11月26日

 10時、築地で遅めの朝食を摂る。創業三十ウン年、市場に近い店なので期待に胸を膨らませたのだが、取り立てて言うほどのことはなし。
 東京で暮らし始めてからこういうことが結構多い。大阪なら二週間で廃業に追い込まれるような店が「老舗だから」とか「有名人が訪れる」とかの理由でずっと潰れずにいるのだ。一度、古の文豪が通ったという天ぷら屋にも行ったが、正直味はそれほどでもなかった。困ったのが天ぷらを塩でいただく際に店主が「ウチは伯方の塩を使っているからね」と得意げに説明してくれたこと。そんなもの、一般家庭でも使っている。
 11時、新幹線で岐阜に戻る。1時間半もあるのだからまた読書ができるだろうと思っていたのだが、結局眠り込んでしまい、目が覚めた時には既に三河安城を通過していた。
 もう僕は駄目かも知れない。
 自宅の書斎に戻り原稿を開いたところ、パソコンが待機中を続けて一字も入力できない。こういうことに詳しい知人に訊いたところ、アップデートの際に時折発生するアクシデントではないかとのこと。
『だからさ、ウィンドウズ10にしておけば、そういうアクシデントは起こらないと思うよ』
 未だにウィンドウズ7を使用している僕は、何だか嫌がらせを受けているような気分に陥る。結局この日は全く執筆が進まず、仕方がないので映画を観倒す。

11月27日

 夜半を過ぎてからパソコンを開くとやっと回復していたので、急いで連載一本を書き上げる。続いて新連載『ヒポクラテスの試練』に着手。
 毎度のことながら冒頭の一文を書き出す時には少なからず緊張する。文章自体はプロットの段階で推敲まで終わっているものの、映画で言えばファーストシーンだ。これに訴求力があるかどうかが全体の出来を決めてしまいかねない。
 とにかくシリーズものは苦手だ。有難いことに出版社さんの依頼で書き続けているが、そうでなければ誰が続編なんて書くものか。これは同業者であれば理解してもらえると思うのだけれど、読者さんの要望が嬉しい反面、常に前作を越えなければならないという使命がある。言い換えるなら一作目が100の出来なら二作目は120、三作目は150といった風に尻上がりの面白さにしないと前作並みの面白さに感じられないのだ。ひい。

11月28日

 結局徹夜で執筆を進めるものの、書斎には未開封のブルーレイが山積しており、ついつい見入ってしまう。その間は執筆の手が止まるので、徹夜しても計画していたほどには達成できず。本当に怠け者だと思うが、映画と原稿とどっちが大事かと言われると、そのですね、人間には食事や睡眠以外に生きるために必要なことがあってですね。
 当然寝室には行かず、たまに水分補給しにキッチンに向かうのだが、翌朝妻にこんなことを言われた。
「昨夜ね、キッチンからごそごそ音が聞こえて、てっきり強盗に入られたと思って。どきどきしてたら、お父さんが帰ってきてるのをやっと思い出した」
 忘れないでよ。

11月29日

 数日前から右手が思うように動かない。妻に話すと「ああ、それは五十肩よ」とあっさり言われる。確かに五十を過ぎているものの、いざ自分がなってみるとこれは結構衝撃だった。長時間キーを叩き続けていると次第に腕が重くなってくる。それで間に休憩を挟むと、ただでさえのろい筆が更に遅くなる。何ということだ。
 14時30分、市役所庁舎にて市長と面談。福祉関連の建物を新築するに当たって銘文を作成せよとの正式な依頼。
「子供の未来のために」
「働くお母さんを支援するために」
「夢と希望のあるキャッチフレーズを」
 市長と健康福祉部さんの説明を聞くに従って、従前から抱いていた違和感が増大する。注文内容が高邁過ぎて、場違い感大爆発。この場で『カエル男』の凌辱シーンや『作家刑事毒島』の嫌味な台詞を音読したくなった。
 しかし、これも仕事なので羞恥心に頬被りをして受注する。そこで双方困ったのが謝礼の額。何しろ依頼する方も受ける方も初めてのことなので相場すら知らない。交渉以前の問題でしばし悩むが、最終的に先方さんに丸投げする。どれだけ報酬をいただいてもどうせ地方税として市に徴収されれば同じだと気づいたからだ。
 書斎に戻ると光文社のMさんより原稿督促のメールが入っていた。ひいい、書きます書きます。
 映画『この世界の片隅に』は上映3週目に入り、前回10位から6位に順位を上げてきた。これはとんでもない快挙だ。上映館が200~300という大作の中、63館からスタートした小規模な映画が奇跡を起こそうとしている。2016年は邦画奇跡の年だったが、まさか最後の最後になって一番の奇跡が訪れようとは。テレビの大量広告などものともせず、純粋に口コミとSNSの拡散で観客主導の大ヒット作が生まれようとしている。本当に胸がすく思いだ。

11月30日

 11月最終日午前2時。おお何ということだ。明日から師走だぞ。それなのに積み残しの原稿が250枚も残っている。来月には長編五本分のプロットを提出しなければならんというのに。誰か嘘だと言ってくれ。
 大急ぎで祥伝社「小説NON」連載原稿を仕上げ、光文社「小説宝石」の新連載に着手。こちらも明日までに50枚書かなければならないのだが、何というか生きた心地がしない。
 韓国の朴大統領が辞意を表明。任期途中での辞任は前代未聞とのこと。相次ぐ不祥事と連日の退陣要求デモを見ていると仕方のない結論とも思えるが、一方で「生贄を出さなければ納得しない」という空気に慄然とする。そういう気持ちが僕の中にも存在するのが分かっているからだ。犠牲というのは新しい時代に移行するために必要な通過儀礼かも知れない。しかし犠牲がなければ前に進まない国とか政治とかは、本当に真っ当なのだろうか。

12月1日

 新連載用の原稿を書いている最中、KADOKAWAのFさんと『笑えシャイロック』の修正部分について協議する。要点は新興宗教のありようが画一的ではないかとの指摘。
 これは僕にも思い当たるフシがある。何故かと言うと、僕が知り得る限り新興宗教の勧誘の仕方や教義はどれもこれも似たり寄ったりだからだ。
・この教えを信じれば、あなたは幸せになれる。
・しかし信じなければ地獄に落ちる。
・そしてこれ以外の教えは全て邪教である。
・カネや私有財産に生き甲斐を求めると餓鬼道に堕ちる。
 はっきりさせておきたいのだけれど、僕は新興宗教なるものに偏見を抱いている。その原因も説明できるように思う。
 高校3年の夏、僕は自主映画を撮りたくなった(ほら、映画好きの兄ちゃんが自分にも才能があるんじゃないかと勘違いしてカメラを持つようになるアレです)。で、8ミリカメラを借りたのはいいが、映写機のあてがない。困っていると父親が「知り合いが8ミリ映写機を持っている」と教えてくれたので、伝手を頼って何とか借りれることになった。
 ところがその人の自宅まで馳せ参じたところ、貸すのは構わないがついでに一本観賞していけと言う。
「素晴らしいフィルムなんや」と勧められるので、ちょっとハードルを高くして視聴に臨んだ。やがてスクリーン代わりの壁に映し出されたのは〇価学会の全国大会の模様だった。
「見んさい、あの一糸乱れぬ動きを。すごいやろ」
 画面の中では学会員の人たちがマスゲームを繰り広げていた。折角観せてくれたものの、画面から迸る熱気に反比例して、僕の方はすっかり白けてしまった(後日、北朝鮮におけるマスゲームを観た際に、この時のことがフラッシュバックのように甦った)。1 時間ほどの視聴だったが、正直あれほど苦痛に感じた映像体験は他にない。僕の宗教団体アレルギーは、多分あの時の経験が原因になっている。

12月2日

 夜半を過ぎても「小説宝石」連載用の原稿は脱稿できず。仕方がないので編集部に連絡を入れ、今日一日だけ猶予をもらうことにした。
 今月だけでもう何度人に頭を下げただろうか。小説書きに憧れを抱いている人には悪いが、ニュースやドラマで作家さんがちやほやされているなんてのは幻想である。いや、もちろん僕が著名でもなく、しかもスケジューリングが不得手なので身から出た錆と言われればそれまでなのだけれど、サラリーマンをやっていた時分だってこれほど取引先に謝ったことはなかったのだ。まさか、こんなに苛烈な仕事だったとは。
 何とか原稿を書きあげ、休む間もなく「オール讀物」新連載用の原稿に着手。こちらは舞台設定が2009年である。ちょうど僕がデビュー作を書き上げた時期でもあり、しばし感慨に耽っていると、ヨコハマ映画祭で『この世界の片隅に』が作品賞、主役声優ののんさんが審査員特別賞を受賞したというニュースを知る。
 特別賞のコメントは以下の通り。〈『この世界の片隅に』の作品世界を決定づけた声音の魅力を称えて〉
 更に2016年日本映画ベストテンでは堂々の一位に。
 よかった。
 本当によかった。

12月3日

 今月は連載原稿を仕上げる一方で7本の長編プロットを提出しなければならず、しかも毎年のごとく年末進行が入っているので、かつてないほど忙しい状況になることが確定。ところがそんな時に限って、僕は映画館に行ったり人に会ったりする回数を増やしている。これは何と言うか自殺衝動に近いものがあるのではないか。
 本日もコンピュータソフトに勤める友人夫妻を招いてしばし歓談。それによると昨今のゲームソフト業界も二極分化が進み、下層の業者やクリエイターは本当に悲惨な状況なのだと言う。
「アニメだって同じでさ、アニメ専門学校みたいなのがあるやろ。今や声優志望者ばっかりでアニメーター目指しとるヤツなんて二人か三人しかおらん。あんだけアニメーターは低収入やって騒いでたら、そりゃそうなるよ。それでも何とか業界が成り立っとるんは、それが好きで好きで堪らん!てヤツが残って踏ん張っとるからや。で、そいつらが力尽きたら、いよいよ業界は崩壊していく」
 事はゲームやアニメに限らない。ひょっとしたら大抵の職業はそうなってしまっているのではないか。実は小説家も同様で……。

12月4日

 東京事務所へ戻り、郵便をチェック。予想通り、不在通知やら何やらで溢れ返っている。たった一週間留守にしていただけなのに、何とかならんのだろうか。
「週刊文春」2016ミステリーベスト10、海外部門の1位は『傷だらけのカミーユ』だったが、僕のコメントが採用されていた。嬉しい。更に『特撮秘宝』vol.5、シンゴジ感想大会でも拙文が採用されている。こういう趣味の分野で採用されるのは依頼原稿より嬉しかったりする。きっと仕事抜きだからだろう。
 14時、三省堂池袋本店に向かう。本日は芦沢央さん・彩瀬まるさん・岡崎琢磨さん・似鳥鶏さんのトークショー。普段からよく集うお仲間らしく、四人の息はぴったりと合っている。興味深かったのは「執筆の最中に何を口にするか」という質問で、四人と「甘いもの、コーヒー」を挙げていたこと(岡崎さんは著書の手前、コーヒーと言わざるを得ない)。僕みたいにワインや黒ビールを呑みながら書くというのは、やはり少数派なのだろうか。
 サイン会に移行する直前、司会の新井さんからマイクを押しつけられる。
「はい、中山さん。自分のイベントの告知やって」
 この人はトークショーの際も司会を似鳥さんに丸投げして、その上告知まで本人にやらせようというのだ。逆らえず、二週間後に芦沢さんとトークする旨を会場の皆さんにお伝えする。ちょっとした羞恥プレイ。
 会場を出て驚いたのは知念実希人さんに友井羊さん、それから青崎有吾さんがいらっしゃったこと。打ち上げの際には合流する人もいるらしく、思わず紛れ込んでやろうかと思ったが、各社締切が遅れていることを思い出し断念。ううう、自分の遅筆さが恨めしい。もっと僕に才能なり集中力があれば、こんな風に他の作家さんと親睦が深められるのに。悔し涙に暮れながら事務所に戻り、執筆を再開する。

12月5日

 執筆途中、突然筆が止まる。
 考えていたトリックが現実には使用不可能であることに思い至ったからだ。このまま書き進めていけばストーリーの破綻を招きかねず、やむなく熟考に入る。こんなことはデビュー前ですらなかったことなので慌てる。幸か不幸かまだ伏線を張る前だったので書き直しはせずに済むのだけれど、一から新しいトリックを創造しなければならなくなった。しかもその内容いかんではストーリーも変更しなくてはならない。連作短編最初の一話なので、ストーリーはこじんまりとさせたくない。どうしようどうしようとと悩むうちに10時間が経過。本当にどうしようもなくなったので丸の内TOEIにて『この世界を片隅に』を観にいく。別に殺人トリックを扱うような映画ではないのだけれど、アイデアというのは、こんな風に全く関連のないところからひょっこり現れるものなのだ(担当さん、信じてください。)『この世界の片隅に』は快進撃が続く。1月からは190館以上での上映が決まり、ロングランの可能性も濃厚になった。順位も先週6位から4位に上がり、今朝のNHKでは特集も組まれたらしい。こういう映画が当たるのは本当に嬉しいっていうか早く中山原稿書けよ。
 結局その後もいいアイデアが浮かばず、悄然として事務所に戻る。気分は最悪で、開店から閉店までパチンコ屋で粘り、挙句の果てに数万円損したような徒労感に苛まれる。

12月6日

 アイデアが未だ生まれず、床の上を転げ回る。何とあれから丸一日が経とうとしている。このままでは他の連載にも響いてくるどうすればいいのかどうにもならん死のう。
 転げ回っているうちに18時、『海賊とよばれた男』の試写会で有楽町よみうりホールに出掛ける(原稿はどうした)。1000人は収容できようかという大ホールはほぼ満席。
 原作は言わずと知れた百田尚樹さんの本屋大賞受賞作品。上下巻の大作を145分に刈り込んだ脚本は見事。ただしこれはないものねだりなのだが、主要部分を遺して刈り込んだために原作よりも男臭い映画になった。費用のかけかたやマスメディアでの宣伝を徹底させた戦略、そして目線など同じ戦時を扱った『この世界の片隅に』とは好対照であり、こちらも興行収入を期待したいところ。上映後、お誘いいただいた講談社河原さんと会食。それなのに『この世界の片隅に』を猛プッシュし、よくよく考えればすごく失礼なことをしてしまったが既に後の祭り。こうやって僕は味方を失くしていくのだ。あああ。
 事務所に戻った瞬間、天啓のようにアイデアが閃く。うん、これなら何とかなるかも知れない。『海賊とよばれた男』には一切関係のないアイデアだが、こういうことがあるから映画を観るのがやめられない。昂奮冷めやらず、黒ビールをかぶ飲みしながらひたすら書き続ける。

12月7日

 13時、KADOKAWA Fさん・Kさんとゲラ修正。5分で終了。お二人とも『この世界の片隅に』は観賞済み。ネタバレしても構わないので、1時間延々と同作品の魅力について語り尽くす。
 目下お二人の悩みは新人の育成。というのも、なろう系出身でとんでもないヒットを飛ばした新人さんの担当をしているからだ。当方、デビューしてから6年、潰れた新人さんはそれこそ山のように見てきた。名前の売れているうちに複数のジャンルを跨いだ方が、生存率が高いのではないかと勝手なことを言っておく(言っている本人が危険水域をうろうろしているというのに)。15日締切のプロットについて早々にも打ち合わせがしたいとの申し出あり。
「ええっと、それはその、プロットが出来ていない段階でスケジュールを組むというのは、何と言いますかがんじがらめに拘束されているような気がするのですが……」
「ええ、そのつもりです」
 尚、今月は年末進行のため、12日までに原稿を書けとの命令。ひええええ。
 14時、歯医者にて奥歯の治療。本日は新たに金属を被せる。10万円也。まるで歯の治療のために原稿を書いているようなものだ。金歯にしたことを妻に伝えると、
『わあ。そうしたらお父さんを火葬して残った金歯はわたしのものだからね』
 16時、光文社Mさんとゲラ修正。3分で終了。連載第一回としてはインパクト充分だったというのでほっと胸を撫で下ろす。問題は作中で取り上げた場所が実在の場所なので何とかならないかという。急ぎ、架空の地名にする。まさか実在するなんて思ってなかったんだよー。
 編集長のKさんも『この世界の片隅に』を観賞し、「今年一番かも知れない」と呟いていたとのこと。そうだよなー、普段から映画を観慣れている人ほど、あの映画を推すんだよなあ。お子さんが生まれたばかりのMさんも「映画観終わったら、すぐに家に帰って子供を抱き締めたくなりました」
 唯一あの映画の辛いところは、独身者が観ると結婚したくなるという点だ。片渕監督はそういう映画を目指したということで納得がいくのだが、既に婚期を逃し一生独身であることを覚悟している人間が観賞したら、羨望か絶望で落ち込んでしまうのではないか。
「あっ。それから今月は年末進行なのでいつもより5日ほど早めに原稿下さい」
 ひええええええ。
 17時、祥伝社Nさんとゲラ修正。5分で終了。なんとNさん、手掛けた担当作家さんたちの売れ行きもよく社長賞を獲得したとのこと。ぱちぱちぱち。本当に僕の担当編集さんたちは表彰されたり出世されたりが本当に多い。
 何と「早稲田文学」からインタビューの申し込みがあったとのこと。ずいぶん格調の高い雑誌からお誘いがきたものだと、場違い半端なし。インタビュワーは俳優の谷原章介さん。谷原さんには「王様のブランチ」で拙著を称賛していたたいた縁もあって快諾する。
「ああ、そうそう。中山さんの日記、拝読してますよー。でもアレですよねえ。普段こうして話している時の毒舌を10倍くらいに希釈して書いてますよね」
 当たり前である。そんなもの無修正で発表したら、翌日には僕の死体が江戸川に浮かんでいる。
「それから今月は年末進行なので原稿は早めに」
 ひええええええええ。

12月8日

 執筆しながらスケジュールを考えていると、どうしても宝島社さんから依頼された法廷ミステリを今週中に仕上げるのは無理であることが判明。恐る恐る担当のKさんに連絡し、何とか締切を延ばしてもらう。何と言うか、こういう弁解をしている時の気分はまさしく多重債務者のそれであり、まるで自分が世界一カネや時間にルーズな人間のように思えてしまう。生きててすみません。ついでに同社の発行している『この世界の片隅に 公式アートブック』の在庫があれば売ってほしい旨を伝える(リアル書店もネット書店も品切れなのだ)。厚かましいにも程があり自分で言ってて嫌になるが、よくよく考えればこの図太さと厚顔無恥があったからサラリーマンも物書きも何とか続けたこられたのだと自己弁護。
 17時、某担当者さんよりゲラの一部修正の件で連絡あり。『自閉症』という言葉がまずいとのこと。僕は大学時代にそういう病歴の人たちと接する機会があり、自閉症といっても言動が多少派手なだけで至極普通の方々という認識が根付いていて、つい文中でさらっと記載してしまう。ストーリーや文章に関わることではないので削除したが、どうにも出版社さんは僕以上に差別表現に気を遣っている(僕が無頓着と言ってしまえばそれまでなのだけれど)。大体、物書きなんて大なり小なり心を病んでいる人が少なくなくて、たとえば自閉症ではないけれど同業者の(自粛)さんなどは、その日常の振る舞い自体が(四字抹消)で、担当編集さんも(大自粛)という話がまことしやかに伝わっているではないか。それに比べたら僕の無頓着さとか暴言なんてものの数ではないと思うのだがどうか。
 今日は弁解と自己弁護に終始した一日だった。

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