2月21日

 生活を安定させるために、いったん岐阜に帰省。午後9時に自宅到着。数日前から先に帰省していた娘はまだ眠りこけている。一人暮らしの時には規則正しい生活を送っていても、いざ実家に帰った途端ダメ人間に成り果てる。僕にも覚えがあるので、ここは見過ごしてやるのが武士の情け。
 早速書斎に籠もって執筆を再開する。やっぱり捗る。新連載『テロリストの家』、公安の知識はないと書いたが、それでも東西冷戦終結から民族紛争勃発に移行する中、公安部がどう変遷したかくらいは基礎知識としてある。後は想像力の問題であり、ルポを書くのでもない限りストーリー構成上、取材はしなくて済むはずだ。
 12時、三人でとんかつ屋に突入。僕も割に健啖家の方だと自負しているが、それでも20歳そこそこの胃袋に勝てるものではない。この小さな身体のどこにそれだけ入るのか、肉を食べる早さが尋常ではない。
 食事を済ませると、娘だけは慌しく帰り支度。就活まっただ中で明日からはまた忙しくなるからだ。
「帰りたくないよー」と、何度もグズる娘を強制送還、明日からはまた夫婦二人きりの生活となる。
 17時30分、FMふくやまの戸田さんと新刊『翼がなくても』について電話インタビュー。戸田さんとは以前、「福山ばらの街ミステリー」で福山にお邪魔した際、お世話になった間柄。これも島田荘司さんから招待していただいた縁であり、こういうことからも僕が才能よりも人の縁に恵まれている証拠。

2月22日

 一昨日、関東地方では春一番が吹いた。春の訪れということで喜んだ人も多いのだろうけど。
 畜生、やられた。
 花粉症が始まったのだ。もう起きた瞬間から連続して大くしゃみ。余りの勢いで上半身が跳ね起きてしまった(いや、ギャグとかそういうのじゃなくて)。何でも花粉の飛散量は昨年の4.4倍とのこと。何と言うか全く生きた心地がしない。普段でもいい加減怠け癖がついているというのに、この季節の僕は稼働率が通常の四割程度に低下する。まだ月内の締め切りが五本も残っているというのに。
 とは言え泣き言を言うには早過ぎる。くしゃみをしながら執筆を続けていると、そのうち頭が痛くなってきた。それでも何とか『テロリストの家』第一回分を脱稿し、続いて『悪徳の輪舞曲』に着手、こちらは五日間で130枚。
 妻は通販で入手したディスコミュージックのCDをかけまくっている。70年代から80年代にかけてのヒット曲なので僕にもどストライクの収録曲。曲をかけながら妻はこの曲を聴いていた時代、自分がいかに自由がなかったかを力説する。どこでも同様なのだろうけど僕と妻は生まれ育った環境も、両親の教育方針もまるで違っていた。だから未だに妻の子供時分の話が興味深くて聞き飽きるということがない。

2月23日

 花粉症は悪化の一途を辿り『悪徳の輪舞曲』は筆が進まない。頭が朦朧としてただでさえポンコツの脳内ハードディスクが機能不全を起こしているせいだ。法律が許すなら自宅を中心とした半径100キロメートルの森林を焼き払ってやりたい。
 娘が就活のために東京に行くというので、今話題沸騰のアパホテルを紹介してやる。娘は中国語が堪能なので、フロントの前で中国人父娘を演じてトラブってやろう――と提案したら、妻から呆れられた。わはははは。

2月24日

 身体中の水分が鼻水となって排出される。朝からポカリスエットを飲み続けているが体調は思わしくない。そろそろと言うか案の定と言うか、各社から執筆状況の進捗伺いがメール送信されてくる。それだけではない。実業之日本社のKさんからはゲラ修正を含めた諸々の報告、KADOKAWAのFさんからもゲラの再確認。小学館のMさんからは『アイアム ア ヒーロー』文庫化に際してのゲラチェック。更には宝島社のKさんと『どこかでベートーヴェン』文庫の解説をどなたに依頼するかで頭を悩ませる。
『因みに文庫の初版部数は〇万部で検討中ですー』
 数字を聞いて慄く。それでいいのか、宝島社。
『もちろんこの数字は、書き下ろし短編が付録につくのが前提条件ですからねっ』
 ああああ、仕事が、依頼が溜まっていく。
 各社への連絡と報告を終え、執筆を再開するが、頭痛と鼻水と視界朦朧で25枚しか書けず。本当にだらしない。

2月25日

 五十を過ぎると確実に集中力は低下する。しかも花粉症ということで、どれだけ頑張っても一日25枚。自分がほとほと嫌になったので『空の大怪獣 ラドン』を観賞(何だそれは)。れっきとした怪獣映画なのだが、冒頭三十分だけを観るとミステリーかサスペンスにしか思えない。驚いたことに開巻間もなく一人の登場人物の口から「地球温暖化」という言葉が洩れる。これ、実は1956年の映画なのだ。つまり60年以上前から地球温暖化の危機が叫ばれていたことになる。言い換えればこの60年の間、目覚ましい対策が立てられなかったという意味にもなる。深く考え込む。
 20時、KADOKAWAのFさんとゲラ修正に関して電話で打ち合わせ。このままでは『笑えシャイロック』も『ドクター・デスの遺産』書き下ろし部分も三月になることを告げると、『ドクター・デス』を優先にしてくれとの回答。三月には『静おばあちゃんと要介護探偵』100枚も控えており、早くも忙殺されることが予想される。そして第15回の「このミス」授賞式は13日のしかも平日。僕はまだヒマな方だからいいものの、他の兼業作家さんたちは本当に出席できるのだろうか。

2月26日

 睡眠時間を削ってみても1日25枚。ああ、もう僕はダメだ。
 気晴らしに『インデペンデンス・デイ』を観賞(おい)。この映画もずいぶん久しぶりだが、今回の観賞はUHD版なので、画と音がどれだけグレードアップしているのかが主な視聴ポイント。いやあ、凄かった。4K画質は当然としてもDTS―Xの音響効果は一瞬言葉を忘れるほどで、ジェット機やUFO、ミサイルの音がびゅんびゅん飛んでくる。ついでに完全防音のはずなのに妻からクレームも飛んでくる。
 公開当初、「アメリカの右傾化を象徴する」と一部評論家の意見が見受けられたが、今観てみると外部からの脅威に対して呉越同舟、各国が一致団結するという図式はまだ平穏であったことに気づく。何といっても自国第一主義が台頭し始め、呉越同舟すら認めたがらないような現状なのだ。『インデペンデンス・デイ』の頃は、まだしも多国間・他民族間に協調の余地があった訳で、映画を観終った後で静かに絶望する。
 夜半、同級生の死を告げられる。享年五十五歳。肺がんを患いながら人には知られたくなかったとのこと。手向ける言葉がすぐに思いつかない。

 

2月27日

 明日が月末ということもあり、締め切りのある出版社から相次いで進捗確認の電話が入る。その度にコメツキバッタのように頭を下げて猶予をもらう。今頭を下げさせたら僕は日本一だ。
 10時、確定申告を控え、妻とともに税理士事務所を訪れる。早速決算報告書を見せてもらって仰け反る。
 何だ、これは。
 以前勤めていた会社で決算報告の読み方は心得ている。売上高のベスト3はいずれも作品が映像化されて単行本や文庫の売れ行きがよかったものだが、まあそれはいいとして。
 源泉所得税と消費税(原稿は出版社に売るというかたちなので、連載の都度消費税が発生する)、そして所得税の合計が徴収される税額となる。
 何て数字だ。
 ところが経費として控除される金額は昨年度と大した変わりはない。言い換えれば執筆に励めば励むほど、本が売れれば売れるほど国に徴収されることになる。
 税理士さんは気の毒そうにこう言った。
「まあ作家さんはですねえ、取材旅行とか資料代くらいにしか経費使えませんからねえ」
 1時間ほど説明を聞いたが、結局大きな節税効果を期待できるものはないという結論に落ち着く。しかも僕は商人の息子、妻は公務員の娘で倹約意識が人並み以上に強く、散財に罪悪感を抱いているので余計に経費を使い辛い。
 税徴収額にしばらく妻は呆然とし、僕は憤然としていた。同業者の何人かはシンガポールなど税率の低い国に移住しているのだが、確定申告の時期がくる度に追随したい誘惑が襲ってくる。税理士さんは半ばヤケクソ気味にこんなことを言い出した。
「中山さん、今度税務署を叩く小説を書いてやったらどうですか」
 言われなくても書きます。どうせ僕にできる腹いせなんてその程度だ。悪人になってやる。もうね、税務署職員とか署長をバラバラ死体にしたり、硫酸のプールに投げ込んだり。
 16時、双葉社のYさんより新しい仕事のオファーをいただく。
『今度、〈この世界の片隅に〉のファンブックを作るのですが、よろしかったら寄稿されますか?』
 書きます書きます書きます。それはもう、万難を排してでも。

 

2月28日

 妻と話し合った結果、いよいよ事務所を移転せざるを得なくなった。
 現在の事務所を選ぶ時の条件は次の4つだった。
1.各出版社となるべく等距離であること。
2.加えて各出版社から20分以内で移動できること。
3.宅配便業者の営業所が徒歩圏内にあること。
4.共益費込みの家賃が10万円以内であること。
 その条件を全て満たす物件がここだった。僕にしてみればパソコンを置く机と椅子さえあればよかったので(そこで寝ることは全く考えてなかった)、物件探しも比較的容易だったのだ。
 ところが購入した書籍が半端なく溜まり始めた。サイン本以外はなるべく捨てるようにしているのだが、それでも溜まっていく。これにブルーレイのソフトが加わるのだから、いかんともし難い。折角妻が東京に来ても泊めてやることもできない。
 東京事務所としてもっとらしいものにしてくれ、というのが税理士さんの要望だ。拒否する理由は一つもないのだが、いざ移転するとなったら妻が俄然燃え出した。住宅情報のサイトから物件を拾い始め、あれやこれやと寸評を始める。
 個人的には、何にしても図体の大きくなることに恐怖心が付き纏う。派手な出費、メディアへの露出、自己愛の膨脹。僕のような駆け出しが何を錯覚しているのかと、自分で揶揄したくなるのだ。いや、そういうのが似合わないんだったら。実際。
 21時、遅れに遅れていた原稿を脱稿し、次の原稿に着手。この時点でまだ締め切りの到来した仕事が四本残っている。さあ殺せ。

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