1月21日

ようやく『ふたたび嗤う淑女』今回分を脱稿、すぐさま「野性時代」連載用原稿加筆分に着手。気がつくと昨日から何も口にしていないことを思い出し、エネルギー補給のために外出する。
本日神保町界隈は〈神田雪だるまフェア〉なるものが開催されており、街のあちこちに雪だるまが鎮座している。ただでさえ寒風吹き荒ぶというのに、更に寒くなる。それでもどこにこれだけいたんだと思うくらい子供たちが集まっているので、決して悪い気はしない。齢をくったせいか、最近は子供を見るだけで顔が緩んでしまう。新幹線や飛行機の中で赤ん坊が泣き出しても、全く怒る気になれない。気分はもうご隠居。
食事をしたついでに書店に立ち寄ると「オール讀物」2月号が出ている。おそらく事務所のポストには著者献本分が投函されているのだろうけど、好奇心に負けてつい目次ページを開いてしまう。
びびった。
『静おばあちゃんと要介護探偵』の第一話が掲載されているのだが、その扱いが分不相応なくらいに大きい。しかもこの文芸誌の特徴で、掲載している作家さんは洩れなく顔写真つきだ。そしてご丁寧にも、僕の隣には何と赤川次郎さんの作品が。
血の気が引く音が聞こえた。
目次ページを開いただけなのに罪悪感に苛まれ、手に取ったそれをレジに持っていってしまった(因みに、やはり集合ポストには同じ「オール讀物」が投函されていた)。
未だに、こういうことに慣れない。

1月22日

「野性時代」連載用原稿の加筆部分終了。続いて『連続殺人鬼カエル男ふたたび』に着手。こいつを3日で仕上げなければ、また今月末も地獄を見ることになる。もっとも毎月見ているので、最近は地獄が当たり前になってしまったのだけれど。
海の向こうではトランプ大統領の就任演説が行われ、何と言うかえらい騒ぎ。過去にもこうした反対派のデモやら集会はあったけど、今回のは最大ではないのか。救いといえば賛成派と反対派が激しく対立して紛争にはなっていないこと。これがたとえば内戦状態とかになれば本気でアメリカはヤバくなる。
今では映画ファンでなくとも知っているが以前トランプ大統領、古くは『ホームアローン2』や最近では『ザ・シンプソンズ』に出演している。その扱われ方で、ハリウッドが彼をどう見ていたのかが具に分かるようになっている。慌てただろうな、ハリウッド。

1月23日

宝島社Kさんより原稿督促の電話。宝島社さんからこういう電話がくるのはひどく稀なので、そろそろデッドラインが近いことが分かる。
はいっ、書きます書きます。
原稿を書いていると、今年の結婚記念日をとうに過ぎたことを思い出し、恐る恐る妻に電話する。
「今度、デートしないか」
承諾を得られたのでほっとする。
執筆の合間に色んなニュースを見ていたが、一つ気になるものがあった。とある映画祭のチラシに某参加者が寄せたコメントだ。
「(前略)『君の名は。』を観て泣いている人は、映画史上の名作を観たことないんだろうと思った。それでも『この世界の片隅で』が入ってると聞き、真っ当な客もいるのかと思って観に行った。相も変らぬ戦争=被害映画、これはダメだと思った。庶民に戦争責任は無いのか。戦争で手を失った田中裕子が天皇の責任を言う映画があり、戦時下の日常を描いた実写映画があり、加害を描いた映画もあったのに、もう忘れたのか。いま、客が一番悪い。」(原文ママ)
この人は脚本を書いたり映画雑誌の編集に携わったりしている人である(僕の大好きな映画の脚本も書いていらっしゃる)。公開された映画をどう観ようがどんな批評をしようがそれは個人の勝手であり、右に寄せることも左に寄せることも自由だと思う。優れた映画にはいく通りもの解釈ができるという証左でもある。
ただし絶対に言ってはいけないことがある。カネを払って映画館にきた観客を貶めるような言動だけはご法度だ。いったい自分を何様だと思っているのか。以前、『シン・ゴジラ』の感想をツイートして炎上した同人漫画家さんと共通しているのは、〈作り手としての上から目線〉が感じられることで、おそらくこれが多くの人の顰蹙を買っているのではないか。
創作に携わっている人の中には幼児性を残している方が少なからず存在する(これを業界では「少年の心を持った」と形容する)。俺の作品以外、あるいは俺の認めた作品以外がヒットすると、こういう人は大抵八つ当たりに走る。八つ当たりは別に悪いとも思わない。それで精神の均衡が保てるのなら、犯罪抑止の観点からもやむを得ないだろう。ただし八つ当たりの相手を間違えると碌なことはない。

1月24日

『翼がなくても』について書店訪問。
・三省堂神保町本店さま
・SHIBUYA TSUTAYAさま
・紀伊國屋書店新宿本店さま
・ブックファースト新宿店さま
・旭屋書店池袋店さま
・三省堂池袋本店さま
・ジュンク堂書店池袋本店さま
・丸善丸の内本店さま
・八重洲デックセンター本店さま
・三省堂書店有楽町店さま
・ときわ書房本店さま
どうもありがとうございました。
今回、版元が双葉社さんということもあり、自著そっちのけで『この世界の片隅に』を肴に書店員さんと談笑(僕はいったい何をしているのだろう)。さすがに公開二カ月も経つと、ほとんどの書店員さんが観賞済みであったため、何となく嬉しくなる。
深夜0時15分、KADOKAWA・FさんとKさんとゲラ直し。直し自体は十分ほどで終了したものの、こんな遅くまでお二人に仕事をさせてしまう己に自己嫌悪を抱く。話はいつしか新人さんの売り方に及ぶ。空前の新人賞ブームの中、毎年多くの新人作家が誕生するものの、全員が全員過当競争の波を乗り切れるものではなく、そこには自ずと戦略が必要になってくる。作品の質だけでは売れない時代はとっくの昔にきており、今や作家自身がプロデュース能力を持っていないと、生き残ることさえ困難となっているのだ。
三人で頭を抱えながら打ち合わせ終了。

1月25日

人と会う予定が途切れるため、岐阜に戻る。新幹線の中で原稿を書き始めたものの、一昨日からの睡眠不足が祟り、いつの間にか寝入ってしまう。気づいた頃にはもう三河安城駅を通過していた。名古屋まではもう10分しかない。
医者の話やら医療関係の本やらでは、健康の大敵は栄養不足でもなければ運動不足でなく、睡眠不足らしい。これは手塚治虫さんや石ノ森章太郎さんが若くして亡くなったことと無関係ではない。お二人が徹夜の長さを半ば自慢げに話していた途中、水木しげるさんが割り込んできて「徹夜なんかしたら早死にするよ」と忠告したエピソードは有名だ(水木さんは93歳で亡くなったのだから、これはもう大往生と言っていいだろう)。
同業者間では〈都市伝説〉などと言われているが、僕の場合三日程度の徹夜なら通常モードと言っていい。こんな生活を続けていたらいつ死んでも不思議ではないので、早死に防止のために周囲から憎まれるように心がけている。そっちの霊験あらたかなのか、睡眠不足は続いているが、未だ健康面に不安なし。

1月26日

そろそろ書斎の中で映画ソフトの収容能力が限界に近づいてきた。そこで、もう再生はしないであろうLDソフトを泣く泣く処分することにする。もっとも、現在ブルーレイなどではスクリーンサイズで収録されているものの、元はビスタサイズであったものを除外していくと、結局処分できるソフトも限られてくる。しかもどうせスペースが空くからとブルーレイやUHDソフトをまとめ買いしたために棚が足りなくなってしまった。
急遽棚を増やす必要に迫られて、にわか大工の真似事に興じる。この時点で締め切りを四つ抱えており、もはや現実逃避にやっているとしか思えなくなる。
最近、ジャック・ニコルソン引退のニュースが流れた。だからという訳ではないのだけれど彼の主演した『ウルフ』を観賞する。ああ、やっぱりすごい俳優だと思う。オオカミ人間に変身する男を演じているのだが、メイクをしているのかどうか全然分からないものなあ。

1月27日

本日より『ヒポクラテスの試練』に着手。圧倒的に日数が足りない。クローンでも何でもいいので、僕があと三人いてくれたらいいのに(うるさくてしょうがない)。
13時、インストーラーさんが到着。UHDプレーヤーを設置していく。UHDというのは、おそらくディスクメディアとしては最終形態になるだろうと言われている。『ハドソン川の奇跡』を再生して驚愕する。確かに最終形態だ。画も音もブルーレイを遥かに凌駕している。こういうものを見てしまうと、もう後戻りはできなくなる。VHSビデオの時代から三十余年、パッケージメディアは遂にここまできたのかと、しばし感慨にふける。
一緒に試聴していたインストーラーの社長は「でもUHDソフトはまだバカ高くって」。
これはもう、仕方のないことだと諦めている。新しいメディアが普及するにはどうしても先行投資という犠牲がつきものだし、そういう犠牲を買って出るのがエンスージャストという存在だ。彼らの並々ならぬ熱意と出費があってこそ現在のパッケージメディアがある。かつて僕がAV(オーディオ&ビジュアル。アダルトビデオに非ず)の道に飛び込んだ時、既にとんでもない先輩たちがいた。保存しているビデオテープを湿気から護るために巨大な業務用冷蔵庫を購入した人はまだ可愛い方で、いい音を聴きたいがために自分で電柱を立ててしまった人、防衛上の問題から禁輸品になっている素材(何と潜水艦部品だ)を、オーディオ機器の制振対策のためだけに密輸した人など枚挙にいとまがない。もちろん大方は奥さんとは別れ、「趣味に介入する人間がいなくなって清々した」と本心から喜んでいる人たちである。
マニアの語源は狂的、つまり双極性障害だという説がある。実際、これくらい一途でなければマニアと名乗ってはいかんのではないか。

1月28日

白内障の定期診断で眼科医を訪ねる。いつものように散瞳薬を点眼したので瞳孔は開きっ放し。まともに文字も判読できないため、4時間強は仕事にならず。仕方がないので久しぶりにスティングを聴き倒す。
英国の俳優ジョン・ハート死す。この人をスクリーンで初めて観たのは『エレファントマン』だったか。今でこそデビッド・リンチのフリークス趣味を知っているから、この映画の味わい方も理解できるが、公開当時は文部省推薦の人間ドラマの扱いだった。しかも主役とは言え、特殊メイクのためにジョン・ハートの素顔は判然としなかった。素顔が拝めたのは前年日本公開の『エイリアン』だったのだけれど、とても同じ役者には見えなかったなあ。
合掌。

1月29日

何とか『ヒポクラテスの試練』連載第3回目を脱稿、続いて『能面検事』に着手。それにしても、僕はどうして見たことも学んだこともないジャンルを書き続けているのだろう。少し時間が空いたのでUHD盤の『ジェイソン・ボーン』シリーズ3作、『マン・オブ・スティール』、『バットマンVSスーパーマン』、『パシフィック・リム』などをマラソン視聴する(何が、少し時間が空いただ)。
いかん、完全にハマった。3Dでなくとも目の前に飛び出してきそうな立体感。思わず身を竦めるような音響効果。飯も食わずに観続け(生憎と妻が外出していた)、気がつけばもう夕方ではないか。とても締め切りをあと三本も抱えた物書きの態度ではない。海よりも深く反省するものである。
慌てて執筆に取り掛かるが、さすがに半日以上の映画観賞から執筆モードに切り替えるには時間が必要になる。こういう時には文章に慣れるのが一番だ。再読中だった『その女アレックス』を数ページ読むと何とか勘が戻ってきたのでパソコンに向かう。
この日記、僕の担当編集者さんの多くが読んでくれているらしい。すみません。僕の原稿が遅れるのは大抵こういうことが原因なんです。あっ、石を投げないで。

1月30日

11時、光文社のMさんに原稿の進み具合を連絡。基本的に小心者のため、締め切りが迫るとこちらから電話することが多い。それで案の定自分を追い込む結果になるのだから、これはもう自殺願望みたいなものである。
「あのですね、担当さんは不安になったりしないんですか。僕が原稿落としたり、急に消息不明になったりとか心配じゃないんですか」
するとMさんは至極あっけらんかとこう答えた。
『ええ、ちっとも心配なんてしていません。中山さんというのは、人間とは別の生き物だと思ってますから』
喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。
執筆の合間に同業者のツイッターを覗く。本日目に留まったのは、僕と同じく「このミス」からデビューした矢樹純さんのツイート。矢樹さんは小説の他にも作画担当の妹さんと組んでコミックの原作も手掛けている。で、このツイートとブログで自著コミックの売れ行きやプロモート、果ては編集部とのやり取りまでを赤裸々に綴っているのだ。正直、ここまで書いていいものかと他人事ながら心配になるが、同業者としては色々と身につまされるものが多々あり途中で止めることができない。
物書きというのは創作活動には違いないが、一方では売れてなんぼの世界でもある。娯楽はタダで当然だとか、創作する者は発表するだけで幸せだろうと思っている人には是非、矢樹さんのブログに目を通してもらい、我々の置かれた現状の百分の一でも知ってほしいと思う。もっとも、どの世界にいても楽な仕事なんて本当は有り得ないのだけれど。
情熱と苦労は正比例することが多いからだ。

1月31日

お茶を切らしたので、ドライブがてら妻と道の駅まで買い物に出掛ける(いや、原稿の締め切りは過ぎてるんですけどね)。大した気晴らしではないのだけれど、それでも気分転換にはうってつけだ。と言うか、クルマの運転を定期的にする必要もあった。
デビューした頃、版元の担当編集者さんからこんなことを言われたのだ。
「いいですか、中山さん。絶対不名誉なことで新聞を賑わすような真似はやめてくださいね。交通事故もいけません」
「どうしてですか」
「一般の人が事故ったくらいでは記事にならなくても、中山さんが事故を起こせば必ず面白おかしく書かれるに決まってます」
当時はあまり訳の分からない理屈だったが、雑誌やらテレビやらで顔が出るようになると、さすがに理解する。そこで妻がドライバーを引き受けてくれることになった。だが助手席に座ったままでいては本当に運転できなくなってしまうので、時々はハンドルを握るようにしているのだ。
19時、宝島社のOさんよりメール到着。某大型書店さんが『連続殺人鬼カエル男』を気に入り、大きく展開してくださるとのこと。ついては販売促進用の冊子を200部ほど撒くので内容を確認せよとの内容。同作は裏デビュー作なのだが、有難いことに『さよならドビュッシー』とともに根強いファンがいてくれる。今は「ほんわか」した小説が大流行なのだが、その一方でこんな猟奇ミステリーも命脈を保ってくれている。
これはこれで健康的ではないのかしらん。

Twitter Facebook