12月9日

 13時、『この世界の片隅に』関連書籍の情報を漁って昨日宝島社さんに在庫確認をしたところ、既に重版が決定しているではないか。慌てて担当Kさんに連絡すると、
『今、中山さんに献本の手続きをしているところです』
 何と言うか、母親に小遣いをせびった道楽息子のような錯覚に陥る。デビュー版元というのは本当に母親のような存在だなあ。ママ―。
 そのままお礼を伝えるだけでは申し訳ないので、数週間前から温めていた企画を伝える。今乗れば間違いなく売れると思った企画だ。もちろん乗るか乗らぬかは先方次第。それでも話しておくのは、後になって類似企画が他社さんから出た時に、「そんな思いつきがあったのなら、何故もっと早く教えてくれなかった」と恨み言を言われるのが怖いからだ。
 15時30分、双葉社Yさんより連絡あり。一月新刊の『翼がなくても』について「ダ・ヴィンチ」誌より取材の申し込みがあったとのこと。有難い話であり応諾する。ところが電話を終えてから愕然とする。自分で書いたものにも拘わらず、早くも内容の細部を思い出せないのだ。いや、もちろん大体のストーリーラインは言えるのだけれども。
 これは僕の悪い癖で、一本書き上げてしまうと完全に頭から離れてしまい、再読してもまるで他人が書いたようにしか思えなくなる。従って思い入れもなくなっている。あああ。

12月10日

 眠い。
 昨夜から一睡もしていないのだが原稿がアップしないので眠る訳にはいかない。ところが先ほど、キャラクターの名前を別の小説のキャラクターに誤記してしまった。判断力が鈍っている証拠だ。
 そこでまたぞろ三種混合エナジードリンクの出番。丼にぶちあけて一気飲みする。一瞬、心臓が弾けるような感覚がして覚醒するものの、しばらくするとまた睡魔が襲ってくる。今度は黒ビールを一気飲み。これでいったん睡魔も収まってくれたが、急に吐き気を催す。
 トイレにて大嘔吐。その代わり完全に目が覚めたので執筆を再開する。よかったよかった。
 14時、遅まきながら昼食を摂りに外出。交差点で信号待ちをしていると、目の前に店名ロゴ入りのTシャツを着たお兄さん二人が立っていた。店名を見てハッとする。僕も何度か通っているラーメン店のそれだった。
「でも、俺らどーしてわざわざ外食してるんスかねえ」
「店のまかないって結局いつもラーメンだもんなあ」
「まあ、ラーメン屋ですからねえ」
「あんな脂ギトギトのもん、身体にいい訳ねえじゃねえか。毎日通ってる客はどうかしてるよ」
 まあ、そうだろうなあと納得しつつ、いったい健康的な生活を語る資格なんて僕にあるのだろうかと反省する。

12月11日

 新年会の打ち合わせで旧友たちと連絡を取り合う。聞こえてくるのはこの世代共通の嘆き節。
『二十代三十代の頃はよ、定年が近づいたら窓際で楽な仕事させられると思ってたんだけどなあ。齢を取る度に仕事量が増えるのは何故なんだよ』
『正月でも休めやしない』
 これはもう、しようがないことである。
 僕らの世代は大量採用最後の頃で、当然のことながら社内での生存競争が厳しかった(しかもその後の新入社員が激減した)。病欠などもってのほか、多少の風邪なら這ってでも出社しろ、月月火水木金金、日本全国がブラック企業みたいな時代だったのだ。結果的に生き残った者は実力と奸計を備え、取引先との付き合いも長く濃くなるので、自ずとこういう人材には仕事が回るようにできており、回ってきた仕事をまた何とかこなすものだから、ますます仕事を押しつけられる。
 一方、新入社員はサービス残業など真っ平ごめんとばかりに早々と退社する。哀れ残ったロートルオヤジは滅私奉公よろしく残務処理をするという具合だ。以前、若い後輩社員から「五十代以上の老害が上に居座っているから、自分たちがなかなか昇格しない」との文句を聞く機会があったのだけれど、こっちにはこっちの都合があるので、あまり責めるのは酷だと思う。で、よくよく考えるとこの傾向は文壇も似たようなもので……。

12月12日

 14時、いきつけの歯医者で治療。奥歯の被せものを交換するのだが、費用は25万円とのこと。あまりの金額に開いた口が塞がらなくなり、そのまま診てもらう。頭の中では歯一本が原稿用紙何枚に相当するのかを計算している。とても空しい。
 19時、神保町〈ビストロ フェーヴ〉に招かれ、講談社Kさん・Tさん・某書店員さんと忘年会。料理も美味しいのだが、やはり業界話が一番美味。話に興じているとTさんから、「今日、ある作家さんから中山さんの話題が出ました」と聞く。僕とは何の面識もない作家さんなのだが、「中山さん、都市伝説みたいなもんですから」
 生ける伝説かあ、カッコいいなあ(どうせ碌な話じゃない)。
 取次さんを大事にしないとなーという話になり、僕は書店訪問でバックヤードを訪れる度、日版さんと東販さんの箱を数えるのだと伝える。
「大型書店さんだと、日版さんと東販さんで扱い量が等分じゃないんですよ。季節によっても違いますし」
 ここ数年、出版社さんと取次さん、取次さんと書店さんとの関係は色んな人から訊いている。多分間違った認識はないと思ったので滔々と話していると、目の前でKさんとTさんの表情が怪訝なものへと変わっていく。
「それでですね、取次さんや書店さんの話を聞いていくと偶数月というのはビッグネームの出版が目白押しだったり、各出版社さんが〇〇フェアしたりとかするじゃないですか。そんなバトルロワイヤルみたいな戦場に飛び込んでも分が悪いの分かってるから、僕はずっと奇数月に本を出すことに」
 次第に妙な空気になっていくのだけれども自分で止められない。いったい他の作家さんたちはこういうことを考えないのだろうかいやそんなはずはない僕だけが特別なんてことがあるものかきっと皆も知ってて知らないふりを。

12月13日

 9時、立川シネマシティに到着。ここの極上音響上映で『この世界の片隅に』を観賞する予定だった。公開から既に一カ月、しかも平日朝一番だから余裕で当日券が取れると思っていたのだ。
 甘かった。満席であった。
 泣く泣くこの回は諦め、事務所に戻る。うん。好きな映画がヒットしているのは喜ばしい限りだ。
 13時、某編集者と打ち合わせの最中、作家さん数組の離婚話を聞き、のけぞる。そんな。全ておしどり夫婦で有名だった人たちではないか。
「各社一斉にファクスで送られてきましてね。わたしたちも驚いています」
 なるほど、プライベートなこととは言え、担当には伝えておかないと後で面倒なのだろうな。それにしても各社に一斉送信というのは芸能人のそれと同じであり、やはり小説家というのはそういう一面があるのだなあ、と変なところで感心する。う、ウチは大丈夫……だよなあ?
 14時、双葉社さんから一月新刊『翼がなくても』のカバー見本が上がってくる。今回の装画は北沢平祐さん。音楽ミステリではいつもご一緒に仕事をさせてもらっているのだが、今回の装画は少し雰囲気が似ているので、一応宝島社さんにその旨を伝えておく。細かいことだが、こういうことは仁義を通しておかないと後々禍根を残すことになる。何だか書いていてヤクザみたいな気分になってきた。

12月14日

   
 
 9時、リベンジに立川シネマシティ再訪。シネマ・ワンのfスタジオにて『この世界の片隅に』(もう10回目辺りから数えもしなくなった)観賞。座席数は226席なれど、デモに流れた音楽で早々と音響設備の素性のよさが分かる。
 開巻からとにかく音に聞き惚れる。従来の劇場の音とは少し性格が異なり、微細な効果音までも確実に再生するといった執念さえ感じ取れる。言ってみれば徹頭徹尾管理されたダビングステージの音質に近い。ブルーレイが発売された時、書斎で再生する際の基準にしようと思う。
 11時、某大手出版社さんから連絡あり。
『佐藤青南さんに執筆をお願いしたいので、佐藤さんの連絡先を教えてください』
 同業者の仕事を増やしてやる義理はない。嫉妬心もあるのでヤクザの事務所の電話番号を伝えようとしたが、すんでのところで思い留まる。
 22時、幻冬舎Tさんより仕事のお誘いあり。七尾与史さん『ドS刑事』最新刊企画として、「小説幻冬」で対談せよとのこと。「七」のつく、作家生活七年目の二人という語呂合わせ。そう言えば七尾さんとはプライベートではよく話すものの、誌上対談は初めて。これは自分の仕事なので一も二もなく承諾する。どうせ対談しても中身の黒さから、掲載できるのは一〇分の一にしかならないのだろうけど。

12月15日

「野性時代」連載用のプロット提出は今日が期限日。朝から唸って何とかアイデアの端を摑む。しばらくして全体像が浮かんできたのでKADOKAWAのFさんに概要を伝える。拒否反応はなかったので今日中にまとめることにする。
 ストーリーを組み立てている最中の14時20分、実業之日本社Kさんより電話あり。
『原稿の進み具合はいかがでしょうか』
「今週一杯待っていただけませんでしょうか」
『今月は年末進行です。挿画の都合もありますので、半分だけでも早めにいただけませんでしょうか』
「あ、あ、明日一日ください。何とかします」
 またしても安請け合い。自分の首が締まっていくのが実感できる。ざっとスケジュールを確認すると、これから大晦日までは机に向かう以外何もできなくなってしまう。
 年末の大掃除はどうする。
 年賀状はどうする。
 考え始めるとどうにかなりそうなので(実はもうおかしくなっている)、いったん外出してエナジードリンクの買い出しをする。50本ほど買ってきて冷蔵庫に放り込む。あああ18日は〈新井ナイト〉ではないか。本当に出席できるのだろうか。

12月16日

 あんまり年末進行がキツいので日劇にて『スターウォーズ ローグ・ワン』を観賞(原稿はどうした)。本日が初日のため、コスプレしたりライトセーバーを振り回したりという客が多い。こういう映画は一種のお祭りなので許容範囲。お祭りだからハマり具合が半端ない人も多く、僕の隣に座っていた人など感極まったのか終盤はずっと泣いていた。
 事務所に戻ると宝島社より仕事の依頼。何とバラエティ番組の出演とのこと。芸人さんとのクイズ対決に作家をゲストに呼ぶ企画で、過去には著名な作家さんがずらりと並ぶ。妻にメールで伝えると、
『きたきた! ついにバラエティ』などと浮かれている。
 しかしこれは悩んだ。読書に関する番組ならともかく、こういうバラエティで著書の紹介がされるのは冒頭5秒ほどだ。バラエティというのはつまり出演者を笑う作りになっているので、そんなところに作家がのこのこ出掛けていっても笑われて帰ってくるだけだ。いや、笑われて自著の売り上げに少しでも貢献できればいいのだが、こういう番組を観る視聴者が、では出演した作家に興味を持って本を買うかといえば絶対にそんなことはない。その作家を視聴したことで、その作家を知ったような気になって本を買おうとまでは思わなくなるからだ(これは大沢在昌さんからの受け売り)。更にテレビというのは消費するメディアであり、しかも一過性だ。長生きしようとしている人間にとっては甚だ不相応な媒体である。既に著名な作家さんならともかく、僕のような駆け出しが醜態さらしても何もいいことがないのでお断りすることにした。
 それにしても驚いたのはギャラの額で、以前『宮崎美子のすずらん本屋堂』に出演させてもらった時の3倍以上。これは局の違いではなく、バラエティ番組は概してその水準とのこと。れっきとした俳優さんがバラエティ番組に出るのはこういう理由だったのかと合点する。

12月17日

 実業之日本社Kさんよりメール。
『挿絵の松田洋子さんが待ってくださるので少し猶予できます』とのこと。
 ああああああ、ありがとう松田さん。住所教えてください。そっち方面に足向けて寝ませんから。
 ひたすら原稿を書きながら、明日のトークライブについて芦沢さんとメールでやり取りする。
『新刊のプロモーションなので軽く触れるくらいはいいでしょうけど、それより創作スタイルの違いとか具体的な方法論の方が面白いんじゃないでしょうか』
 ううん、確かにその通りなのだけれど、これも悩むなあ。
 会場には一般のファンの方以外にも同業者が何人か顔を見せるはずだ(いや、僕ではなく芦沢さんを見るために)。同業者の前で僕の具体的な方法論など噴飯ものではないか。大体が誰にも習わず師事もせず、感覚だけで26作を書いてきた。一応の方法論らしきものはあるが、多分説明しても分かってもらえないだろう。しかしそれではトークライブにならず、折角お越しいただいたお客さんに申し訳ない。何とか言語化しようと頭を捻ってみるが、まさか皆さんの目の前で執筆する訳にもいかん。これが漫画家さんだったら、目の前で原稿仕上げるのも立派なライブになるというのに。本当に小説家というのは……。

12月18日

 何とか実業之日本社さんの原稿を仕上げると、既に時刻は午後1時。慌てて身支度をし、池袋の三省堂に向かう。
 13時30分、三階バックヤードを訪ねると芦沢さんが先に到着している。二人で直に話をするのは貫井徳郎さんの〈新井ナイト〉以来だからずいぶん久しぶりとなる。ほどなくして新井さんも顔を見せる。本部付きになったのでもう制服姿ではなくなっており新鮮。女性って着ているものでころころ印象が変わるんだよなあ。今回は僕と芦沢さんによる〈実践小説講座〉という建てつけなので、新井さんは司会進行すらしてくれなさそう。芦沢さんと新井さんは何やら楽しそうで、小学館の担当MさんとHさんに至っては燥いでさえいる。これから到来するであろうトーク地獄に落ち込んでいるのは僕だけだ。
 14時、〈中山七里と美女夜会2〉スタート。客席を見れば神家正成さんの顔、そして他社担当者さんの顔がちらほら。何とか満席のようでほっと胸を撫で下ろす。開始早々、最前列ど真ん中の席に七尾与史さんが滑り込んでくる。あなた、今の住まいから池袋は近所じゃなかったのか。
 トークの前に、まず僕は小説講座に通ったこともなければ人に教えてもらったことも、碌に小説指南の本も読まなかったことを表明しておく。つまりど素人の独断と偏見なので、妄想話だと思って聞いてほしいのだ。
 芦沢さんはやはり聡明な方なので、僕との質疑応答にも澱みがない。話していても全くストレスを感じないので、喋りが苦手な僕も何とか講義(らしきもの)を進められる。ホワイトボードなども用意してもらい、形はなるほど講座なのだが、喋っている本人が詐欺師であることを自覚しているために、まるで催眠商法のステージに立っているような気分を存分に味わうことになる。物書きというのは基本的に噓吐きなので、良い子の皆は絶対に信用してはいけません。
 お互いの創作スタイルを比較した後、短編と長編の物理的な相違、質的な相違について各新人賞募集要項の枚数制限を基に述べる。独学我流なのだけれど、誰も不審そうな顔はしていなかったので、まあそんなに突拍子もないことは言わなかったのだろう。
 トークショーの後、サイン会に移行。今回もお馴染みの読者さんが来てくれている。本当にこんな機会でもなければ物書きがリアル読者さんと触れ合うことはないので、とにかく皆さんには感謝するしかない。こんな人間の話に耳を傾けていただき、ありがとうございました。
 イベント終了後、芦沢さんから「時間配分まで完璧でしたね」と感心される。1時間の予定のところ3分だけオーバーしていたのだ。
「え? ちょっと待って。だって話しながら、ああ今3分経ったなとか自分で分かるものでしょ?」と返すと、とても妙な顔をされる。
 事務所に戻ってから「小説NON」の連載用原稿に着手。結局、今日も寝られず。

12月19日

 11時、歯科医にて奥歯三本を金属義歯に差し替える。25万4千円也。本当に、歯の治療のために原稿を書いているようなものだ。それでつい受付の女性に愚痴をこぼした。
「歯って高いですねえ」
「はあ」
 ダジャレかよ。
 13時、神田淡路町〈魚國〉にてKADOKAWA Tさん・Fさん・Kさんと「野性時代」新連載用のプロットについて打ち合わせ。大筋ではOKであるものの、
「もっと普通の家庭にしてください」
「主人公も平凡なサラリーマンで」
「事件もテロとかじゃなくて、もっと普通の」
 初期段階では主人公は公安の刑事、これにテロ事件を絡めるという内容だったのだが、今回はそういった時事性は抑えてほしいとの要望。
 今まで派手にしてくれというリクエストは多くいただいたが、その逆というのは初めてだったので、とても新鮮だ。それにその程度の修正なら三時間で済むなどと、例の安請け合いをしてこの話は終わり。
「もうそろそろ刊行数を絞りませんか。年6冊は出し過ぎです」
「いや、駆け出しなのでもう少し認知度を上げたくて」
「中山さんなら、もう充分に認知されてますよ」
 騙されて堪るか。僕なんて「このミステリ界の片隅に」と自虐ギャグを飛ばすくらい認知されていないと思っている。
 ただし、そろそろ自分の既刊で自分の新刊を食っているという状況も出始めている。既に約束したものは仕方ないが2021年からは年4作に絞ることを検討してみよう。
 また『ドクター・デスの遺産』についても一月中に追加分80枚を書けとのお達し。当方、海外での解決を提案するが少し渋い顔をされる。まあいい。予めラストは三種類用意しておいたのだ。

12月20日

 本日より岐阜に帰省。自宅に着くと、先に到着していた海洋堂シン・ゴシラ2号雛形レプリカモデルを早速組み立てる。ううむ、聞きしに勝るクオリティ。しかし高さ712mmに体幅307mm、全長に至っては1055mm。こんな巨大なフィギュアをいったいどこに飾ればいいのだろうか。
 僕らは、子供時分に欲しい物が溢れていたにも拘わらずあまり買ってもらえなかった世代だ(お金持ちのボンボンは除く)。高度成長期といえど、まだまだ中流家庭の子供にまでは恩恵が与えられなかった。おそらくその時の反動というか復讐心が、この世代の人間を高いオモチャの購入に走らせている。家族は冷ややかな目で見るだろうがここは勘弁してほしい。そういう欲望と闘い、諦め、その悔しさをバネに歯車として働いてきたのだ。
 原稿を5枚ほど書いてから、未開封だった『アイアン・ジャイアント シグネチャー・エディション』を観賞。泣く。こっちは近くに映画館がないので、どうしても書斎のホームシアターに入り浸ってしまう(代わりに東京事務所にいる時は、ほとんど毎日映画館に通っている)。
 その後、『いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命』を読む。とにかく一日一本の映画観賞と一冊の本を読まなければ身体に変調を来たす。僕にとっては睡眠や食事や排泄よりも重要な日課なのだ。

12月21日

 

 締切を一日だけ延ばしてもらうため某担当者に連絡するが、メールには返信がなく、電話もつながらない。そのまま執筆し続けていると5時間後にようやく返事があった。
『すみません。実はノロウイルスにやられちゃって』
 お大事に、という言葉を添えたが、ほんの少しだけ羨ましかった。勤め人は病気に罹ったらとりあえず仕事を休めるからなあ。
 しかし僕ときたら中学以来風邪をひいたことも病気になったことがない。口の悪い友人に言わせれば「ウイルスにさえ嫌われている」らしい。この無意味に健康な体質は編集者さんにも知れ渡っているので、碌に仮病も使えやしない。もっとも「精神的には常軌を逸している」と噂されているから、こっちの理由でなら何とか騙せるかも知れない。
 高速増殖炉もんじゅの廃炉が正式決定される。僕も『総理にされた男』でこの件に少しだけ触れているのでずっと動向はウォッチしていたが、まあこれは予想通り。原発ムラの役人たちは未練たらたらの様子だが、遅きに失したくらいだ。この間に使われた国費は1兆円以上、廃炉にも相当の予算を必要とする。いったい、このカネは誰が返してくれるのだろうかと、ふと素朴に考えてみる。国家プロジェクトとはいえ、やはりこれを推進した議員なり役人なりを追跡調査し、資産から没収するなり年金を停止するなりした方がいいのではないか。ペナルティを怖れて仕事をしないのも考えものだが、これだけの無駄遣いをして誰も責任を取らないというのも異常ではないのか。

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