「ネタ元があって書くときは、必ず前の作品より面白くする責任があるんです」

 6月講座には、夢枕獏氏を講師としてお迎えした。

 1951年、神奈川県生まれ。79年、短篇集『猫弾きのオルオラネ』でデビュー。1984年に発表した『魔獣狩り 淫楽編』から始まる「サイコダイバー」シリーズがベストセラーとなり、伝奇バイオレンスのブームを巻き起こす。1989年『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞を、1998年『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。2011年から2012年にかけて、『大江戸釣客伝』で、泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞を受賞。「キマイラ」「餓狼伝」「陰陽師」「闇狩り師」など、多くの人気シリーズを持つ、日本屈指の人気作家である。

 また今回は、ゲストとして山崎貴之氏(KADOKAWA)、似田貝大介氏(KADOKAWA)、眞田尚子氏(集英社)、奥村実穂氏(講談社)をお迎えした。

 講座の冒頭は、世話役の池上冬樹氏(文芸評論家)がマイクを取り、講師を紹介して始まった。

「こんにちは、池上です。6月の講師には夢枕獏さんをお招きしました。沢山の講師を山形にお招きしてきましたが、今回はじめての体験をしました。実はですね、いつも講師をお迎えに山形駅に行って、すぐここへくるんですけど、今日はちょっとハプニングがあったんです」

 それを受けて、夢枕氏のあいさつ。

「夢枕獏です。今日は家を出るときに、たいへんな事件がありまして。小田原は雨が降っていたんですが、歩いているうちに左足がだんだん冷たくなってきまして。そうしているうちに今度は右足も冷たくなってきたんです。見たら、靴底が割れていたんですね(笑)。歩きながらカミさんに電話して『おい、靴を持ってきてくれ』と言ったら『嫌だ』というんですよ(笑)。そのうち靴の裏がどんどん剥げてきて、『おれはもうほとんど裸足同然で歩いているんだよ』と言ったんだけど、『こんな服装じゃ出ていけない、お化粧を直してから』とか言うんだよ。結局間に合わなくて、山形に着いたらまず駅ビルのエスパルにいったんです。そこに靴屋がなくて、店員さんに教えられて徒歩数分のモンベルに行ったんです。みなさん、モンベルをどうぞごひいきに(笑)。この靴はね、ちょっとコーディネートが唐突かもしれませんが(緑の生地にオレンジ色の底という派手なデザイン)、紐の止め方が普通とは違ってるんですよ。このツマミ(足の甲の部分についている)を回すと締まるんです。これはいいものですよ。……モンベルの回し者です(笑)。今日はよろしくお願いします」

 今回のテキストは、小説が3本。

・田口十『変わる手』17枚
・塩崎憲治『孤狼の拳』50枚
・水乃森サク『記憶のかけらと優しい悪魔』66枚

◆田口十『変わる手』17枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8499715
 私は仕事のストレスが原因で会社を退職し、アパートに引きこもるようになった。その後両手の指に湿疹ができるようになる。潰すたびに湿疹が広がり、化膿していく。疼きが止まらずかきむしることもできないので熱湯をかけるようになる。
 すると両手が自分の意識で動けなくなると共に自分の意思に反した行動をするようになる。両手に意識を奪われるようになる。ずっと家で両手とコミュニケーションを取る日々を過ごし、段々と意識が乗っ取られていく。
 食料品を買いに外に出ると、妄想が加速して意識を両手に預けたほうがいいのではないかと思うようになる。加速して死ななければならないと、しかし妄想であると気がつき両手を治療する。治っていくと両手も次第に静かになっていく。
 両手の傷が治るころには両手も沈黙したが、貯金がほとんどなくなっていた。仕事を探そうと就職情報誌をめくっていると、工場のアルバイトのページで手が止まる。早速応募し、設備の前で仕事を説明されている中、無意識のうちに設備のシャッターの前に手を置いてボタンを操作して両手を切断してしまう。

・似田貝氏の講評
 楽しく拝読いたしました。これはご自身の体験談も反映されているとおっしゃいましたが、僕も、途中までは実体験談なのだろうなと思いつつ、そこからインスピレーションを得た作品なのかなと感じました。僕も同じようなアレルギーの経験があるので、熱いお湯をかけるという描写にもよく共感できたんですけど、手とコミュニケーションが取れるようになった、という場面の展開がちょっと唐突です。ここはもっと枚数をかけて、徐々にコミュニケーションが取れるようになっていく様を描くべきではないでしょうか。
 声はないけどしゃべっている、両手がコミュニケーションを取っている、ということも、単に手話のようなものだけではなく、感覚的なものであったりとか、頭の中に語りかけてくるものであったりとか、もう少し段階を経て描いていくというやり方もありなのかな、と感じました。
 また、比喩の使い方が、若干わかりにくいところも多いです。主人公が男性なのか女性なのかわかりにくいという感想もありますが、それは、はじめの方にある「実年齢よりも荒い皮膚のつくり」というような描き方が、女性的な印象を与えるからかもしれません。実年齢、というならば、主人公は実際に何歳ぐらいなのか、それから性別も含めて、主人公の人物像を具体的に描いたほうが、より身近に感じさせることができます。
 よかった点は、主人公が会社を辞めて、ひきこもりというか、社会に適応できずにいる描写ですね。ここがすごくいいので、主人公が社会の中でどのような状態に陥っているのか、という部分を深く描いていったほうが、僕は面白くなったと思いますね。
 全体的に唐突な印象があったり、説明が少なすぎたりするので、ホラーやファンタジーであったとしても、ディテールのリアリティを丁寧に描くべきだと思いました。

・池上氏の講評
 純文学なのかエンタメなのか、どっちかにしろ、というのが最初の印象ですね(笑)。ずっとシュールな感じで、段々と狂気に冒されていって、手が会話をする。これこれこういう理由でこうなりました、という説明が何もなくて、イメージだけで、痒くて、ただれていって、気が狂っていって、最後はコントロールができなくなって両手を切断してしまうんだけど、どこからどこまで自分がコントロールできているのか。
 一旦は自分の意識に戻って、平穏な生活に戻るんだけど、また手が勝手に動いてしまう。勝手に手が動く、という怖さを描くホラーなのか、それとも、人間の内面にはこういう説明しがたい衝動があると深く掘り下げていくのか、どっちかにしたほうがいいと僕は思います。前半にはイメージの描写がいっぱいあるので、もっとそういうイメージを象徴的に持っていって、人間が持っている狂気を暴走させてもよかったと思いますね。最後に暴走はしているんだけど、この書き方ではちょっと弱い。
 それから、読点がなくて読みづらいですね。誤字脱字も目立つ。短い枚数で目立つのは致命的です。気をつけてほしいと思いました。

・夢枕氏の講評
 私は、今回の3作品の中では、伸びしろがあるなと思いました。他の2作品は、ここから上手に書き直してもここまでだろう、というのがあるんですけど、これには伸びしろはある。ただ、伸びしろはあるけど、まだいろんなものが不十分です。
 こういうもので一番肝心なのは、自分の手がどうなっていくのかというのを、できるだけ気持ち悪く、細かく、上手に描写するというところに尽きる。こういうのを得意にしているのが筒井康隆さんで、本当に遠慮ないですよ。行くところまで行きます。僕も、同じネタで書くならそうすると思いますが、全身に水疱ができるところまで書きますね。
 冒頭の描写で、「湿疹とも違う、皮膚の下になにか潜り込んでいる」とあり、何か生き物が潜り込んでいるように思えます。でも、水疱であった。ならば、「なにか潜り込んでいるのかと思ったら、水疱であった」としなければいけません。
 それから、「右中指の爪の先で押し込んでみると」とありますが、これがどういう行為なのかちょっと見えにくい。あとは「実年齢よりも荒い皮膚の作りの中で、滑らかな曲線を描いている」と続きますが、その「滑らかな曲線を描いている」のが何なのか。水疱の表面なのか、中に潜り込んでいる何かなのか。そこがわかりづらかったですね。
 仮にですね、僕が今朝の出来事をもとにして書くと、歩いているうちに足が冷たくなって、段々身長が低くなってきたなと思って、カミさんに電話するわけですよ。「おれ、靴がどうかなって、身長もどうかなってるんだよ。何か、犬がおれの顔を舐めるんだよ」とか言いながら、最後は顔の高さに駅の階段があって、「おれはもう階段を上がれないんだよ」と携帯で話す。どうやって携帯を持ってるのか、という話になるかもしれませんが(笑)、そういうところまで行っちゃってもいいんじゃないか、と思えるお話でした。
 あと、本をめくるときにはだいたい親指を使うと思うんですけど、親指で本がめくれなくなるような状態になったのかどうか、この描写だけではわからない。なんで親指が使えなくなって、ほかの指でめくっているのか。そういうディテールですね。怖さとか、グロテスクなもののポイントは、そういうところが痛いですね。
 最後は、熱湯風呂に入った死体が見つかりました、みたいなところでいいんじゃないかと思いました。徹底的に、行くところまで行ったほうがいいですね。あとは、手と私との戦いにしてもいい。夜中に苦しくて目が覚めたら、左手がおれの喉を絞めていたとかね。自分の左手を手術するということがわかって、切り離されたらかなわない、と。寄生虫が宿主を殺したら自分も死んでしまうのも気がつかずに、「私」を殺そうとしているとかね。さらには、フォークで何か食ってたら、左手がすごい勢いで口の中に突き刺してくるとかね。そういう描写はいっぱいできると思うので、そこに作品の伸びしろがあると感じました。
 遠慮しないで、極端にまで行っちゃってください。たしか筒井康隆さんは、「実験というのは失敗するためにある」というような意味のことをおっしゃっています。「おれの実験作は、失敗作といわれても、失敗するところに意味があるのだから、それは成功したということだ」とおっしゃって、ああいうものをお書きになっていたので、みなさんも怖がらずに、どんどん書いてください。

◆塩崎憲治『孤狼の拳』50枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8499675
 健(けん)は高校一年の夏、空手道場の帰り不良集団に襲われ、生殖機能に影響する重傷を負う。肉体のみならず心の傷は深く、高校を卒業すると街を捨て、東京の大学で空手に打ち込む。主将・兵藤の指導を受け、副主将にまでなるものの、二人は歓楽街で事件を起こし、空手部を追われる。健は空手に封印し、不動産会社で仕事に精を出す。
 ある時、健を襲った男が、無限という名で、地下格闘技の王者となっていることを知る。五年のブランクを乗り越え、健は兵藤をセコンドに、闇の格闘技大会に乗り込む。そこには恩師・兵藤の、空手生命をかけた戦略があった。

・山崎氏の講評
 全体的に駆け足な印象がありますが、その一方で、格闘シーンはけっこう行数を割いて書かれているので、格闘技の経験がおありの方なのかな、と思って読みました。
 でもそれ以外のディテールが欠けている感じが、読んでいてありました。全体的にご都合主義というか。最後はこうなる、と決めてお書きになるのはいいんですけど、それにしては細部が若干甘いかな、と思います。
 頭から読んでいくと、これを言ってしまうと物語自体が成り立たなくなるとは思うんですが、主人公の健が遭遇した事件で、相手は3人いたはずなのに2人しか捕まらなかった、という話になりますね。でも現代の世の中で、こういう事件の当事者が捜査から逃れるのは至難の業です。その辺のディテールが甘いかな、と思いました。
 それから、台詞回しにも気になるところがあります。ちょっとベタな台詞が多くて、入院している主人公に、お母さんが「ばかだね、おまえも。死んだ父さんにそっくりで、正義感が強くて……」と語りかけるあたりは、チープな2時間ドラマを見ているような感じに思えます。その後、ダークスーツを着た男が現れて「これは先生からのお見舞いです」と紙袋を置いていきますが、これはおそらくお金なんだろうと思いますけど、じゃあどれぐらいの金額だったのか。これがすごく少ない額だったら、健のしたことはその程度のことだったんだな、ということになって、自分の身に降りかかった災難との対比ができると思います。そのあたりが、あまり書き込まれていないなと感じました。
 あと、沖縄空手の技であるナイファンチとか、書いているところは書いているんですけど、説明があまり詳しくないので、知らない人はまったくわからないんじゃないでしょうか。私は琉球古武術の、作中にも出てくる本部御殿手(モトブウドゥンディー)を習っているので、なんとなくわかるんですけど。

(池上氏「そうなの? それは知らなかった」)
(夢枕氏「意外と野蛮な男だったんだね(笑)。本部御殿手ってあの、回し蹴りとかはなくて、前蹴りが主体の空手だよね」)

 そうです。で、格闘シーンはよく書いてあるんですけど、そういう欠点はあると思いました。
 あと、大きなところで、「健の夢は、国立大学の土木工学科を出て、父が志半ばで倒れてしまった、ダムや橋梁の設計をやることだった。だがすべての夢はあの事件で無惨にも崩れ去った」とあるんですが、別に生殖機能が損なわれたとしてもその夢には影響しないと思うんですよね。その辺の整合性がない。大学の空手部にも、意外とすんなり入ってしまっていますが、強い人たちが集まるところに、奨学金を受けながら入っていくのは、そんなに簡単なことではないんじゃないかと思いました。
 あと、生殖機能が奪われた、というのが具体的にどうなっているのか、そこはちゃんと書いたほうがいいです。空手部の先輩が「本当にだめになったと思っているのなら、それは気のせいだ。俺はお前と朝までパンツ一枚で寝ていたことがあるので、それは証明する」と言っているので、立つことは立つんでしょうけど、子どもを作ることだけができないのか。その辺のディテールがないと、作品の厚みが出てこないと思いました。
 全体に駆け足な印象を受けるんですが、夢の中に先輩の兵頭が現れるところも、そこからいきなり現実の話になっているので、夢の中にどう出てきて何を言ったのかわからない。それがないまま、また訪ねていって教えを請うという展開になっているので、あれよあれよという感じを受けます。そういうご都合主義的な展開は最後のほうにもあって、対戦相手を面接で選ぶというのも、もし選ばれなかったらどうするのか。兵頭がちゃっかりセコンドについているあたりも、結論ありきで話が進んでいる感じがするので、その辺のディテールを、うまくリアリティと結びつけてほしいです。
 時系列順に話が進んでいて、それはそれでいいんですけど、もっと強弱をつけていかないと。大学で空手を頑張って、卒業して、就職して、と順序を踏んでいて、全体的に深みがないというか。めぐり合わせで最終的にふたりが戦う、ということの裏に、もう少し理由づけがないと、上澄みだけを読んでいるような印象を受けてしまうと思いました。

・池上氏の講評
 やっぱりこれは悪役が弱いですね。もっと強くないと面白くない。あともうひとつは、これは復讐譚になっているんですけど、それならもっと動機づけがほしい。動機になるのは生殖機能ですよね。そこをもっと強調するためには、女性の存在が必要でしょう。主人公が女性を好きになって、でも性行為ができず苦しむという場面が必要です。
 主人公がサラリーマンなので、アウトロー的な行動はさせられない。アウトローが主人公の作品では、夢枕獏さんの『餓狼伝』(双葉社)という大傑作があるので、後発の作家は同じことをしてもダメです。サラリーマンを主人公にするのはいいのですが、単なる復讐譚にするのではなくて、自分の中に眠っている獣としての力というか、破壊衝動のようなものを見つめる中で、もう一度空手の道に戻ってくるというように書けば、もっと面白くなると思います。
 詳しい問題点は獏さんが指摘してくれると思いますが、やはりこの短い枚数にしては、余計なものが多すぎる。もっとクライマックスの場面を強調して、過去の場面はフラッシュバックで短く描くといいでしょう。最後のファイトを現在の時制にして、過去はさらりと流す程度にする。そして現在の戦いをもっと長く、熱く書けばよくなると思います。

・奥村氏の講評
 たいへん読みやすく、面白かったです。おそらく、非常に書き慣れていらっしゃる方なのだろうなと思いました。
 テーマは要するに生命のやり取りをするということです。生殖機能を傷つけられた若者が主人公ですから、性についてもきちんと書いてほしいなという気持ちがあります。やはり女の子を登場させたほうがいいでしょう。一ヶ所、主人公が強い感情を持つ場面がありましたよね。兵頭の奥さんになる、小料理屋の女性が何か言ったときに、「もし隣で飲んでいる男が兵藤でなければ、カウンターの上の料理をすべてぶちまけ、店を後にしていたに違いない」という。そういう衝動にもっと向き合って書くと、より面白い作品になるのではないかと思いました。
 それに絡めて言いますと、私はこのシーンがすごく好きなんです。入院している主人公に、助けられたお嬢さんがお礼を言いにくるところ。この5行がすごくいいです。
「自分の母とは対照的な艶やかさを放つ母親が、切り詰めたスカートの脚だけが目立つ娘の頭をこづいた。
 娘は、まるで何もなかったような表情で、「ごめんなさい私のために怪我させちゃって」と言うと、ぺこりと頭を下げた。
 健はこの時、事件の被害者は誰でもない自分だったのだと思い知らされた。胸の底に汚れた油のような淀みが残った」
 ここがすごくいいです。この、彼女との対照によって、主人公が失ったものが際立っているという気がします。
 それから、兵頭って結構、曲者なんじゃないかと思うんです。大学生のくせに、飲み屋をやっている10歳ぐらい年上の彼女がいるわけですよね。この兵頭をしっかり書き込むと、そこから健の存在も際立ってくるでしょうし、書き込み甲斐のある人物ではないかな、という気がしました。
 健と兵頭の関係はいいですが、その後に出てくる会社の先輩であるとか、大学の先輩であるとか、似たような立ち位置の人物が多くて、全体にシーンの作り方が単調なんですね。暴行事件があって、それがおさまって、また飲みにいって事件が起こる、という単調さがありますので、ここはさきほど池上さんがおっしゃったように、ある程度絞り込んで、集中してシーンを作っていくとよろしいのではないかと思います。
 まだまだ言いたいところはありますが、これは格闘技の話なので、あとは獏さんにおまかせしたいと思います(笑)。

・夢枕氏の講評
 塩崎さんは、実際に沖縄空手をやっていらっしゃるそうですが、ちょっと聞きたいのは「蹴り足を引く」という表現についてです。蹴りを出すときに、足は引かないんじゃないでしょうか。

(ここで塩崎氏が壇上に上がり、「蹴り足を引く」動作について実演。蹴るほうの足の、太ももを上げて膝を曲げた状態にし、そこから膝を伸ばしながら鋭い蹴りを放つ)

 ああなるほど、足を後ろに引くのではなくて、こう(実際にやってみる)膝を引き上げる動作をそう表現しているんですね。これはちょっとわかりづらかったです。
 それから、左ハイキックを出すときにレバーががら空きになる、そこを左の鉤突き(ボクシングでいう、ボディーへのフック)で倒すわけですが、ここでレバーのガードが本当に空くものかどうか、ちょっと疑問です。たぶん、ムエタイ式の蹴りだと、ここでガードは空かないと思うんですよね。ムエタイでもレバー・ブローを使うやつはいますから、ガードは空かないように練習しているはずです。その辺のディテールは、もう少しほしかったと思います。
 あとは、ちょっと単純化されすぎているかな、と思います。健と兵頭は、何かというとお酒を飲みにいって盛り上がって、その後に結構失敗をしている。ちょっと反省がないかな、というところです。
 それから、生殖機能が失われたというディテールもほしいですね。たとえば、2ヶ月ぐらい経ってから排尿機能が回復したと書いてありますが、それまではどうしていたのか。カテーテルを入れていたのかとか、具体的な描写をしてほしいですね。

(塩崎氏「自分も空手で金的を負傷した経験があるんですが、そのときは、性的機能が回復するのに5年かかりました」)

 そうだったんですか。睾丸というのは薄膜に覆われていて、なかなか破れないんですけど、これが破れると出血多量で死ぬケースがあるんです。それから、痛みで倒れることはあっても、意識はなかなか失わないと思うんですよ。塩崎さんはどうでしたか?

(塩崎氏「自分は、活を入れられたので、意識は失いませんでした」)

 男性ならその痛みが想像つくと思いますが(笑)、この辺はもっと丁寧に書いてほしいところです。
 性的機能に関していえば、本当に大丈夫かどうか、確認する作業があると思うんですね。自分でするなり、彼女がいるならしてもらうなり、風俗へ行くなり。自分が本当に男としてダメになってしまったのか、その不安との戦いとを、1年とか2年とか、時間をかけて確認していく作業がほしかったです。

(塩崎氏「私の場合はそのときカミさんがいて、『そういうことはもういいよ』ということだったので……」)
(池上氏「それは主人公の境遇とは違うじゃないですか(笑)」)

 主人公には男としての不安がおおいにあるでしょうから、それを確認していく作業は書いてほしかったですね。
 それから、短い枚数の割に、飲み会の場面が多すぎますね。同じようなシーンはあまり繰り返して書かないほうがいいでしょう。

◆水乃森サク『記憶のかけらと優しい悪魔』66枚
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8499641
 ホーは魔界に住む悪魔の子供だ。人間を不幸にするため、日々せっせと仕事をしている。だが今回、当たりくじを奪ってきた相手を見て、ホーの祖父が激怒した。悪魔が標的にする人間は、誰でも良いわけではないらしい。
 ホーは「あの男が帰っていいと言うまで戻ってくるな」と家を出されてしまった。仕方なく人間界へ行き、男の話を聞いてみたのだが、内容はさっぱり要領を得ない。ホーはわけがわからないまま、なんとか男の役に立とうとする。
 ウクライナの民話から発想した作品だとのこと。

・眞田氏の講評
 ホーくんがすごく可愛かったです。悪魔なので実年齢は20歳を越えているのに、とても可愛らしいところがよかったです。
 そこがとても素敵だったのですが、文章には多少視点の問題があります。最初は「橋の真ん中で、男がひとり佇んでいる」という神目線で始まりますが、それから「融通の利かないが自分が嫌になる」とその男の視点に変わるのが、ちょっと速いというか、いつ神目線から男目線になったのかよくわからないうちに今度はホー目線になったりして、視点がガチャガチャする場面がいくつかあるので、文章に入りづらいと感じてしまうところがありました。
 また、途中で、男自身が記憶について説明できないから、友達に会いにいって説明してもらおうとする場面がありますが、ここで友達に会ったことで余計にワケがわからなくなった感じがしました。ここは、作者の構成的にどうしてもこうせざるを得なかったのかな、という感じがどうしてもするんです。作者はすべてをわかっていたとしても、そんなことは知らないホーの気持ちと読者の気持ちを、同一にして読めるようにすると、よかったのではないかと思います。
 出典というか元ネタはウクライナの民話だそうですが、悪魔が出てくる話ってこの世に本当に山ほどあって、獏さんにも「悪魔と契約―ホシヅルの日に―」というショートショートを、小説すばるにご寄稿いただいたこともありました。その悪魔は20億くれるのですけど(笑)、いろんな話があるんですね。私は昔、漫画の編集をやっていたのですが、新人の方の持ち込み漫画原稿って、悪魔が出てくるのと魔法が出てくるのが、山ほどあるんです。悪魔を書いてくる人と魔法を書いてくる人の多くに共通して言えるのが、これらを書くだけで作品として成立したように、本人が錯覚してしまうという点です。白魔法と黒魔法で戦いました、どっちが勝ちました、悪魔が出てきました、というだけの話だと、ただ今までにある設定をお借りして話を作っているだけなので、オリジナリティがない、ということになってしまう。結局みんなが同じ話を書いてくることになってしまうんですね。
 この作品も面白い要素はとてもたくさんあるので、もっと人物設定や世界設定、話の展開や風景に個性を盛り込んでいただきたいと思いました。そういうものを組み合わせることによって、今までの作品にオリジナリティを加えていくというのもひとつの手だと思います。ただぼんやりと「悪魔です」説明されるよりは、もうちょっとエッジの利いた作品になるのではないかと思いました。本当に拙案ですみません。

・池上氏の講評
 元ネタがあって、それを非常に面白く変えていると思います。いろいろ不満もありますが、この少年のキャラクターがとてもいい。笑いがあって、ユーモアもあります。ユーモアの勝利でしょうね。最後の1行も利いていますし、なんとも憎めない愛嬌もある。小悪党を描くピカレスク小説でもあるんですけど、隠されていた自分の周りの世界を発見して、ニヤリとさせられる台詞を言って終わる。
 うまくまとまってはいるんですけど、問題は眞田さんも言ったように、どこまで自分のオリジナリティを作り上げるか、ということですね。最初の視点の乱れも、読者にストレスをかけてしまいます。誰の視点なのかわかるように書いてくれないと、読者はいらいらするんです。これは講座のテキストだからみんな読んでくれますけど、店頭で手に取ってぱらぱらめくったときに、「何だこれ、ワケがわからないな」とストレスがかかったら、もう読んでもらえません。やはり視点の問題は、明らかにしたほうがいいと思います。

・夢枕氏の講評
 みなさんのご指摘は、私もたしかにそうだなと思いました。
 僕は、みなさんが言わなかったところで申し上げると、銅像がどこに立っていたのか、ちょっと不明確な感じがします。橋の上から川の方向を見ていて、振り返ったらあった、ということであれば、橋の真ん中あたりの、欄干のあるようなところに立っていたのか。それだとすると、そんなところに銅像が一夜にして現れたら、普通は撤去されます。公共の場所に、誰が作ったのかわからないようなものが置かれたら、撤去されて融かされちゃう。私有地ならば大丈夫なんですが、でも撤去されて持っていかれちゃったほうが、ドラマとしては面白くなりますね。
 そういった銅像の位置関係や、それから、銅像になって25年も経っているわけですよね。このおじいちゃんは、娘に対して愛情を持っているようではあるけど、銅像を25年間も放置するかな、という疑問もあります。
 基本的な、社会でこういう現象が起こったらどうなるか、ということをきちんと押さえてからお書きになっていただいたほうがいいかな、と思います。
 それから、おじいちゃんが座卓に足を乗せている描写というのが、ちょっといまいちわからない。普通の机だったらわかりますよね。椅子に座って、机に踵を乗せている。それだけで人物描写が何割かできているんですけど、この場合どういう表現をしたかったのか、ちょっとわかりにくいんですね。おじいちゃんの描写は、どうやら人間タイプの悪魔と見えるんですけど、どういう服を着ているかとか、どういう顔の色をしているのかなど書いてほしい。仮にも悪魔なのであれば、人間タイプならどういうふうに人間タイプなのか、そこを書き込んでほしいですね。
 とくに恐ろしいものを書くとき、「恐ろしいものが出てきた」と書いてしまっては、伝わらない。おじいちゃんのことが怖いとは書いてあるんですけど、どう怖いのか、伝わりにくかったかなというところがありますね。
 ただ、僕はこのホーという少年悪魔は、よく書けているなという印象を受けました。
 ネタ元の話があるそうですが、そちらは非常によくできた話だという感じがしました。それを使うからには、どこかからいただいたネタを使うときは、必ずそれよりも面白くするという責任は必ず負いますので、ネタを使うときは必ずそれを心がけていただければいいかなと思います。
 最後の、優しいところはいいですね。それから、借金を背負っている友達が出てきますよね。造り酒屋なんですけど、お父さんが酒蔵を全部壊してしまうという。でも、多少なりとも黒字だったら、借金は残らない気がすると思うんですよね。あったとしても、家と土地を売ればなんとかなってしまうので、25年間、ひとりの男が借金を返すために働き続けて、まだ返せない借金というのはどういうものなのか。ここはきちんと書かないと。初めから赤字であることにしたほうがいい。黒字だった店が潰れても、借金はゼロだろうと思ってしまいます(笑)。そこを気にしながら、読ませてもらいました。
 ホーという子どものキャラに救われている、という気がしますね。このキャラクターはとてもよかったです。

※以上の講評に続き、後半では新作『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』(KADOKAWA)とネタ元の関係や、超過密スケジュールの中「倒れるまで書いた」経験、大好きなプロレスについてまで、幅広くお話していただきました。その模様は、本サイト内「その人の素顔」にてアップいたします。

・【講師プロフィール】
◆夢枕獏(ゆめまくら・ばく)氏
1951年、神奈川県小田原市生まれ。東海大学文学部日本文学科卒業。79年、短篇集『猫弾きのオルオラネ』でデビュー。82年『キマイラ吼』、84年『闇狩り師』『魔獣狩り』、85年『獅子の門』『餓狼伝』、88年『陰陽師』などの名シリーズをスタートさせベストセラーに。89年『上弦の月を喰べる獅子』で第10日本SF大賞、97年『神々の山嶺』で第11回柴田練三郎賞、11年『大江戸釣客伝』で第39回泉鏡花文学賞&第5回舟橋聖一文学賞&第46回吉川英治文学賞を受賞。現在山田風太郎賞選考委員。

●猫弾きのオルオラネ(ハヤカワ文庫JA)
https://www.amazon.co.jp//dp/415030548X/

●キマイラ吼(ソノラマ文庫211)
https://www.amazon.co.jp//dp/425776211X/

●闇狩り師(徳間文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4198940029/

●魔獣狩り(新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/410120313X/

●餓狼伝(双葉文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/B009A71H0Q/

●陰陽師(文春文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4167908611/

●上弦の月を喰べる獅子(ハヤカワ文庫JAユ1-5)
※第10回日本SF大賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4150310262/

●神々の山嶺 (集英社文庫) ※第11回柴田錬三郎賞
https://www.amazon.co.jp//dp/4087472221/

●大江戸釣客伝 (講談社文庫) ※第39回泉鏡花賞&
第5回舟橋聖一文学賞&第46回吉川英治文学賞 
https://www.amazon.co.jp//dp/4062775549/

●K体掌説  九星鳴著 (講談社)
https://www.amazon.co.jp//dp/4163901604/

●ヤマンタカ 大菩薩峠血風録 (角川書店)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041048303/

●羊の宇宙  夢枕獏・著 たむらしげる・イラスト  
https://www.amazon.co.jp//dp/4062090511/

●ちいさな おおきな き  夢枕獏・著 山村浩二・イラスト
https://www.amazon.co.jp//dp/4097265911/

●幻獣変化 (角川文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4041626056/

●涅槃の王1 幻獣変化 (祥伝社文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4396327862/

●遙かなる巨神  (創元社SF文庫)
https://www.amazon.co.jp//dp/4488730019/

Twitter Facebook