10月29日

 夜半に『笑えシャイロック』第四回分を脱稿。これも何とかKADOKAWAのHさんとの約束を果たした格好で、ほっと胸を撫で下ろす。撫で下ろした瞬間、猛烈な睡魔に襲われるが、まだ月内に「小説トリッパー」連載『騒がしい楽園』100枚を片付けなければならないので眠る訳にはいかない。急いで例のごとくエナジードリンク混合液を喉に流し込んでから執筆を再開する。
 それにしても、どうして各文芸誌というのは大抵月末が締切なのだろうか。どうせなら上手いこと50日とかに分かれてくれれば嬉しいのだけれど。

10月30日

 8時、妻が息子の部屋を掃除がてらチェックしてくるというので駅まで送る。これで明日まで僕は自宅の留守番である。
 話し相手がいないと執筆が噓のように捗る。『騒がしい楽園』をずっと書き続ける。何というかつくづく因果な商売で、執筆の時間とインプットの時間が両立しない(いや、きっと僕のスケジューリングが下手なだけなんだけど)。こんな具合でよく今の今まで二十六作も書いてきたものだと思う。過去から蓄えてきたストックがそろそろ切れてきたのかも知れない。最近とみにおもうのだが、小説や映画からのインプットはもちろんだが、それ以上に現実世界との関わりの方がはるかに重要なインプットなのではあるまいか。本来であれば文壇パーティーに足繁く参加し、同業者と飲み食いし、美術館などを巡り、もっともっと人と会い、もっともっと色んな場所に行かなくてはならないのに、執筆に時間を取られてしまう。
 しかし、執筆していないと禁断症状のように落ち着かなくなるし、どうすりゃいいのさこのわたし。本当に、他の作家さんたちは一日どんなタイムテーブルで仕事しているのかしら。6年やってきて分かったのだけれど、およそ普通の生活をしていたら物書き稼業なんて続かないと思うのだが。

10月31日

 妻が東京から戻る。開口一番、息子への非難で始まる。
「もうね、部屋入ってびっくり。ゴミ袋そのままだし、埃はうず高く積もっているし、ベッドの下にはレジ袋溜まっているし、いくら何でも放っておけないから掃除しだして、バスルームも見たんだけどヘドロが」
 食事中だったけれども我慢して聞き続ける。妻もようやく愚痴を全部吐き出して落ち着いたようなので、執筆に戻る。本来、「小説トリッパー」の締切は今日なのだがどうにも終わりそうにない。何せあと80枚もあるのだ。
 ふと気がつけば今日は10月末。今年もあと2カ月しかないではないか。
 冗談だとしか思えなーい思えなーいと歌いながら原稿を書く。
 20時、宝島社Kさんより『連続殺人鬼カエル男ふたたび』のゲラがPDFで送られてくる。5分で修正作業完了。電話連絡で修正箇所を伝える。
『えーっと、次でカエル男ふたたびの連載終わっちゃいますけど、もう一人の担当が嘆いていまして……』
 長年の付き合いなので言わんとしていることは大体分かる。
「じゃあ、次回から岬シリーズ書きます」
 Kさんは礼を言ってくれたけど、どうも掌の上で踊らされているような気がしてならない。

11月1日

『騒がしい楽園』の原稿を今日中に終わらせるのはどうも困難になってきたので、朝日新聞出版Sさんに断りの電話をいれて、締切を伸ばしてもらう。本当に最近はこんなことばかりで、つくづく自分の遅筆さに吐き気さえ覚える。
 本日より幻冬舎のWEBサイト「文芸ピクシブ」にて日記の連載がスタート。公開した旨を担当編集者さんに告げると、早速反応がきた。
『あんなことを口走った覚えはありません!』
『いくら何でもあの内容は』
『後生なので、あの部分は削除してください』
『もう、口も利きたくありません』
『修正を乞う』
『死んでしまえ』
 いやもう何というか非難囂々。
 ネットでの公開というのはかくも反応がビビットなのかと少し驚く。僕のことだから事実誤認もあるかと思うが、そういう時にはご連絡ください。修正に即時対応できるのがWEB連載のいいところ。

11月2日

 相も変わらず『騒がしい楽園』の執筆。一回で100枚というのは、ちょうど一章分を一回で書ききってしまうので筆が進みやすいという同業者もいるが、僕にはあまり関係ない。100枚というのはつまり掲載誌が季刊か隔月刊ということなのだが、これが月刊文芸誌の中に混じると、月ごとの執筆枚数に100枚から150枚の差が出てくることになる。これをスケジュール調整するのがひと苦労。理想としては月産枚数を550~600枚に固定できれば体調や睡眠時間も一定になると思うのだけれど、これもないものねだりなのだろうなあ。
 執筆の合間を利用して『悪い奴ほどよく眠る』を観賞。これは製作年が僕の出生年であり、もう半世紀以上前の作品なのだが、テーマもキャラクターも全く古びていない。音声もリミックス5.1ch TrueHDが収録されている。ストーリーはというと談合を巡る企業ものなのだが、まあサスペンスの釣瓶打ち。西村晃の顔芸だけで飯が三杯は食えるぞ。何というかステーキの上にフォアグラを乗せてキャビアをまぶしたような映画。こういうものを観て成長すると、そりゃあ平成のドラマが体質に合わなくなるのも自明の理。また、それがいいかどうかは別問題。
 ただ一つ言えるのは、こうした昭和のカネも時間もかかった贅沢な映画をリアルタイムで観ていた事実だけで物書きとしては大したアドバンテージになるということ。こればかりはロートルであるがゆえの特権と言えよう。べーだ。

11月3日

 知り合いの同業者さんが相次いで小説講座の講師をすることになった。僕も聴講生として参加したいのだが日程が合わなくて断念することになった(それ以前に、申し込んでも拒否られる可能性大なのだけれど)。何故、参加したいかというと講師の立場で〈才能〉についてどう言及するかを是非とも聞きたいからだ。
 以前、僕自身が小説講座の講師を再三依頼された際、固辞したのも僕ごとき若輩者が講師などとんでもないという思いもあったのだけれど、他にも以下の理由があったからだ。
 正直、才能というのはよく分からない。6年も物書きで生計を立てている僕自身、才能があるとは到底思えないからだ。しかし公募の新人賞で最終選考まで引っ掛からないのは、その人に才能がないからだと某編集者さんは断言した。
「免許証もないのにプロドライバーを目指すようなものですよ」
 つまり、夢を追うには夢を追うための資格が必要という理屈で、これはスポーツ選手や音楽家にも当てはまるから納得せざるを得ない。だがスポーツや音楽と違い、小説を書く才能というのは客観視がなかなかできない(そもそも客観視できるくらいの才能があれば予選など楽々通過できるのではないか)。
「どんな人でも小説が書けます」と言うのは簡単だが、小説講座に通う人の目的は「小説を書く」ことではなく「作家としてデビューする」ことだと推察する。そういう人たちもおカネを払って聴講に来ている訳だから、安易に希望を持たせるだけというのは実は詐欺商法に近いのではないか。「可能性の少ない夢を追っていると辛くなるから、さっさと諦めろ」と聴講生に宣告できない限り、講座に立ってはいかんと思うのだがどうか。

11月4日

 9時、懇意にしている市議会議員さんの訪問を受ける。
「市長から仕事の依頼があるので、中山さん宅の連絡先を先方に伝えてもいいだろうか」
 応諾すると30分後、市長秘書課から電話が入ってきた。
『実は今度駅前に新設する公共施設について銘文を考えてほしい。ついてはコンセプト等の説明が必要なので市長と面会してくれないか』
 従来、こういった公共の仕事はなるべくお断りしている。とてもじゃないが柄ではないからだ。しかし今回は使いを出し、連絡の可否を確認し、その上で依頼をしてくれている。つまり真っ当過ぎるほどの手順を踏んでいただいているのであり、そういうかたちを示されたからには会わない訳にはいかない。
 何を七面倒臭いと思われる向きもあるだろうが、仕事には内容のレベルに即した形式というものがある。SNSが縁で舞い込んでくる仕事、友人関係で引き受ける仕事もいいが、得てして依頼の形式と責任の所在には相関関係がある。固くて慎重な依頼は、責任の所在も固くて慎重になる傾向がある。
 しかし面会の約束をした後でふと考えた。
 市長にしても僕を推薦してくれたどなたかも、僕の著書は映像化された『さよならドビュッシー』だとか『贖罪の奏鳴曲』だとか『切り裂きジャックの告白』だとか『ヒポクラテスの誓い』とか、そういう人生に希望を見出せるような系統を読んだ上で、僕なんかに白羽の矢を立てたんだろうなあ。一方で『カエル男』だとか『毒島』とか書いているんだけどなあ。そっちを読んでたら、絶対に公共施設の銘文考えろなんて言ってこないだろうなあ。

11月5日

 きょうからまた東京。新幹線の中で一冊読もうとしていたら、何と1時間半も寝落ちしてしまった。もう死ぬかも知れない。
 東京事務所へ戻ると、神田神保町界隈が賑わっている。神田カレーグランプリが開催されており、会場となった公園はぎっしりと二十店もの出店が並んでいる。カレーの匂いしかしておらず、こういう場面でお祭りに加わらなかったら末代までの恥なので会場で三種類のカレーに手を伸ばす。至福。
 本を読みながら食えるものはないか――確かそんなような理由で神保町だけで五十軒近くのカレーショップが軒を連ねている。本好きカレー好きの僕にとって、ここはまるで天国である。で、その天国のような場所で地獄のような執筆生活を――と書こうとしたが、執筆は特に苦でも何でもないので、僕にはいいことずくめの街だったりする。妻からは「もっと広い事務所に越してくれればわたしも一緒にいられるのに」と注文をつけられているのだけれど、ここを引っ越すのが嫌で未だに躊躇っている。

11月6日

 頭が痛い。
 いや悩みがあるとかではなく(基本的に悩んだことがない)、純粋に頭痛がする。どうしようもないので執筆を中断し、そのまま椅子で小休止しようとした。
 驚いたことに目を閉じたのも忘れていた。気がつけばもう5時間が経過している。
 締切が過ぎているというのに、この体たらく。寝落ちしていた5時間がもったいなくてもったいなくて思わず椅子を事務所の窓から放り投げたくなる。
 おそらく自制心だけでは何ともならず、肉体が睡眠を必要としているのだろう。ふん、肉体の都合なんぞ知ったこっちゃねえ。例のごとくエナジードリンク三種混合液をがぶ飲みし、執筆に戻る。今日中に仕上げないことには、次の連載のプロット提出が目の前に迫っておるのだ。
 やはり50も半ばになると無理が利かなくなっているのだろう。僕としてはこのペースで何とかあと50年は保ってほしいのだが。もう死ぬかも以下同文(こんな風に、しょっちゅう死をアピールするヤツに限って長生きする。「遺憾に存じます」と口走る人間が絶対に責任なんか感じていないのと同じだ)。
 ふと開封しないままだった祥伝社さんの郵便物を開くと、中から単行本巻末の感想文とファンレターの束が出てきた。全て自著を購入いただき、直接筆を執り、封筒に入れ、切手を貼り、ポストまで足を運んで投函してくれた有難い手紙だ。単純だと思われるかも知れないが、こういう感想文は物書きにとって一番のカンフル剤になる。この一通がネット書評の数百以上に値する。
 現金なもので、発奮して原稿を5枚ほど書いていると次第に頭痛が治まってきた。何だ、やっぱり単純じゃないか。

11月7日

 11時、脱稿直後の原稿を送信して歯医者にいく。今日は歯石を取るだけなのだが、診察台に上って治療を待つ間に眠り込んでしまった。
「麻酔もかけていないのに寝ないでください」
 女医さんに小言を言われながら治療を終了。で、直後にこんなことを言われた。
「ああ、そうそう。そう言えばこの間テレビでカエル男の予告編を見ました」
いや、それはコミックが原作の、僕の作品とは全く関係がなくて。
「ええーっ、でもカエル男なんてそうそう誰もが思いつくような話じゃないでしょう? 中山さん、パクられたんですか」
 これについては同業者や業界関係者から散々色んなことを言われ、もう飽き飽きしていたから適当に話を合わせておく。自意識過剰はよくない。それでなくても最近少しおかしいのだ。昨日など駅の売店に売られている新聞で『中山七里確定』との大見出しがあり、いったい僕に何の嫌疑が掛けられているのかと近づいてよく見たら競馬新聞だった。
 14時、KADOKAWAのHさんより連絡あり。今回分の原稿につき、電話で修正の打ち合わせ。今回も煩わしい修正箇所はなく、いつも通り5分で終了。
「次回は主人公が窮地に陥ると嬉しいのですけど」
 連載五回目では時期尚早であり、次々回からそういう展開にする旨を伝える。主人公がピンチに陥るのは確かに面白いが、タイミングを間違うとスラップ・スティックになってしまう。
 15時、光文社K編集長・担当者Mさんと新連載についての打ち合わせ。こちらも内容確認だけだったため5分で終了(いいのか、それで)。話はなろう系に移る。水を向けてみると、どうやら光文社さんはなろう系に消極的な様子。
「やっぱりですねえ、わたしたち編集者は新人賞でデビューした新人さんを育てていきたいという願望がありましてね」
 昔かたぎと思う方もいるだろうが、僕はこういうスタイルが大好きだし、それこそが著名な文豪を輩出した原動力の一つだと思っている。なろう系に積極的だったり消極的だったり、バラエティに富んでいた方が業界は健全に思える。
「なろう系というのは、まあ持ち込みみたいなものなんでしょうけど、ウチでは受け付けてませんしねえ」
 最近、なろう系やラノベ系の作家さんがSNSやブログで「自分たちは差別されている」といった内容をアップしている。曰く出版社からの条件提示が著しく低い、曰く一般文芸の作家と扱いが全然違う、曰く夢見た印税生活はやっぱり夢でしかなかった――。
 こんなことは言っても詮無いことだが(どこでもそうだけど)、文芸の世界は決して公平ではない。もっと言えば、デビューしやすい門から入ってきた新人はやっぱりそれなりの扱いしかされない傾向がある。デビューしやすいということは、それだけ素人に近いということだからだろう。大体が文学賞なるものがあるのならそこに権威が存在する訳であり、権威が存在するところにヒエラルキーが発生するのは当然ではないか。

11月8日

 スケジュールの関係上、今日から2日間で「浦和医大法医学教室シリーズ」のプロットを作らねばならず、朝から身悶える。法医学ミステリーの第三作という訳だが、毎度毎度医療知識皆無の僕にとってこのプロット作りは難行苦行、どうやって二作分のネタを搾り出せたのか、今考えても不思議でならない。
 18時30分、〈翔山亭〉にて講談社Kさんとゲラ修正。原稿125枚もあったので10分もかかってしまう。その後はいつものように四方山話となるが、ふとペンネームについてこんなことを聞く。
「やっぱり憶えやすいペンネームが一番です。本人にも色々と思い入れはあるのでしょうけど、読者に憶えられないペンネームというのはちょっと」
 ああ、それはその通りだなあ。憶えにくかったり読みにくかったりでは、書店やネットで著作を検索することもできないものなあ。
 では、憶えやすいペンネームとはどんなものなのか。
「中山さんみたいに数字が入るのはいいですね。それから方角が入るのもいいです。東野さんとか西尾さんとか」
 東西南北一二三(トンナンシャーペイ ヒフミ)というのはどうだろうか。

11月9日

 椅子に座っていても一向にアイデアが浮かんでこない。こういう時は外出するに限るので、取りあえず新宿方面に向かってみる。小一時間歩いていても何も浮かばないので池袋へ移動。とにかくアイデアが浮かばない時の物書きの心境というのは、ちょっと表現しがたい。ただ単に追い詰められるとかではなく、担当編集者から罵倒され唾を吐きかけられるのではないかという絶望、これを境に仕事が全部切られるのではないかという恐怖心が付き纏う。しかし池袋界隈を回っても成果がなく、仕方なく事務所に戻ると、ドナルド・トランプが大統領選に勝利したとのニュースを知る。日経平均は一時1000円以上も下げ、日本中が本国アメリカよりも驚き慌てているといった印象。
 驚きの根幹には「どうしてアメリカが選りにも選ってこんな選択をしたのか」という思いもあるだろう。だがご存じの通り、かの国は多様でありそして惑うことも少なくない。ワシントンを動かしているような一部エリートならともかく、全体を俯瞰すればそれほど思慮深い民族とも思えない。何しろ平気でヘイトを口にする人間を大統領に選んだのだ。その国の政治家のレベルはその国の国民によって作られる。だから今のアメリカというのは、トランプと同レベルの国と考えた方が間違いが少ないように思う。いずれにしてもこれからの4年間は色んな意味で刺激的な年になるのだろうなあ――なんてことを考えていたら不思議や不思議。煮詰まっていたアイデアが一気に噴き出てきた。これで何とかなりそうな雰囲気。全く何が幸いするか分からないけど、取りあえずありがとうトランプ。

11月10日

 昨夜思いついたプロットを自身で検討してみたところ長編にはそぐわないことが分かったので、最初からやり直すことになった。畜生、くそトランプ(ひでえ八つ当たり)。気晴らしに映画や録り溜めしていた歌番組を観てみるが、やはり一向にいいアイデアが浮かばず。締切間近だというのに、時間だけが空しく経過していく。エナジードリンクを飲んでも床を転がっても、欠片さえ見えてこない。
 元より僕は続編が苦手だ。現在でも六つほどのシリーズを手掛けているが、それらは全て出版社の意向で続けているもので、自分からシリーズにしようと思ったことは一度もない。続編はキャラクターが確立しているから楽ではないかと思う方もいるだろうが、キャラクターが確立しているからこそ新しい魅力を引き出さなくてはならず、しかも第一作の焼き直しでは続編の意味がない。巻を追う毎に新しい切り口、そして世界観が深まらなければと思っている(もっとも僕だって、眼高手低の謗りを免れないのだけれど)。
 昼過ぎになって、ようやくテーマに沿ったストーリーを思いつく。これなら第一作第二作と被ることがない。多少は大味になるかも知れないが、そこは書き込みでカバーすれば何とかなるだろう――ということで、早速頭の中で一枚目から書き始める。

11月11日

 14時、『セイレーンの懺悔』著者見本が出来たとのことで、気晴らしも兼ねて小学館社屋に赴く。新社屋の2階受付で来意を告げるがどうにも話が噛み合わない。担当Mさんと連絡を取ると、先方は仮社屋で待ち合わせるつもりだったらしい。受付嬢の冷たい視線が突き刺さる。エスカレーターがとんでもなく長いので、転落して死のうかと思う。
 Mさんと合流しPVの編集現場にお邪魔する。やはりいい出来で僕は満足するが、「折角新刊紹介のPVを作っても、大抵は閲覧数が情けなくなるほど少なくって……」
 それで僕の方から、じゃあキャプションは〈中山七里逮捕!〉にしたらいいんじゃないですかと提案。
「い、いいんですか?」
「こういうのは目立ってなんぼです」
 言ってしまってから、本人がまた後悔する。ああああ。
 献本分を宝島社に持っていくと担当KさんとI局長が応対してくれる。ここで業界世間話と『カエル男ふたたび』の刊行について少々打ち合わせ。
「最近は本が売れなくてですねえ」
 I局長は僕と会う度にそう仰る。もはや挨拶代わり。いや、「タレーラン」が200万部も売れてるやないか!
「それから中山さん。ここで話したことは絶対に日記に書かないでくださいね」
 安心してください。
 この日記にも『作家刑事毒島』にも文壇ネタは満載しているが、本当に差し障りのあることは書いていない。書けば作家志望者や新人作家たちが悲嘆のあまり大麻に手を出すか首を吊るような話は山ほど仕入れているが、それを公開しないのが僕のせめてもの良心だと思っている。せめてものと言うか、毛先程度と言うか、まあほとんどないのだけれど。
 次に文藝春秋社に赴き文庫新担当のNさんに挨拶。同時に来春刊行予定『テミスの剣』文庫版のゲラを受け取り、2日後に返す約束をする。
 気晴らしのつもりが仕事を貰って帰ってきた。
 事務所に戻るとKADOKAWAのKさんより電話。
『深見真さんの新刊で推薦文を書いてほしいのですが……』
 僕の推薦など売り上げに何の寄与もできないと思うのだが、二つ返事で承諾する。何ということだ。結局、気晴らしにも何にもならなかったではないか。ぐおおおお。
 それでも何とかプロットを完成させ、祥伝社に送信しておく。これでも僕の1日は終わらない。続いて宝島社から依頼いただいた法廷ミステリー百枚のプロットに取り掛かる。尚、こちらはプロットを立て次第、すぐ執筆に入る。寝る間なし。さあ殺せ。

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