4月11日

 10時、NHK出版のSさんと『護れなかった者たちへ』書籍化について打ち合わせ。刊行はずいぶん先になってしまうが、その分仕掛けに時間的余裕があるので活用したいとのこと。当方、プルーフについてあれこれと提案。まともな作家なら思いつかないことなので、実行できれば結構皆さんも面白がってくれるのではないか。因みに編集部では誰も犯人を当てられなかったとのことでひと安心。ただし枚数が結構あるので、本の単価を下げるため、Sさんと相談する。二段組みにするか、それともいっそ何枚か削ってしまうか。僕は自分の文章を削ることに一切の執着がないので、多分後者になる予感。
 11時、やはり今のままで新連載一挙百枚は不可能であると判断、新潮社Oさんに五十枚で勘弁してくれと泣きの電話を入れる。あああ、自分の遅筆が呪わしい。
 14時30分、KADOKAWAのTさんから電話。
『あの、もう待ち合わせ場所にいるんですけど……』
 えっ、まさか、そんな。ゲラ渡しは明日じゃなかったの?
 どうやら行き違いで僕が間違えていた模様。いかん、遂に健忘症にでもなったか。平身低頭し(電話では見えないのだけれど)明日にしてもらう。
 15時、双葉社のYさんより原稿督促の電話。すみませんすみませんすみません明日までには何とかします噓は吐きません誓います探さないでください。
 21時、書いているうちにトリックを思いつき、何とか『静おばあちゃんと要介護探偵』を脱稿。今回も修羅場を切り抜けたかと安心したのも束の間、『テロリストの家』を明日までに脱稿しても、すぐさま「野性時代」の締め切り日。しかも今月はGW進行とかで各社から早めに原稿を提出しろと厳命されている。
 GWに盆に年末そして正月。世の中で楽しみとされている時期、物書きと編集者は塗炭の苦しみを味わっているのだ。さあ殺せ。

4月12日

 11時、祥伝社Nさんとゲラ修正。こちらは五分で終わったのだが、雑談をしている最中にKADAKAWAのTさんが早めに到着しダブルブッキング。ユナイテッド航空かよ。続いて同じくKADOKAWAのKさん登場。編集者さん同士顔見知りであったため、何と言うか座談会になってしまった。TさんとKさんは手分けして『ドクター・デスの遺産』のゲラチェック。編集サイドからの要望をほぼ満たしたかたちにしており、こちらも一発OK。
 一時間余で転居先を決めた旨を告げると皆さんから驚かれる。
「中山さん、悩んだりとかしないんですか」
 仕事も結婚も新居も、一切悩んだことがない。悩んだところで辿り着く結論にそうそう変わりがある訳じゃなし、第一悩んでいる時間がもったいないではないか。
 悩む、というのは大体において自分でも行く先を決めているのだが、誰かに背中を押してもらいたがって状態を指す。面倒臭い。そんなもの、さっさと一歩を踏み出した方が精神衛生上よろしい。間違ったら途中で方向転換すればいいだけの話だ。

4月13日

 10時、文藝春秋のIさんと『鳩の中の猫』のゲラ修正。法律上の問題点が生じたために十分ほどかかってしまう。文庫化した『テミスの剣』は売れ行きが好調で、連動して『静おばあちゃんにおまかせ』も売れているという。いずれにしても文春さんに迷惑をかけずに済んだので胸を撫で下ろす。
「この間、出版関係者で花見を開催したんですけど、その席上で〈中山さんは七人いる説〉で盛り上がりました」
 これはデビューしてしばらくどこかで噂された話で、出す本出す本全てジャンルも作風も違うので中山七里はユニット名ではないかと言われていたのだ。七人いたらどんだけ楽なことか(いや、うるさいか)。
 12時『テロリストの家』を何とか仕上げてから歯医者へ出掛ける。もう冠歯の交換はないものの、今度は歯の磨き過ぎでエナメル質が薄くなっている箇所を補強するのだという。いったいどないせえと。
 13時、引っ越し業者と東京ガスに東京電力、ついでに回線業者と大型ゴミ回収業者に連絡し転居の手続きを全て終わらせる。妻にその旨を告げると「早っ」と驚いていたが、人生で大事な局面に立った時は迷わず、一気に手続きを済ませた方がいいと思っている。悩むなんて、ホントに無駄なだけなんだったら。

4月14日

 9時、居ても立ってもいられなくなり、TOHOシネマズ新宿にて『ゴースト・イン・ザ・シェル』を観賞。日本産アニメを向こうで実写化すると大抵惨憺たる結果に終わるのだけれど、これは数少ない成功例ではないのかしらん。しかしやっぱり出てきたなあ、雨に煙るネオンの未来都市。いったい、いつになったらSF映画は『ブレードランナー』の呪縛から逃れられるのだろうか。
 11時30分、勢いに乗って『キングコング髑髏島の巨神』を観賞。これはもう観た人なら全員分かる通り、『地獄の黙示録』の愛すべきオマージュ。第一、キャラの一人がコンラッドだものなあ。清々しいほどの怪獣映画。
 13時30分、祥伝社Nさんより『ヒポクラテスの試練』で修正箇所があるとの電話。ついでなので神保町の祥伝社さんにお邪魔して、その場で修正、二分で終了。Nさんと編集長から『ヒポクラテスの試練』をもっと早く刊行できないかと打診されるが、既に2021年までの予定が詰まっており、出版社同士で交渉してもらうしかないと平身低頭する。
 14時、宝島社Kさんよりメール。『どこかでベートーヴェン』文庫版の初版部数が急遽変更になったとの報せ。えっ、そんなに刷るの? 改めて宝島社さんの無謀さに怖れる。
 17時、新事務所の賃貸契約でアパマンショップへ。賃貸契約書に氏名を記入しようとして一瞬手が止まる。
 本名を忘れた。
 これはギャグでも誇張でもなく本当に忘れてしまい、思い出すのに数秒かかってしまった。考えてみれば最後に本名を書いたのは5年前で、それから各種申し込みは全てペンネームであり、僕を本名で呼んでくれる人も皆無(保険証ですら筆名だ)だったのだ。
 

4月15日

 10時、妻を迎えに駅までいく。引っ越し当日、家具がなければ話にならないので机や寝具といった最低限のものを買ってくれるよう呼び寄せたのだ。
「ええーっ、わたし一人で買いにいくのー」
 できたばかりのニトリは大きいらしいからなどと宥めすかしてから、新宿へと追いやる。一方、僕の方は執筆を続けながら、その合間に荷物を片付けていく。荷物と言ってもそのほとんどは書籍類であり、改めてこの商売の偏狭さを思い知る。本当に、生活用品や電化製品がほぼ皆無なのだ。
 23時、何とか『蕁草のなる家』を脱稿、続いて『ふたたび嗤う淑女』に移行しつつ、荷造りを再開。この間の話ではないが、こういう時には本当に自分が七人欲しい。どこからか連れてきてくれんものだろうか。

4月16日

 執筆の合間を縫って荷物を片付けるが、なかなか捗らず。そう、普段では滅多に引っ張り出さない書籍に見入るうちに、どんどん時間が経過していくのだ。殊に僕が保管しているのは好きな作家さんのサイン本もしくは愛読書なので、手に取ったらページを開かずにはいられない。ああああ、もうスケジュールは二日分も遅れているというのに。
 よし、現実逃避しよう。と言っても僕の現実逃避というのは現在、締め切りの迫っていない原稿を書くことくらいである。『この世界の片隅に』ファン・ブックへの寄稿を片付ける。好きな映画について書け、というのだから、これはもうご褒美のようなものだ。ものの二十分で脱稿。

4月17日

 10時、新事務所となる物件を改めて内見。驚くべきことに電球もなければエアコンもついていない。聞けばオーナーは台湾の人で、こうしたマンション物件を資産運用として扱っている模様。
 言い換えれば、電球もエアコンも自分の好みに揃えられるという訳だ。嬉しくなって、早速家電量販店でペンダント4基を購入。岐阜の自宅に備えたものと同じタイプなので操作に惑うこともなくなる。
 25時、KADOKAWAのFさんより原稿修正の依頼あり。話を聞いていると微修正であり、これもすぐに片づける。しかし毎度のことながら、この人いったいいつ寝ているのだろうか。

4月18日

 10時、新潮社Oさんとゲラ修正。五分で終了。『死にゆく者の祈り』はyomyomで連載されるのだが、連載陣を一覧すると非常に若い書き手の方が多いような気がして何となく疎外感を味わう。
「いや、しかし中には大人の書き手がいないと雑誌のバランスが取れないんですよ」
 いつから僕が大人の書き手になったのだろうか。まあ、どこの出版社も僕にライトなものを書けとは言ってこないから、何と言うか既に高齢者認定。まだ駆け出しだというのに。
 執筆を続けながら荷造りも継続。そのうちデビュー当時の『このミステリーがすごい!』を発見。新人作家のクロスレビューなるコーナーを眺めて愕然とする。2010年にデビューしたミステリー系の新人作家(当時)がずらりと並んでいるのだが、今は新刊を見掛けなくなった人がちらほら。2010年は新人の当たり年と言われ生存率が高かったのだが、さすがに七年目となると息切れする人も出てきたということか。ぶるぶる。

4月19日

 向かい側のビルとこちらのビルは相変わらず工事中で、騒音が半端ない。その上、引っ越し準備で室内は埃が舞っている。花粉症の人間には地獄の様相でとても仕事にならず。くしゃみのし過ぎで頭が痛くなっても騒音で寝られず、原稿を書き始めるとまたくしゃみのし過ぎで朦朧としてくる。もう、いっそ殺してくれと思う。とにかく今日一日は仕事にならず。二社から原稿督促のメールが入るが、返信する気も起きず、ただただぼうっとしている。全く人間として役に立たず。

4月20日

 粗大ゴミをまとめてから執筆を続けるが、やはり埃と騒音に苦しめられ、なかなか捗らず。ああ、こんな理由で締め切りに遅れるのは嫌だなあ。
 20時、娘より電話あり。
『エントリーシートが書けない。助けて』
 聞けばわずか150字で〈日本が誇れるものを記述せよ〉との内容。ええい、お前はそれでも物書きの娘か。
 これは現代国語で苦しめられた人たちには一番難儀な問題だろう。実はこういう問題、文章のまとめ方ではなく発想の仕方を問うているのであって……。
 今の事務所を開設するに当たって購入したベッドも廃棄処分にするのだが、布団やらマットをまとめていると、五年も前の品物なのに新品同様であることに驚く。そう言えば、このベッドで寝たことはほとんどなかったからなあ(大抵、椅子に座ったまま寝ていたからだ)。

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