とか、そういうふうにしたほうが、小説の流れとしては自然だと思いました。

(佐藤氏「ありがとうございます。質問があるのですが、私は長い文章を書いたことがなくて、13枚のこの小説が、いちばん長いんです。これからもっと長い文章を書くためには、どうすればいいんでしょうか」)

 あぁ、そうですか……。私は逆に、どうしたら短く書けるか教えてほしいぐらいなもんで(笑)。13枚でまとめるというのは至難の業なんです。私だったら、ひとつの描写だけで13枚ぐらい書いてしまうこともありますから。要はですね、何というか……、身体感覚や、行動、動作、台詞、そういったものを足していくだけで、長さはけっこう増えると思うんですよ。佐藤さんは、文学賞に応募したことなどはおありでないですか?

(佐藤氏「ないんですけど、これから挑戦してみようかと思います」)

 そうですか。でしたら、地元の山形新聞で「山新文学賞」という、20枚厳守のコンクールを、月例でやっています。これはいい登竜門になりますから、こちらへ挑戦してみてはいかがでしょうか。20枚を目処にして、どういう入り方で始めて、どう着地するかというのを書く訓練をしてみることを、おすすめします。あと、毎日3枚ずつ書く練習をしてみるのもいいです。そうすると、そのうち20枚では足りなくなって、50枚、100枚、200枚、300枚、500枚、と書く筋肉がついてきますから。毎日書くのがいいと思います。
 あ、もうひとつ思いつきました。佐藤さん、嫌いな人はいますか? 大っ嫌いな人。その人のことを書けば、50枚ぐらいにはすぐなりますよ(笑)。初めはその人の悪口でいいんですけど、その人の視点に立って書いてみると、100枚ぐらいはいけるかもしれません。

◆海乃かめ太さん『葛羅の森』20枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8180118
心やさしいクラスメートの少女が
突然、消えてしまった。
日頃から、大人達が「近づくな」という
葛羅の森で何が起こったのか?
失踪した理由はなんだったのか、
そして、
いなくなってしまった少女の行方を
少年はつきとめられるのか

・紺野真美子氏の講評
 まずは印刷体裁についてお聞きしたいんですが、これは横書きだったものを縦書きに直したんでしょうか? 改行の仕方が不自然になっていますが。

(吉村氏「これは、当初は普通に改行して書かれたんですが、事務局に送信したときに、ソフトのフォーマットが合わなかったようで、不自然な改行が入ってしまったそうです」)

 そうだったんですね。
 もうひとつお聞きします。海乃さんは中学1年生だとのことですが、お好きな作家はいますか?

(海乃氏「西尾維新さんと、香月日輪さんと、あと、はやみねかおるさんという人が好きです。あと、このごろは『文豪ストレイドッグス』という漫画に、文豪さんがたくさん出てくるので、文豪さんにも興味を持ち始めました」)

 わかりました。面白そうだと思った本は、じゃんじゃん読んでください。
 この作品はですね、中学1年生が書いたと思って読むと、すごくお上手なんですけど、ばーっと読んだときに、頭の中のイメージが書いてある感じで、掴みどころがないんです。「みーちゃん」にしても「僕」にしても、登場人物の顔が見えてこない。誰かひとりでも顔が見えるといいんだけど、みんながみんな、葛羅の森みたいにぼんやりしてる。空想で書いたとしても、手触りというか、つめ痕のような実感がどこかにあると小説の世界が立ち上がってくるんじゃないかと思います。
 書き手には、年齢に応じた経験があって、それがいろんな形で文章に出てきますから、海乃さんのこれからの経験を力に変えていってほしいです。
 書き続けてくださいね。

・紺野信吾氏の講評
 もし、いま私が中学生だったら、どういうふうなことを書くだろうなと考えると、やっぱり自分がどきどきしたことを書くと思います。何かどきどきするような経験をしたときの五感ですね。どんな匂いがして、どんな音が聞こえて、どんな感触があったか。そういうものを、文章に残せればいいなと思います。そのときにしか感じられないことって、あるんですよ。海乃さんが中学生の、いましか感じられないことって、大人になってからいくら振り返っても、リアルじゃない。
経験というのは感覚のかたまりですから、何を書いたらいけない、考えたらいけないということはありません。感じたことをそのまま言葉する、ぐらいのことをやってもぜんぜん大丈夫です。それを大人がどう言おうと、それはどうでもいい。大人が褒めても、貶しても、海乃さんの糧にはならないでしょう。それより、自分の感覚でチャレンジして、ぶつかって、そういうのが糧になる。自分の感覚だけを信じて、アンテナを張り巡らせて、なにかにぶつかって、それで砕けても前に進む、みたいな感じで、経験を自分のものにしていってくれたらなあと思います。もし自分が中学一年生で、隣の席にこんな小説を書いている人がいたら、すごいなあと驚いたでしょう。
こういう感想をいくら言っても、いまの海乃さんには毒にしかならないかもしれませんが、とにかくがんばって書いてください。

・吉村氏の講評
 これはね、すごくよかったですね。私は、印刷したテキストにあちこちペンで書き込みしているんですが「Good!」「磨けば光る素材」というふうに書いています。それに、講座が始まる前にお聞きしたんですが、これを海乃さんは半日で書いたそうですよ、みなさん! 私はすごくびっくりしました。
 おそらく海乃さんは、ストーリーを進めることに興味があるタイプの書き手なのかな、と思いました。作家には2種類あって、描写に重きを置くタイプと、ストーリー展開に重きを置くタイプです。海乃さんはストーリー重視のほうかな、ということがわかりました。その分、描写が少ないことがちょっと気になります。はしばしに、猫の毛の匂いとか、ミサンガの寄り集まった細かい編み方だとか、そういうものを1行入れるだけで、小説として厚みが出てくるんですよ。だから、描写をもう少し増やすことを心がけるといいと思います。
 あと、いろいろ言うとね、削る箇所を増やしていったほうがいい。初心者にありがちなことですが、多くの言葉を連ねて、熟語とか難しい言葉とか、言い回しを書けば小説らしくなると思ってしまうんです。それは、実は逆で、そういう言葉を排除することで、小説としての純度が高まるんですよ。たとえば、私だったら冒頭の一文「ある日、消えていった友達の友達との約束」というのは削ります。で、「僕が通う小学校の近くには葛羅の森と呼ばれている大きな広い森がある」と続きますが「大きな」と「広い」は重複しています。ここは「森がある」だけでいいでしょう。次の文ももったいなくてね、「大人は危険だからと言って、僕らを近づかせたくないようだったけれど、小学生の僕らはこの森が大好きで毎日のように遊びに行っていた」。これはね、伝えるべき情報にデコレーションがかかりすぎていて、味がわからなくなっている。私が書くんだったら「危険だから近づくな、と大人は言うが、僕らは毎日のように遊びに行っていた」で、意味が通じるんですよ。要は、小説のプロポーションというのがあるんです。1回書いたものは声に出して音読してみて、ひっかかるところを削っていくと、より自分に合った形というのが出てくるんですよ。
 それからね、同じ言葉をたくさん出しちゃうと、これもフレームがぼやけちゃう。たとえば「あれ、みーちゃん。まだ来ていないの?」という台詞に続いて「同じクラスの女子が不思議そうに言った。みーちゃんは、僕の家の近くに住んでいる初恋の子で、背が小さくて、いつも静かに笑っている優しい女の子だ」と書いていますが、「女子」「初恋の子」「女の子」と、「子」が3つも連続で来てしまう。これは飽きちゃうんですよ。化学調味料をぶち込まれたみたいな感じでね。このように、同じ言葉があったら削ぐ練習を、したほうがいいと思います。
 あとそれからね、全般的に「ぱたぱた」「ずかずか」「くるくる」など、オノマトペが多いんですよ。漫画だったら効果的なんですけど、小説ではあまり多いと、ちょっと鼻白んでしまうんです。これは、本当に効果的なところにひとつ、バシっと決めるようにしてください。
 あとはね、主人公は小学生なのに、それにしては言葉遣いが大人びているように感じます。「あいにく、知らない人には名前を言わないようにという教育を受けていますので」という台詞がありますが、小学生がこんな言い方をするのかな、と感じますね。よっぽどのお坊ちゃんか、政治家の息子とかならともかく、山形県の普通の小学生はこんな言い方しないでしょう(笑)。それから、6ページ目に出てくる大きなキンセンカの花ですね。「ありえないような大きさ」とは書いてありますが、どれぐらい大きいのかわからない。たとえば人の顔ぐらいとか、傘ぐらいとか、1行でいいから書いてあるとイメージがわきやすい。それから大きな猫が出てきますが、これは尻尾が2つあるというから猫又ですね。その、猫の妖怪とみーちゃんとの交流が、とてもいいです。具体的には書かれていなくても、雰囲気がよく伝わってきて、ジーンとしましたね。でも、そこから続くみーちゃんの台詞「いいえ、人はね。世界はね・・・そんなもろくないの。だって、その証拠に人が毎日たくさんしているのに知らんぷりして回っているのよ」というのがね、これも小学生の言葉には見えないですね。
 でもね、全体に読後感がすごくいいし、純真な創作です。それにストーリーの作り方は、これは天性のものと言っていいでしょう。伏線の張り方ね。猫、森の中の人、ミサンガ。これは教えてできるものではありません。勉強も大変かと思いますが、ぜひ毎日書いてください。1日3枚ぐらい書いていけば、10年後にはここ(壇上)に座って講師を務めているかもしれませんよ。

◆塩崎憲治さん『標的』50枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8180211
ゲームクリエイターの坂上亮は仕事に行き詰まりを感じている。
そんな時、母校の大学祭で空手演武会を見て感銘を受ける。中でも空中に浮ぶ板を貫手(三本の指)で真っ二つにした妙技に魅せられ、街の空手道場に入門する。
辛い練習を続けているうちに、仕事に良い兆しが現れる。
そして三年が経ち、県大会の会場で、密かに練習してきた貫手による空中試割りに挑戦する。
板は見事に真っ二つになるが、会場は賞賛ではなく悲鳴の渦に巻き込まれる。
亮は、家庭も仕事も捨てようとするまで落ち込むが、辞表を出した社長から意外な言葉が吐き出される。
ゲーム業界の不振から職を失う寸前のところで、社長が謎の言葉を残し、壮絶な最後を遂げる。
亮のチームは、これまでとはまったく違うサバイバルゲームを生み出し、業界に生き残る。

・紺野真美子氏の講評
 書き慣れていらっしゃるな、という印象を受けました。もうひとつ、読んでいて、吉村さんが受講生だったころのテキストを思い出しました。この内容なら吉村さんにお任せしたほうがいいと思うので(笑)、私はこれぐらいにしておきます。

・紺野信吾氏の講評
 では私も控えることにします(笑)。吉村さん、どうぞお願いします。

・吉村氏の講評
 はい(笑)。
 これはね、正直なところ、すごい「もったいねえなあ!」という感じがしますね。アニメ・ゲーム関係は一切いらないと思います。私もゲーム関係のことはよく知らないんですが、作者はゲームのことを何も知らないで、無理して書いてるな、ということだけはよくわかりました(笑)。それがね、作品のエキスを思いっきり薄めちゃってるんですよ。
 塩崎さんの作品はたくさん読みましたが、持ち味は身体描写だと思うんです。身体、汗、血、暴力。そうしたものに尽きるのに、無理矢理背伸びして、現代の世の中だとか、アニメ関係だとか、そういうのに手を出してしまって、台無しにしている。きついことを言うようですけど、10時間かけて出汁をとったラーメンスープに味つけようとした瞬間、鍋が割れてぶちまけちゃったような感じです。または、仏像を彫っていって、最後に鼻を仕上げようとしてぽろっと取れちゃったというか。そんな感じの、「もったいねえなあ!」というのが、正直な感想です。
 前半の、1ページから2ページは、これは丸ごといらないですね。いきなり空手のシーンから始めたほうがいいです。3ページ目の「空手家が観衆に一礼すると、重心を落とし、摺り足で板の前に進み出た」というところから始めたほうが、読者は「何が始まるんだろう」と引き込まれますから。とにかく前半がね、フランス料理のフルコースの前に、ワケのわからない前菜をいっぱい出されて満腹になってしまったような、そんな感じになる人もいると思うんですよ。そうなる前に、塩崎さんお得意の空手の描写で、ビシっと決めると「おっ!」「何だ何だ?」となると思うんです。ここから始めても充分、話はつながっていきますから。
 それから、次はゲームソフトの話になるんですけど、ここがどうもね、いまひとつ空気感が醸されていない。なぜかというと、塩崎さんに、「ゲームが好きで、それを伝えたい」という気持ちがまったくないかな、というのがわかるからなんですよ(笑)。だから、空手でずっと書いたほうがいい。空気感、躍動感を、空手に凝縮させたほうがいいと思います。
 全体的なまとめ方としては、ゲーム会社の話にはしないで、以前に書いていらしたような、鉄工所勤務の男が空手に出会って、貫手での板割りを達成するまでを書いたほうがいいです。試行錯誤して、師匠にヒントをもらったりして、いろんな修業をしていく。よく漫画であるでしょう、中華鍋で焼いた砂に、貫手を高速で差していくようなやつ。そういうのは現実にはないかもしれないけど、それをやることによって、技術的にも精神的にも成長していくのが、読者に伝わるようなことを書いてほしいです。シンプルな物語にしたほうが、塩崎さんの持ち味がもっと膨らむと思いますよ。
 もしかすると、現代の空手ものより、時代ものの、剣豪小説にしても、塩崎さんの持ち味がより活きるかもしれません。塩崎さんは実際に空手の経験があって、殴られる怖さとか、殴ったときの骨の感触とか、生身で知っておられるわけですから、それを、武器を持った人に置き換えて、宮本武蔵のような人を描かれてもいいと思いますよ。実在する人は難しい、という場合は架空の剣豪でもいいです。そういうものが、私は読みたいですね。
 あとね、後半はダメですね。社長がやけに長い台詞を言いますが、人間が実際に、こんな芝居がかった、長い台詞を言うことはないでしょう(笑)。普通の日常会話でこれはあり得ない。それから、ツッコミどころですが、暴力団の男が、腕ほどもあるナイフをいきなり出すじゃないですか。これはたぶん青竜刀か何かだと思うんですが、そんな大きいものをどこに隠し持っていたんですか(笑)。背中に隠していた、というのは無理がありますから、たとえばテニスラケットのケースに隠し持っていたとか、そういう細かいところを書かないと。社長が最後の言葉を残して逝った、というのも唐突だし、奥さんが出てきて「実は癌でした」というのも急すぎます。
 この小説は、空手の話に特化して書いたほうが、絶対にいいと思います。

◆岸春霞さん『山桜の匂う頃』50枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8180159
藤子はヨガ仲間の稲村タキ子が、激やせしたことに不審に思った。ヨガの帰り、タキ子から末期の膵臓癌であることを告げられる。誘われるままタキ子の家に行くと、目を覆うばかりの乱雑さに驚く。
翌年の春、タキ子が病院から退院していると知らせを受け、藤子はタキ子の家に行くと、自分が死んだら葬儀を出してほしいと頼まれる。また、妹と骨肉の争いを聞かされる。
翌日、病院に行ったまま夕方になっても帰宅しないタキ子を心配して病院に行ってみると、緊急入院していた。危篤を知って妹がやって来たが、ついに和解のないままタキ子は黄泉へと旅立つ。

・紺野真美子氏の講評
 読んでいて、徐々に引き込まれる作品でした。藤子さんと妹さんの関係をもうちょっと知りたかったんですが、ごく簡単な説明で書かれていて。妹さんからは「ひどい姉さんだった」と一言あるだけなので、妹さんのことをもう少しくわしく書くと、小説がもっと立体的になると思います。

・紺野信吾氏の講評
 この小説が、実際にあったことをもとにしているなら別ですが、まったくの創作とのことなので、もっと最後にどんでん返しがあってもいいのではないかと思いました。たとえば、浮気していたのは実は自分のほうで、妹が被害者だった、とか。「おや?」と思わせるような、そういうひねりがあってもいい。あまりにも、順路どおりに話が流れていくので、どこかにカツンとくさびを打つような仕掛けがひとつあると、より面白くなったと思います。

・吉村氏の講評
 私は逆に、どんでん返しはいらない。くさびもいらない。そう思ったんですよ。なぜかというと、岸さんの文章はストーリーテリングで読ませるんじゃなくて、ユーモアとか、そこはかとない悲しさとか、感情の揺れを描写するのがすごくうまいんですよ。たとえば「藤子はできたての惣菜を持ってタキ子の家に向かった。タキ子の家の障子が、夕暮の中で山吹色に映えていた。その灯りを見ると表現しがたい懐かしさで、藤子は無性に泣きたくなった」とか、この2行ぐらいの文章で情景がちゃんと浮かんでくるんですよね。
 それから、夫のセーターを犬小屋の敷物にしている場面がありますね。これも、この作者にしか書けないところだと思います。ただ犬小屋の描写をしているだけなのに、ここで、死んだ夫への冷めた感情がよく表れている。ここはすごくいいんですが、ちょっと削いだほうがいい。「犬が寝転んだと思われるところだけが窪み、そこにカリカリと丸まった枯葉が、風が吹く度に音を立てていた」、これは、枯葉うんぬんはいらないんですよ。犬が寝転んだと思われるところが窪んでいた、というだけでいい。
 描写というのは、抑え目にして読者に想像させるほうが、効果があるようなんですね。あまり説明してしまうと、読者のよろこびを奪ってしまう。なので、もう少し書きたいな、というところで止めておいたほうが、読者をより引きつけることができるんです。
 この小説は、題材が現代とすごくマッチしているのもいいです。選び方がすごくいい。お墓の継承とか、病気と死とか、老後とか。これだけ核家族化の進んだ時代で、自分が死んだらどうなるんだろう、というテーマは、ここにいるみなさんも考えているでしょう。そういう大切なことを選んだ目はたしかです。でもそれと同時に、文体については、詰め込み過ぎの感があります。出だしから4行の間を、ちょっと音読してみます。
「十一月の半ばだというのに、ヨガ教室は広いジムの中でもここだけは熱気で汗ばんでいた。六十畳もあろうかと思われる部屋には、カラフルなTシャツを着こんだ中高年のおばちゃんたち二十人ほどが、講師の指導の下で犬のポーズや猫のポーズに取り組んでいた」
 これだけで、「もったいない!」と思います。唐揚げ定食を3倍メガ盛りで出されたような、「そんなにお腹減ってないのに」という感じになっちゃうんですよ。これをどう削ぐか。私だったらこう書きます。
「十一月の半ばだというのに、ヨガ教室は熱気で汗ばんでいた。六十畳ほどの部屋には、中高年のおばちゃんたちが二十人ほど、ポーズに取り組んでいた」
 これでいいと思うんですよ。ここはそんなに説明する必要ありません。状況さえわかればいい。そういうところは薄く削いでおいて、重要なところではさっきの、犬小屋のセーターみたいにガツンと決めておく。そうすると、文章にメリハリがつくんですよ。最初からてんこ盛りにしちゃうと、読者は飽きますから。
 あとですね、ちょっと残念だったのはタイトルですね。『山桜の匂う頃』と題していて、たしかに最後は出てくるんですが、前半ではまったく言及されないので、伏線とかモチーフとしての山桜が活かされていないんです。せっかくだから、作品に出てくる着物を、タイトルに結び付けてはどうでしょうか。岸さんは着物にお詳しいので、そこを活かすといいです。着物の柄だとか、生地の手触りだとか、その辺を前段で置いておくと、遺品としてもらった着物を着こんだときに、よくマッチングすると思うんですよ。着物の着こなしとか、その辺の描写がないので、そこをよく書きこんでおくと、ひとつの着物を形見として託し託された、ふたりの女性の心理が如実に出てくると思います。残念ながら、着物については樟脳の匂いの描写ぐらいしかないし、そこがまた仰々しい(笑)。これは、無意識に格好つけた文章になっていますが、ラストへ向けた伏線にもなるんですよ。ここは簡略化して、さりげない文章にしたほうが、流れがスムーズになります。
 最後のくだりも、これはないほうがいいんですよ。お墓参りをしたときに、形見の着物を着ているじゃないですか。そこで手を合わせたときに、電気も消えて傷んでいたタキ子さんの家のことを思い出して、あと何年ももたないだろう、と頭の中で回想する。そして目を開けたとき、山桜が見えて匂ってきて、樟脳の匂いはかき消されていた、という終わりにすると、しっとりしたいい話になると思います。

※以上の講評に続き、後半では、吉村氏が講座受講生からいかにして新人賞を受賞してデビューし、作家となってからは何を心がけているか、などについて、真摯に語っていただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてごらんくださいませ。

【講師プロフィール】
◆吉村龍一(よしむら・りゅういち)氏
1967年、山形県南陽市生まれ。2011年『焔火(ほむらび)』(第6回小説現代長編新人賞受賞)でデビュー。第2作『光る牙』は“生きとし生けるものすべてへの畏敬の念が静かに満ちている”(角田光代)と称賛されて大藪春彦賞にノミネート。著作はほかに『旅のおわりは』『オロマップ 森林保護官樋口孝也』『真夏のバディ』『息ができない』など。16年刊行の『海を撃つ』(ポプラ社)は“この作家の描写の力は尋常でないと脱帽した、まさに真の才能だ”と花村萬月氏に共同通信の書評で絶賛されている。

●『焔火』(第6回小説現代長編新人賞受賞)(講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/B009LFASPM/
●『光る牙』(講談社文庫)(大藪春彦賞にノミネート)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062930625
●『オロマップ 森林保護官 樋口孝也』(講談社) 
https://www.amazon.co.jp//dp/406218964X/
●『清十郎の目』(中央公論社)
https://www.amazon.co.jp//dp/412004842X/
●『隠された牙 森林保護官 樋口孝也の事件簿』(講談社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4062936518/
●『旅の終わりは』(集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087450740/
●『真夏のバディ』(集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4087453227/
●『海を撃つ』(ポプラ社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4591148025/
●『息ができない』
https://www.amazon.co.jp//dp/419863971X/
●『海馬』吉村昭(著) (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4101117306/
●『女たちの審判』  紺野仲右衛門 (日経小説大賞受賞)
https://www.amazon.co.jp//dp/4532171326/
●『携帯乳児』 紺野仲右衛門
https://www.amazon.co.jp//dp/4532171385/

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