『死神の精度』だと、〈死神という存在〉と〈CDショップの試聴機の前でヘッドフォンをしている姿〉の組み合わせがそうなんです。これを方法論といえるかどうかはわかりませんが、フィクションとしての好みなんですよね。
天使は図書館に集まるというのは有名な映画の設定ですが、死神にはCDショップの試聴コーナーに集まるという設定を作り、奇妙な現実感を生む効果をねらいました。「死神=空を飛ぶのが好き」ではプラスとプラスになってしまうというか、〝近い〟気がするんですよ。「死神=CDショップにずっといる邪魔な客」という組み合わせは、〝遠くて〟楽しいかな、と思いました。

 

 彼女をタクシーに乗せた後で、私は深夜のアーケード街を歩いた。
(中略)
 CDショップに入る。深夜営業をしているCDショップは貴重なので、発見できるといつもほっとする。
 夜の十一時を過ぎている店内には、まばらではあっても、客がいた。するりするりと棚を通り過ぎて、試聴用の機械がならんでいる場所まで移動した。
 この仕事をやる上で、何が楽しみかと言えば、ミュージックを聴くことをおいて他にない。
(中略)
 私たちの仲間は、仕事の合間に時間ができると、CDショップの試聴をしていることが多い。一心不乱にヘッドフォンを耳に当て、ちっとも立ち去ろうとしない客がいたら、おそらく私か、私の同僚だろう。
《『死神の精度』/文春文庫p.24~26》

 

『死神の精度』の肝腎の書き出しは、床屋でのちょっとした小話から始めることにしました。

 

 ずいぶん前に床屋の主人が、髪の毛に興味なんてないよ、と私に言ったことがある。「鋏で客の髪を切るだろ。朝、店を開けてから、夜に閉めるまで休みなく、ちょきちょきやってるわけだ。そりゃ、お客さんの頭がさっぱりしていくのは気持ちがいいけどよ、でも、別に髪の毛が好きなわけじゃないって」
 彼は、その五日後には通り魔に腹を刺されて死んでしまったのだが、もちろんその時に死を予期していたはずもなく、声は快活で生き生きとしていた。
「それならどうして散髪屋をやってるんだ?」訊き返すと彼は、苦笑まじりにこう答えた。
「仕事だからだ」
 まさにそれは私の思いと、大袈裟に言えば私の哲学と、一致する。
(中略)
 人の死には意味がなくて、価値もない。つまり逆に考えれば、誰の死も等価値だということになる。だから私は、どの人間がいつ死のうが、興味がないのだ。けれど、それにもかかわらず私は今日も、人の死を見定めるためにわざわざ出向いてくる。
 なぜか? 仕事だからだ。床屋の主人の言う通り。
《『死神の精度』/文春文庫p.9~10》

 

印象的な冒頭、といっても大きく分けると二種類あるように思うんですよね。書き出しに印象的な〈場面〉を持ってくるパターンと、書き出しの文章そのものに凝る方法と。僕の場合、前者の代表例が『アヒルと鴨のコインロッカー』『死神の精度』で、後者は『重力ピエロ』の「春が二階から落ちてきた」になるのかもしれません。
『重力ピエロ』の書き出しは、自分では自覚的に「絶対これでやっつけてやる!」って思っていました。誰をやっつけるのかわかりませんが(笑)。当時から、やっぱり小説でしかできないことをやろう、小説でしかできないことをやるんだと思っていて、その思いを書き出しから読者に「ぶつけたい」っていう気持ちが強かったんですよね。

 春が二階から落ちてきた。
 私がそう言うと、聞いた相手は大抵、嫌な顔をする。気取った言い回しだと非難し、奇をてらった比喩だと勘違いをする。そうでなければ「四季は突然空から降ってくるものなんかじゃないよ」と哀れみの目で、教えてくれる。
 春は、弟の名前だ。頭上から落ちてきたのは私の弟のことで、川面に桜の花弁が浮かぶあの季節のことではない。
《『重力ピエロ』/新潮文庫9》

 

読みたいと思う本は大量にあって、しかも読む時間は限られているとき、〝この一冊〟を選ぶにあたり、僕は最初の二、三行とか冒頭の場面を読んで決めることが、多いんですよ。タイトルはもちろん、最初の文章とかで、その人の言葉の選び方の感覚がわかりますし。だから、今改めて読んでみると、『アヒルと鴨のコインロッカー』をはじめ初期の作品は、その点で、良くも悪くも(笑)、気張っているなあ、と思います。だんだんとそれが嫌になって「自然に始めよう」と考えるようになってはいるんですが、やっぱり本心では「力を入れなきゃ」とは思うんですよね。ただ、書いた本人はすごく気がきいていると思う表現でも、意外に陳腐だったりする場合があります。「春が二階から落ちてきた」という冒頭を読んだ時点で、引いちゃった人もいるはずなんですよ(笑)。だからそのすぐあとにバランスをとろうと思い「いやいやそれはね」みたいな言いわけをつづけているんですけど(笑)。

 

(聞き手/構成・佳多山大地)

※この連載は、『ミステリーの書き方』(幻冬舎文庫)に収録されたものです。

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