1月11日

 14時、双葉社にて「ダ・ヴィンチ」誌のインタビュー。三月刊行予定『翼がなくても』に関しての企画で、インタビュワーは『スタート!』の際にもお世話になった河村道子さん。まずインタビューの前に編集局長以下営業部の方々がずらりと勢揃い。こちらは恐縮してコメツキバッタのように頭を下げる。
インタビューでは色々と詳細を訊かれたので、担当編集のYさんにも伝えなかった物語の二項対立やら、何故この物語に御子柴や犬養を出したのかキャラクター分析を交えて説明する。
 誰から何を教えてもらった訳でもないが、どこをどうしたら物語が流れ、どんな起伏をつければ一気読みしてもらえるか、くらいは知っている。と言うか、27作も本を出していれば自ずと身につくことだ。更に言えば、この程度のテクニックなら何百冊何千冊と本を読んでいれば普通に理解できるはずだ。羽田圭介さんの説ではないが、数多の作家志望者はそんな面倒臭いことはしたくないからと小説講座に通ってテクニックを得ようとしている。言い換えれば走りもしないで筋肉を作ろうとしているのだ。そんな付け焼刃のような筋肉で走ればすぐに肉離れを起こしてしまう。さもなければ転倒だ。無茶にもほどがあると思うのだがどうだろう。
 16時、文藝春秋社に赴き、Iさんと『静おばあちゃんと要介護探偵』、Nさんと『テミスの剣』文庫版の打ち合わせ。お二人の話し方から「本を売ろう」という気概がひしひしと伝わってくる。先の双葉社さんもそうなのだが本当に僕は才能には恵まれない代わりに、人に恵まれている。七年も物書きを続けてこられたのはこのお蔭だとしみじみ思う。
 16時30分、宝島社に赴き法廷ミステリについて締め切りの確認をする。すると執筆者の一人が体調を崩されたため、刊行スケジュールが遅れるとのこと。自動的に締め切りが延びることになり、こちらとしては少しだけ余裕ができる。ちょうど友井羊さんが同じく打ち合わせ中だったので、終了後担当のKさんとともに会食することとする。最初にイタリア料理の店を目指したのだが、この時点で僕はすっかり失念していた。友井さんが訪れたお店は大抵休業しているというジンクスがあるのだ。案の定、目指したイタリア料理店はシャッターが下りていた。もう、お見事と言うしかない。

1月12日

 本日より「野性時代」用連載原稿に着手。今回は派手な展開も目立つキャラクターもおらず、ただただ平凡な家庭を描くという内容。心理描写の腕を問われる作品であり、今までとは全く違うアプローチが必要になる。もちろんこれをリクエストした編集者さんたちの気持ちはひしひしと伝わっている。久しぶりに書き出しに緊張してしまった。
 13時、丸の内TOEIにて『相棒Ⅳ』の試写会に出掛ける。受付で待っていると前に並んでいたご老人の話が面白くて、つい聞き入ってしまう。
「しばらくねえ、試写会のお誘いはこっちの住所に送ってほしいんだよねえ」
「お引越しですか」
「うん。13年住んでいたマンションがさ、欠陥住宅で4年間かかって改築するんだよね」
 施工主の名前も出てきて、ほほうあのゼネコンがそんな手抜き工事をするのかと驚いた次第。壁に耳あり障子に目あり。
 さて肝心の映画なのだが、これがまたどこを切っても脚本家太田愛さん印。太田さんの脚本はデビュー作『ウルトラマンティガ』の頃から拝見しているので、太田節が肌に馴染んでいる。彼女の脚本が好きな方には好意的に迎えられるに違いない。
 本日、正式発表されたので書くが「このミス」大賞の選考委員から茶木さんが下りられた。色々と想像をたくましくする向きもあると思うが、理由は単純に「一身上の都合」であり、それ以上でもそれ以下でもない。思えばこの賞を提案したのは茶木さんであり中山七里という物書きを生み出してくれたお一人である。ゆっくり休んで、また復帰してください。
 島田荘司さんがツイートで拙著『テミスの剣』を評してくださっていた。
『トリックや一種の余裕感覚で読ませるのではなく、畳み込むシャープでストレートな文体、男臭い小説。ゲラなど見ないと語る彼ならではのぐいぐい引っ張る面白さ。冤罪が扱われ、プロ刑事の男気が、いかに冤罪を作り出すかがリアルに描かれる。北方・大沢ファンも是非読んで欲しいな』
 前にも書いたのだけれど、僕は承認欲求が希薄というかほとんど皆無の人間である。しかし言い換えてみれば、ある特定の人に認めてもらえれば他の誰かにどんな酷評をされても平気というだけなのかもしれない。たとえば立川談志師匠の場合、それが手塚治虫さんだった。談志師匠を引き合いに出すのはあまりにおこがましいけれど、僕の場合はその特定の人が島田さんなのだろうなあ。

1月13日

 11時、届けるものがあったので宝島社を訪れる。Oさんが会議中であったため、もう一人の担当者Sさんと話す。話はいつしか『この世界の片隅に』へ。僕が「監督はこの時期、食費を1日100円に切り詰めて」とか「あのシーンで晴美さんは」とか話し出すと、
「やめてー、中山さん。思い出してまた泣けてくる」と叫んで本当に泣き出してしまった。この映画に関してSさんのような人は決して珍しくなく、中にはコトリンゴさんの歌が流れ出した瞬間に自然に泣く人もいる。まさしくパブロフの犬状態。
 17時31分、早稲田文学フリーペーパーのインタビューでTBSへと向かう。一階フロア、やけに家族連れが多いなあ、と思っていたらやってきた女性スタッフのひと言で疑問が氷解した。
「はい、『カルテット』子役オーディション応募の人たち集まってくださあい」
 その声に呼応してヴァイオリンケースを携えた子供たちがわらわらと集まってきた。頑張ってねーと手を振る親御さんたちが見送る中、子供たちがスタッフさんに先導されてスタジオの中に入っていく。親御さんたちは終始にこやかだったのだが、目だけは笑っていなかった。
 11階、和室造りの一室でインタビューがスタート。インタビュワーの谷原章介さんは僕の著書の多くを読んでいただいており、質問の一つ一つが勘所を突いていて気持ちがいい。それも半可通な質問ではなく純粋に読者目線に徹しているのでこちらも答えやすい。なかなかできることではなく、これを臨機応変にやってのけることで谷原さんの賢明さが窺い知れる。どんな世界であっても生き残っている人というのは、こういう技術を持ち合わせているのだと痛感する。
 インタビュー終了後、神田神保町のステーキハウスにて担当編集者さんと雑談。そこで予てより疑問だったことをぶつけてみる。
「新人賞の最終候補に残る作品は、本当に全作とも最終候補に残るような価値があるんでしょうか」
 編集者さんの答えは予想通りだった。つまり5作の最終候補作があれば2作、7作あれば3作程度は単なる数合わせだというのだ。言うなれば「枯れ木も山の賑わい」というヤツである。見分け方は簡単で講評で短くまとめられたもの・酷評しかないものは大抵数合わせのための候補作であり、それは一次も二次も同様らしい。
 単なる数合わせで候補に残されただけなのに、本人は「自分には才能がある」と勘違いし、その後も投稿を繰り返すものの後は鳴かず飛ばず。それでも候補に残った成功体験が忘れられなくて夢にしがみついて無為徒食の日々を過ごす。傍目には地獄絵図でしかないのだけれど、本人はそれに気づきもしない。気づいていても気づかないふりをしている。つくづく罪作りな話だと思う。

1月14日

 「野性時代」連載用の原稿を書き続ける。度々途中で熟考する。いつもは頭の中で全部出来上がっているのでこんなことはないのだが、今回に限りこれでいいのかと何度も自問自答する。ストーリーよりは心理描写を濃くしているので、この程度の描写で足りるのか、それとも過剰なのかを吟味しながら書いているのだ。僕にしてみれば新鮮な体験なのだが、ある同業者に尋ねると「それが普通なんだよ」と言われた。どうもすみません。

1月15日

 例年であればそろそろ「このミス」大賞授賞式の時期だが、今年に限り遅れている。理由は15周年を記念して、テレビカメラも入るような大々的なものを計画しているため、いつもより準備に時間がかっているからだそうだ。聞けばスペシャルゲストも呼んでいるとのことだが、それでも他社の編集者を招待する気がないのはさすが。実際、「このミス」受賞作家に対する各社編集者さんたちの視線は熱く、中には会場の入り口で作家さんを捕縛し執筆依頼をした剛の者までいる。僕などはいっそ他社さんも呼べば、新人の仕事を保証することになっていいと思うのだが、そこは当然ながら賞金その他を拠出する版元の都合というものがあるのだろう。
 十八時、KADOKAWAのFさんより原稿督促のメールが入る。
「今から寝ずに書きます」と返信すると、すぐにまた返ってきた。
『ご無理はなさらないでくださいね……と言いつつ、明日にはいただけるとありがたいです』
 文面から立ち上ってくる焦燥と憤怒に怯える。

1月16日

 「野性時代」連載用の原稿を何とか仕上げてから行きつけの歯医者を訪れる。まだ目立つほどではないが、虫歯が確認できる歯に被せ物をするのだと言う。
「患者さんの中に中山さんのファンがいましてね。カウンターに置いた御本を見て、すごく驚かれて」
 光栄な話だなあ。
「でも中山さんの刊行ペースに追いつかないものだから、最近は仕方なく図書館を利用しているって」
 しょっぱい話だなあ。
 15時、幻冬舎さんに赴く。会議室で待ち構えていたのは盟友七尾与史さん。本日は『ドS刑事5』刊行記念として「小説幻冬」に二人の対談を載せるという企画。
 最初のうちこそトリックの発想法や、キャラクターの創り方など真面目な話で始まったのだが、元より互いの著作で〈黒井〉やら〈毒島〉やら主人公に物騒なネーミングを施すような二人であって、こんな輩の対談が明朗快活のまま終わるはずもない。話は次第にダークな方に流れ、とてもではないが第三者の耳に入れるのが憚れるような内容に突入していく。ただし、そういう話に限ってメチャクチャ面白いのがお約束。
「あの受賞作は実は〇〇賞の一次落ちで」
「某賞も遂に二極化してきて」
「●●賞って、募集を中断したのかな」
「事実上廃止でしょ。だってあの賞の出身で売れた新人ゼロだもの」
「七尾さんの『××』は書きながら困っている顔が目に浮かんで」
「そっちこそ『△△』は最後に時間切れで慌てたのが丸分かりで」
 司会進行のSさんから何度、「今の話は掲載できません」と溜息を吐かれたことか。しかし言っておくが、これは僕や七尾さんのせいではない。こんな組み合わせを企画した方が悪い。

1月17日

 本日より「ふたたび嗤う淑女」に着手。今回は議員後援会の話で、例によって予備知識皆無。それでも怖いもの知らずで書くのは、確かな想像力は事実に肉薄できるという妙な自信があるからだ。実際、物書きが書こうとしているのは特定の専門知識や職業あるあるではない。もちろん、そうした事柄がストーリーにリアリティを付加するのは否定しないけれども、あくまでテーマは〈我々は何者で、どこから来てどこへ行くのか〉だったりする。
 幸いにも市議会議員に知り合いがいて、仕事の内容を詳しく聞くことはないのだけれど、日々の生活や行動を眺めていればうっすらと見えてくるものがある。時には本人の口から聞くよりも、その立ち居振る舞いを観察していた方が正確な情報を得ることができる。
 取材自体を拒否もしていないのだけれど、僕の場合は取材して現実を知ってしまった瞬間に想像力が殺がれるのではないかという恐怖がある。そう言えば昨日の対談で七尾さんも似たようなことを発言していた。ご存じの方もいるだろうが、七尾さんは現役の歯科医師でもある。その彼が専門知識を生かして執筆したのが『表参道・リドルデンタルクリニック』だが、その中でさえ何もかも事実に忠実には書いていないそうだ。
「正確に書くとミステリーとして成立しないんですよ」
 同業者として非常に頷ける言葉だった(この項続く)。

1月18日

 (承前)という訳で、今まで僕は想像力頼みで取材も資料漁りも何もしないで小説を書き続けてきた。でも、そんな僕に冷や水をぶっかけたのが去年公開された『シン・ゴジラ』と『この世界の片隅に』だ。
 この二本の映画は徹底的なリサーチの上に成り立っている。〈ゴジラ〉〈すずさん〉の存在以外は全て現実そのままと言っても過言ではない。言い換えれば〈ゴジラ〉〈すずさん〉という、たった一つの噓を成立させるために99の現実を総動員させているのだ。
 最近、両映画のムック本を買い揃えて熟読したのだが、その取材量と執拗さに舌を巻いた。『この世界の片隅に』の片渕監督に至っては、劇中に出てくる海苔を自分で作ってさえしている。この気の遠くなるようなリサーチがあるからこそ、観客はゴジラの東京蹂躙に恐怖し、すずさんがまるで身内のような親近感を抱く。
 取材とはかくあるべしなのだと思う。中途半端にリアリティを持たせようとか、専門知識やあるある話を網羅しておけばお得感が出るとかのみみっちい目的なら、いっそ想像力だけで物語を構築した方が広がりやすい。
 これだけ取材を重ねれば、間違いなく僕の小説も変質するだろう。だから今、取材がしたくて堪らない。しかし僕は自分の性格を知っているので、いったん取材し始めたら一カ月や二カ月は優に消費してしまうのが目に見えている。ところがそんな時間的余裕はとてもなく、こうして臍をかむより仕方がないのだ。あああ。

1月19日

 午前0時15分、KADOKAWA Fさんより電話。
『新連載の原稿、もう少しミステリー色を薄めてください』
 改稿ではなく、後半に展開させるエピソードを前倒しに持ってくるだけでいいのですぐに承諾する。
 最近、この種のオーダーが増えてきた。最初は『総理にされた男』で、NHK出版さんからは、「必ずしもミステリーでなくても構いません」とのことだった。その後、非ミステリーのリクエストを三つほどいただいた。
 ミステリーでデビューしたにも拘わらず非ミステリーを書け、と言われる理由は2つしかない。
「こいつ、もうミステリーじゃ売れないな」
 あるいは、
「そろそろミステリー以外のものも書かせてみるか」
 ミステリーというのは確かに売りやすいジャンルであるものの、読者の中にはミステリーを読まない方もいる。物書きの立場としたら新しいチャンスをいただいたと好意的に解釈するしかない。そうとでも思わないと、やってられない。

1月20日

 小学館のMさんから、先日開催された芦沢さんとのトークショーのゲラ原稿が送られてくる。これは同社発行のPR誌「きらら」に掲載予定のものだが、従来のものに比べて二倍の分量で載るのだという。
 光栄なことなのだがゲラを読んで焦った。あああ、あれえっ。僕はこんなこと話していたっけ?
 記憶をまさぐる行為はいつしか悪夢を再現する行為に変わる。汗顔の至りとは、きっとこういうことを指すのだろう。これではまるで僕が先輩風を吹かす嫌な野郎ではないか(いや、実際そうなんだけどさ)。
 それでも喋ったことにそうそう間違いはなく、審判を受ける被告人の気持ちで特に修正はしなかった。けっ、石を投げるなら投げるがいいさ(ヤケになっている)。
 15時30分、実業之日本社Kさんより原稿督促の電話あり。そろそろくる頃だと戦々恐々としていたので、ケータイの表示を見るなり動悸が乱れた。
「はい申し訳ありませんやっと半分まで進みました明日までに必ず50枚仕上げますよろしくお願いしますええ噓は言いません今まで吐いたこともありません少なくとも自分ではそう思っています友だちは少ないです」

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