僕は、最初にあまり綿密なプロットは立てられないんです。書きたい場面や書きたいモノがあるだけで、映画でいえば、予告編のようなイメージしか持っていません。書きたい場面や「絵」があって、それらをつないでいくパターンが多いですね。例えば『アヒルと鴨のコインロッカー』では、〈本屋を襲う〉〈ブータン人をめぐるトリックが明かされる〉〈ラスト近くで呼び鈴を押しても隣人が出てこない〉という三つの場面が思い浮かんで、それをとにかく結びつけたいと思いました。そういう物語の作り方は、映画からの影響が大きいのかもしれません。小説でも映画でも、僕はけっこうすぐ内容を忘れてしまうんですが(笑)、すごく印象的だった場面や決め台詞は鮮明に憶えています。だから、そういう発想で物語を作っているんでしょうね。

 

例えば『アヒルと鴨のコインロッカー』では、〈本屋を襲う〉〈ブータン人をめぐるトリックが明かされる〉〈ラスト近くで呼び鈴を押しても隣人が出てこない〉という三つの場面が思い浮かんで、それをとにかく結びつけたいと思いました。そういう物語の作り方は、映画からの影響が大きいのかもしれません。小説でも映画でも、僕はけっこうすぐ内容を忘れてしまうんですが(笑)、すごく印象的だった場面や決め台詞は鮮明に憶えています。だから、そういう発想で物語を作っているんでしょうね。

 

『アヒルと鴨のコインロッカー』は、書店強盗の場面から始まります。しかも、強盗の狙いは金ではなく「広辞苑」だという変な設定ですが、それはフィクションであるかぎり、よっぽどのことが起きないと読者は驚いてくれないと思うからなんですよ。
例えば、現実の話だと「昨日、二階の部屋の洗濯機の水が溢れて、俺の部屋がびしょびしょになったよ」というだけでも、「え、そうだったの?」と興味を持ってもらえるでしょうが、フィクションだとそんな程度では、「ああ、そう」みたいな反応しか返ってこない気がするんですよね。だから、見たことも聞いたこともないような話を書きたいと、いつも思っているんです。

 腹を空かせて果物屋を襲う芸術家なら、まだ恰好がつくだろうが、僕はモデルガンを握って、書店を見張っていた。

(中略)
 古くからある、個人経営の店なのだろう。昼間は近所の子供たちにコミックスを売り、夜は車でやってくる若者にヌード雑誌を売り、それでどうにか維持していけるくらいの規模に違いない。今時には珍しい、はたきの似合いそうな、書店だ。
(中略)
「椎名のやることは難しくないんだ」河崎はそう言っていた。
 たしかに複雑なことではなかった。どちらかと言えば技術的でもなかったし、誰にでもできることだった。
 モデルガンを持ったまま、書店の裏口に立っていること。それだけ。ボブ・ディランの「風に吹かれて」を十度歌うこと。それだけ。二回歌い終わるたびに、ドアを蹴飛ばすこと。それだけだ。
「店を実際に襲うのは、俺だ。椎名は裏口から店員が逃げないようにしてくれ」河崎は言った。「裏口から悲劇は起きるんだ」
 当の河崎はすでに、閉店直前の書店に飛び込んで、「広辞苑」を奪いに行った。
 店内から物音がした。僕は驚き、右足を動かす。靴が雑草を踏んだ。土を踏んだ感触が気色悪く、鳥肌が立った。
《『アヒルと鴨のコインロッカー』/創元推理文庫7~》

『アヒルと鴨のコインロッカー』はアマチュア時代に原型を書いていたこともあって、特に③④冒頭で読者を驚かせることに腐心しました。いつも書くときに注意しているのは、例えば「ドアを開けたら象がいた」というような、唐突な突飛さは避けよう、ということなんですよ。『ロード・オブ・ザ・リング』のような剣と魔法の世界にいきなり、連れて行かれるのは抵抗があるんです。僕の好みは「五丁目のコンビニから『ロード・オブ・ザ・リング』の世界に入っていく」という感じで(笑)。つまり、現実と奇抜な設定が、いつの間にか溶けて混じり合って、しかも自然だったらいいな、と思っているんです。書店を襲って「広辞苑」を奪うというのは、突飛さと自然さがぎりぎりのように思いますけど(笑)、とにかくそういうのが好きなんです。

 

 だから、書き出しでいえば『アヒルと鴨のコインロッカー』は、仙台に引っ越してきた椎名が河崎の部屋の呼び鈴を押すところから入ろうとしていました。だんだん、突飛な話にしたかったので、最初は静かにはじめたかったんですね。ただ入居の挨拶というのは、それこそ〝摑み〟という点では弱い。だから、この作品では、冒頭にその〝摑む〟シーンを意図的に持ってきたんです。当時はアマチュアだったので、選考委員になんとか読んでもらおうという意気込みでした。

 

 シュールレアリズムの詩には、日常の世界で近い関係にあるものを離し、遠い関係にあるものを結びつける、という方法論があるそうですが、“例えば〝石と薔薇〟とか〝動物園とエンジン〟などのように、遠いイメージのもの同士をぶつけて意外性を演出することを、僕はどこかで意識しているのかもしれません。僕のなかでは、「書店」と「モデルガン」と「強盗」は、けっこう〝近い〟もので、そこに、「ボブ・ディラン」という〝遠そうな〟ものをくっつけるのが、僕の好きなバランスなんですよね。例えば、立ち居ふるまいはハードボイルドなのに、その人がキティちゃんのTシャツを着てたら、ちょっと「あれ?」って引っかかる、そういう感じが好きなんです(笑)。

 

(聞き手/構成・佳多山大地)

※この連載は、『ミステリーの書き方』(幻冬舎文庫)に収録されたものです。

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