2月11日

 建国記念の日は楽しみにしている祝日の一つだ。何故かと言うと、この日は右翼の街宣車が靖国通りを走り回り、大音量で懐メロを流してくれるからだ。実際、こんな時でもないと軍歌など聴く機会がないから貴重なのだ(もっとも最近では谷村新司の『群青』や『宇宙戦艦ヤマト』のテーマやらを流す右翼もいるので油断がならない)。
 右翼で思い出したのだが、少し前右翼関連本を店先に並べたとかでネット界隈からの糾弾を受けた書店さんがあった。狭量なことだと思う。僕自身右翼思想に肩入れするつもりもヘイトに賛同するつもりもないが、だからといって書店に特定の本を置くな、というのは一種の言論弾圧なのではないか。神田神保町を巡ってみたら分かるが、ミステリー専門店や音楽雑誌専門店などジャンルに特化した古書店が林立している。猟奇的な本をずらりと揃えている古書店もある。いち書店が購買層を考えて特定の本を並べるなんて日常茶飯事だ。中には中国書籍専門店さえあり、もし中国との仲が険悪になったら、この店を閉めろとでも言い出すつもりか。ヒトラーの『我が闘争』だって普通に置いてあるぞ。気に食わなければ無視をすればいいだけの話であり、何も正義の味方面して排斥運動をするようなものでもないと思うのだがどうか。
 そんなことはない、書籍の頒布や読書によって洗脳されたらどうするという意見が出そうだが、それこそお笑い草であり、たかが右翼本一冊読んで洗脳される程度の浅薄な読者なら、何を読んでも影響されるに決まっている。言っちゃあ何だが、最も多感な時期に捏造写真満載の『中国の旅』を読み耽った僕でさえが、思想的にはほぼノンポリのままなのだぞ。

2月12日

 先日、某編集者さんと話していて印象的なことを聞いた。若い作家さんほど保守的だというのだ。
「とにかく書評で取り上げられたい。文学賞が欲しい、と仰るんですよね」
 逆に僕のように遅めにデビューした者は概してその意識が希薄とのこと。
「一応、文庫でヒット作を出しているのに単行本とかハードカバーに拘って、およそ売れない方向にいきたがる。まあ、気持ちも分からなくはないんですが」
 つまり単行本でなければ書評ももらいにくいし、文学賞の候補にも挙がらないからなのだが、気持ちが分かるだけさすがだと思う。僕などはそういう作家さんの気持ちが全く理解できない。何度も書いているが、これも承認欲求の一種なのだろうけどまるで訳が分からない。
 そんなに他人に認められたいのだろうか。
 そんなに褒められるのが嬉しいのだろうか。
 物書きなら、そんなことよりも優先させるべきことが他にあるんじゃなかろうか。
 多分、何を言っても僕の声なんか届かないんだろうなあ。
 14時、光文社Mさんの依頼で、『秋山善吉工務店』刊行記念のエッセイを執筆。原稿用紙2枚程度なのだが大いに悩む。相当前に連載を終えているので、自分で書いたという実感がない。プロットを立てた時の状況を必死に思い出してやっと書き上げる。
 執筆の合間に同業者のツイッターを覗いていたら七尾さんが鍵つきになっていた。いったい何があった、七尾さん。

2月13日

 本日より「野性時代」連載用原稿に着手。今回はスケジュールの都合で一日しか執筆時間が取れない。まるで地獄のような様相を呈しているが、元より地獄でも楽しむのが身上なので文句は言わない。しかも、こういう無理とか無茶をしているうちに筋肉はついていく。どうせ棺桶に入ってしまえばずっと休めるのだ。生まれついての一人ブラック企業。
 ブラック企業で思い出したのだが、某タレントさんが新興宗教に出家するとかでいきなりの引退発表。何と言うか突っ込みどころが多過ぎてどうしていいか分からないのだけれど、件の芸能プロが睡眠時間3時間で働かせて月給5万円というのは本当らしい。他のタレントさんも金額については「俺もそれくらい」と同意しているようだ。
 これを「どんな商売だって、駆け出しの時ァ皆んなそんなもんだ」と捉えるのか、「言語道断、何たるブラック企業だ」と義憤に駆られるかは人それぞれ。ただ付け加えるなら、一般に憧れ産業というのは概して収入がピラミッド型を形成しており、「嫌なら辞めちまえ」というのが結構正論であったりする。厳しい労働環境も低賃金も、夢を叶える代償という理屈である。そしてご承知の通り、特殊な業界だから一般常識はあまり通用しない。
 23時30分、KADOKAWAのFさんから案の定、電話が掛かってくる。
『「野性時代」の締め切りが15日なので……』
 はいっ、分かりました。今やってますっ。

2月14日

 各担当編集さん(♀)より続々とチョコレートが届く。やれ嬉しや。おおお、チョコ本体のほかにも、ちゃんとメッセージが添えられているぞ。
『執筆の合間にお召し上がりください』
『召し上がって、原稿早く上げてください』
『甘いものを摂ると、発想力が増すようですよ』
『執筆、頑張ってください』
 何というか、疲れたダンナを休ませようとせず、栄養ドリンクを飲ませて会社に送り出す主婦を彷彿とさせる。
 執筆を続けていると、深夜になって宝島社のKさんから電話が入る。いったい、この人は自宅に帰っているのだろうか。
『今回の「このミス」大賞の授賞式ですが、3月の半ばになりましたー』
 例年は1月開催予定のものが3月にまでずれ込んだのは、主にテレビ局やスペシャルゲスト招待の都合らしい。確認すれば確かに豪華なゲストだった。
 15周年ということで授賞式を盛り上げていきたいという気持ちは手に取るように分かる。デビュー版元で苦楽を身近で聞いているから尚更だ。ただ反面、こういう華やかな式典であればあるほどこじんまりとしてもいいんじゃないのかという思いも捨て切れない。
 一般的に、式典を派手にしたがるのは脛に傷を持つような団体に多いからだ。僕が前に勤めていた会社もそうだった。一部上場で名前も知られていたけれど、創立記念の式典は、それはそれはひどいものだった。役員を崇め奉り、社員全員が男芸者と化していた。あれだけは思い出しただけで赤面する。肌に合う会社だったから余計にそうだった。
 現在、物書きなどという浮草商売に身をやつしているが、少なくともあんな太鼓持ちみたいな真似はしなくて済むようにはなった。代わりに安定を手放したことになるが後悔はしていない(今のところだけど)。

2月15日

 何とか『蕁草のなる家』連載分を脱稿、休む間もなく「Jノベル」連載用の『ふたたび嗤う淑女』に着手。うわあああ、こっちも締め切りが締め切りが。
 執筆していると妻から電話が入る。
『ビデオレコーダーがね、何をどうしても動かなくなっちゃったの。カーソルも移動できない』
 思いつくままに原因を探っていると、妻はこんなことを言い出した。
『あんまり寒いからフリーズしちゃったのかな』
 違うと思う。
 ニュースを見ていると東芝の凋落が止まらない。来期は東証二部に格下げされる見通しのこと。やはり福島原発事故の痛手と、長年の隠蔽体質がここにきて一気に噴き出した感がある。
 とは言え、母さん、東芝は好きな会社でしたよ(ここ、西條八十風)。生まれ育ったのが田舎ということもあり、町には〈ナショナルのお店〉と〈東芝のお店〉があり、町民の家電製品のほとんどはその二店で調達されていた。僕も同様で、最初に買ったラジカセは東芝製だった。
 ところが東芝というのは複合企業体であり、オーディオ製品も作れば原発も造る。原発批判の曲を作った忌野清志郎さんのアルバム発売を寸前で止めたのも東芝の関連企業だった(余談だが東芝の関連企業というのは本当に多くて、中には〈西芝電機〉なんて冗談みたいな名前の子会社も抱えている)。それを思うと東芝の凋落というのは、なかなかに感慨深いものがあるなあ。

2月16日

 14時、TOHOシネマズ日劇にて『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を観賞(締め切りはどうした?)。またもやってくれたぞティム・バートン。これだから彼のファンはやめられない。どこを切ってもバートン印。おまけに主演(?)のエヴァ・グリーンが本当にいい。この人は何と言うか自分の魅力を知っていて、それを最大限生かせる映画を選んでいるような気さえする。これも重要な才能の一つだ。
 18時、折あって公募雑誌なるものを読んでいたのだが、ある連載に目が留まってしばし考え込んだ。某(元?)職業作家さんが新人賞獲得の極意を伝授するという体裁なのだが、まあこれがひどいの何の。
 何がひどいといって、ミステリー系新人賞の傾向と対策を解説する際、受賞作のネタバレ・トリック解説を平気でやっているのだ。断っておくが会員限定の有料講座とかではなく、不特定多数の読者が目にする定期出版物でだ(ご丁寧にも僕のデビュー作も俎上に乗せられていた)。
 ミステリーのネタバレはいついかなる場合でも厳禁である。出版物でもネットでの発信も同様だ。以前僕は『作家刑事毒島』という作品で、出版社の編集者に「買ってもいない本なのに書評サイトで批評やネタバレをするヤツは図書館ヤクザ」と言わせたことがある。図書館ヤクザというのは僕の造語だけれど、買いもしない本で批評するヤツとミステリーのネタバレをするヤツはただの営業妨害、というのは各編集者のリアルなボヤキである。
 実際、どんな稚拙な小説であっても、ミステリーと銘打っている以上は謎の解明という一点で読者を最後まで引っ張る仕様になっている。従ってそのネタを未読の読者に晒すのは完全なマナー違反だ。僕などは脱税よりも重い罪だと思っている。実際これを犯した馬鹿は書店と図書館から出禁にしてもいいくらいだ。何しろ全読者、全ミステリーファンの敵なのだから。
 最低限のマナーであるから、これを破る書評や解説なんて碌なものじゃない。「ここから先はネタバレ注意」などと謳っているものもあるが、ネタバレさせなければ書評一本、感想文一つ書けないなんて小学生以下ではないか。
 だから僕は、この禁忌を破るような書評家は一切信用しないようにしている。件のコラムを連載している人も同様だ。こんな内容で原稿料を取っている段階でヤクザである。

2月17日

 あああっ何ということだ。『ふたたび嗤う淑女』で不動産関連の法律を扱っているのだが、ふと調べたら設定に関わる法律は10年前に改正されているではないか。これでは話が成立しない。
僕の法律やら医療やらの知識は20年前、30年前に仕入れたものが基礎になっている。記憶力はいい方なのだが、頭のハードディスクがポンコツなので上書きができない。かくて古い知識は更新されないまま今に至るという体たらく。とにかくこのままではどうしようもないので、新しい法律を基準にして再度話を練り直さなければならない。
 13時、KADOKAWAのKさんより電話。
『すみません。ドクター・デスの残り80枚はいつになるんでしょうか』
 スケジュール表はもう真っ赤だ。もうどうしようもないので3月5日までにと伝えておく。
 14時、KADOKAWAの今度はFさんからメールが到着。先に提出した原稿について「もっと普通にしてほしい」との内容。三カ所程度の修正で済むので大した苦労はないのだが、これほど普通を望まれるのは初めてだ。と言うより、いかに今まで普通ではない小説を書いてきたかという証拠。
 14時3分、講談社のKさんより『悪徳の輪舞曲』の締め切りについて確認のメールが届く。その他四社からも同様のメールが届く。やはり信用されていないのだ。しくしく。

2月18日

 日本推理作家協会より任期満了に伴う理事改選とのことで投票用紙が送られてくる。名簿にある会員の中から15名を選出せよとのこと。
 さあ困った。
 この世界に入ってから何人もの尊敬する先輩、敬愛する先輩とお会いすることができた。言い換えればこうした歴史ある組織の理事に推薦するとなると、どうしても一度は顔を合わせ、その人柄に触れた方が思い浮かんでしまう。そこで無記名投票をいいことに(理事なんてなりたがる人は少ないだろうけど)、実際に言葉を交わした方々の中から15名を選ばせてもらうことにした。もしも当選したら粉骨砕身してください。
 夜半になってやっと『ふたたび嗤う淑女』を脱稿。引き続き「小説推理」新連載用の『テロリストの家』に着手。今回は公安警察とその家族がテーマ。
 さあ困った。
 毎度毎度のことながら公安に関する知識はゼロに等しい。公安を扱った本を読んだことはあるが、確か10年も前の話だ。こんなことでやっていけるのかどうか、一瞬不安が頭を過るがどうせ逃げ場所がないので書き始めるしかない。何て因果な商売なんだろ。

 

2月20日

 という訳で、目が覚めた時には日付が変わっていた。三日徹夜して、意識が薄れたと思ったら、パソコンの前で丸一日眠りこけていたというお笑いの一席。これでは徹夜した意味がない。
 丸一日何も食っていないので冷蔵庫にあったチョコレートを貪り食い、トマトジュース3缶を飲み干す。ようやく意識がはっきりしてきたので再度執筆にかかる。
 11時、妻からの求めにより表参道の紀伊國屋にてブレッドを山ほど購入。いったいこれだけの量、いつ食べるんだろ。
 14時、かかりつけの歯医者へ向かう。女医さんはあと5回ほどで昔に入れた銀歯を全て撤去したいと言う。
「古い詰め物の銀ですから、何かの具合に外れて呑み込むとちょっとシャレじゃ済まなくなるんですよ。銀って毒だから」
 ああ、それなら大丈夫ですよ。僕の体内、元々毒でいっぱいだから。
 17時、朝日新聞出版のSさんとゲラ修正。100枚ながらほとんどがルビ確認であったため5分で終了。
「やっぱりミステリー系の作家さんはプロットが先にあるせいか、連載していても破綻が少ないですよね」
 僕も同意する。ミステリーは伏線を回収するジャンルなので、プロット通りに書かないと後半に進むに従ってどうしようもならなくなる。この世界で、プロットなしで書き始めるという先輩を5人ほど知っているが、やっぱり5人ともバケモノだった。
 17時30分、幻冬舎Tさんより先日の七尾さんとの対談原稿が送られてくる。現場ではもっときわどいことを話していたはずなのだが、編集の賜物なのかずいぶん上品になっている。まあ、あのままの内容じゃあ絶対載せられないよなあ。

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