10月1日

 妻と娘3人で広島・宮島へ。3人が揃うことは滅多にないので、これを機会にと娘が計画してくれた。
 まず広島駅のレストランでカキ尽くしを味わう。旬ではないにしても(カキの解禁は2日後だ)やはり本場ならではの味。堪らん。宮島に渡り、商店街で更に焼きガキを堪能し続ける。ふと気づけば本日はカキしか口にしていない。昨夜のスッポンといい、そんなに精力つけてどうするつもりだ。
 決まっているではないか。ひたすら原稿を書くのだ。しくしく。
 実業之日本社Kさんより新連載開始にあたってコメントを寄越せとのメール。内容は著者近況ということなので、ピーク時14本の連載が10本に減り、大いに危機感を抱いている旨を認めて送信する。

10月2日

 人に会う用事があるため、広島で妻と娘と別れて一路東京へ。乗車して気づいたのだが、車両の連結部分に警察官やらSPが立っている。その一人にこっそり聞いてみると某政府要人が僕の隣の車両に乗っていたのだ。襟には〈SP〉のバッジがついているので間違いない。本物のSPに会う機会などそうそうないので、ここを先途と色々訊いて胡散臭がられてしまった。更にこういう場合、僕は不謹慎なのでついついその要人に接近して悪戯を仕掛けたくなるのだが、ここで逮捕されて明日の新聞に顔写真つきで載ってもつまらないのでやめておく。
 事務所に戻って執筆している最中、ふと来月から仕事がなくなったらどうしょうかと考え始める。妄想でも笑いごとでもなく、連載はある日突然休刊という形で終了するのだ。僕は一度だけそういう経験をした。
 連載中の原稿を書いていると突然ネットニュースでまさにその雑誌の休刊が伝えられた。編集者から事前の連絡がなかったので慌てて件の担当編集さんに電話をしたのだ。
「〇〇さん、今、貴誌休刊のニュースが流れているんですけど」
『またー、中山さんたら』
「ちょっとニュース見てください」
『はいはいっと……きゃあああああっ?』
 聞けば担当編集者さんはおろか編集長も休刊を知らされてなかったとのこと。しかもほぼ同時刻、この出版社に縁のあった七尾与史さんが同じ電話を別の担当編集者にしており『きゃああああああっ』。
 ただし、僕はこの一件でこの出版社が信用できると思った。本来、休刊の発表は編集部やライターには知らせないものだ(下手に知らせればライターのモチベーションが下がって最終号に穴が開く可能性が高い)。それが徹底できた出版社はさすがだと思った次第。
 とにかくこれだけ出版不況が続けば何事も盤石なんてことは有り得ないのだ。大体小説家ほど潰しの利かない職業はないのであって、再就職できるとしたら……やめた。これ以上書いたら同業者から刺される。

10月3日

 10時、三友社Mさんより原稿督促の電話。これはもう想定内のことだったので二日の猶予をもらって事なきを得る。僕の一カ月なんてこんなことの繰り返しだ。繰り返しだから慣れてくるし、締め切り間際になっても危機感が麻痺してしまってへらへらしていられる。もうこうなってくると末期症状なので、良い子は真似しないように。
 18時、六本木〈ウルフギャング〉にて海堂さん・一色さんと会食。僕と海堂さんは一色さんの年齢の倍以上になるため、三人の会話が噛み合うかどうか不安だったのだが、全くの杞憂に終わった。知性は時として年齢の壁を越えるという好例で(僕のは痴性)、まあ話が弾む弾む。世代的に僕と海堂さんはバブルを謳歌し半ば郷愁に近いものを持っているのだが、片や一色さんはバブル崩壊時に生を受けているので、育った外部環境がずいぶん違う。それでも同じ物書きというカテゴリーの中では共通点の方が多くなるのが不思議と言えば不思議。
 毎度のことながら僕と海堂さんの会話はどつき漫才の様相を呈してくる。話の途中からはしきりに僕のことを「変態」と連呼し始める。まさか僕の隠れた性癖まで知られているはずはないので(本当にそうじゃないんだったら!)、これは執筆態度のことを指しているのだけれど、よくよく聞いてみると乾緑郎さんや安生正さんまでが僕をそういう目で見ていたとのこと。そうか僕は変態だったのか。
 ただし海堂さんにしても、デビュー直後は最低でも年に二冊は上梓するべきだという意見。寡作のままでは生き残れないことは、周囲が死屍累々であるのを眺めていれば嫌でも気づく。五年もこの世界で生きていれば否応なく分かることであり、そうでない人は見て見ぬふりをしているだけだ。
 会話の途中、周りの席がいきなり賑やかになる。客の一人が誕生日だったらしく店のスタッフがハッピーバースディを唱和してくれるのだが、何と本日は三連チャン。祝される本人にしてみれば一種の羞恥プレイではないかと思うのだが、そこで一色さんが突っ込みを入れてくる。
「でも、誕生日を祝ってもらえるって嬉しいですよ」
 それはあんたが若くて女の子やからや。
 結局、この日も海堂さんに奢ってもらう。あああ、また一つ海堂さんに借りが増えてしまった。僕としては後輩の作家さんにペイフォワードしなければ顔向けができなくなる。どなたか今度、誘いに乗ってください。

10月4日

 新聞連載『護られなかった者たちへ』の執筆が佳境に入る。が、他の原稿ほどスピードが上がらないので苦心する。
 理由は明白だ。他の原稿は一枚が四百字に対して、新聞連載は九百九十字つまり四百字詰め原稿用紙換算で2.5枚であるため感覚の調整が難しいのだ。
 僕はプロットができた時点で一枚目の一行目から最終ページの最終行までをほぼ頭の中で作り上げるという手法を採っている。もちろん語句の一字一字までを正確にトレースする訳ではないが、マンガで言うところのベタとトーン貼りまでは終了しているので、いざ執筆する際には何の迷いもなく筆を進められる。昨夜の会食で海堂さんから変態扱いされたのも、実はこの部分だったりする。
 これを才能と言っていいのかどうかよく分からないが、培われた時期は紛れもなく中高校生の時分だろう。まだビデオが一般的でなかったころ、劇場で観る映画はそれこそ一期一会だったから、決して忘れまいと記憶に刻みつけるように観賞した。お蔭で観た映画についてはそれこそカット割りで再現できるようになったのだが、それが執筆に流用されているだけのことだ。
 ところがそれは四百字を一フレームとして初めて機能する手法であって、これが九百九十字となると、途端に齟齬を来たすようになる。早い話が緩急のつけどころが実際の原稿に書かないと計算できなくなるのだ。しかも新聞という限られたスペースの中での連載なのでどうしても九百九十字単位で話を構成しなくてはならず、かと言って無意味な描写や逆に必然性のない削除もできない。
 そしてこれは同業者の方なら分かってくれると思うのだけれど、掌編・短編・中編・長編によって書くのに要する筋肉が違ってくる。六年やってきて四種類の使い分けは辛うじてできるようになったのだが、新聞連載というのはまた別の筋肉を使わなければならないのだ。
 よくこんな仕事を九カ月にも亘って(しかもそのうち六カ月は夕刊との同時連載だった)続けられたものだと我ながら感心する。しかしそれもあと二日で終了する。最後の踏ん張りどころなので、ここは突っ走るより他にない。

10月5日

 17時、喫茶店にて「野性時代」のY編集長・Fさん・Kさんとゲラ修正ならびに打ち合わせ。ゲラ修正はいつも通り五分で終了するものの、今回の本題は「野性時代」での新連載についての打ち合わせである。現在KADOKAWAさんでは「文芸カドカワ」に『笑えシャイロック』を連載しているので、「野性時代」も引き受けるとなると一出版社に二本同時連載ということになる。しかもY編集長のリクエストが奮っている。
「●●●●●●賞を獲れるようなものをひとつ……」
 あんたもかい!
 新潮社さんといい角川春樹事務所さんといい、何か壮大な間違いをしているように思えてならない。
「やはり賞狙いということであれば単発もの。わたしとしては事件を核とした家族の崩壊と再生を書いてほしいですね」
 クックみたいものだろうか。
 ここでFさんとKさんからも注文が入る。
「骨太の社会派がいいです」
「もちろんエンタメで」
 三人のリクエストをじっと聞いている。さて、いったいどんな物語になることやら。
 出版社からのリクエストというのは取りも直さず受注である。逐一聞かなくては仕事として成立しないので、こちらは口を差し挟むことなくじっと黙っている。取りあえず年内中にプロットを提出して来年一月からスタートすることとする。
 するとFさんがにこにこして切り出した。
「えーっ、担当編集はわたしなので毎月15日と月末にお原稿をいただくことになります。どうぞよろしく」
 ……仕事があるのはいいことだ(でも、たまには断る勇気も持とう)。
 その後はいつものように業界裏話。各種文学賞について候補作が選定される仕組みを聞く。大変ためになったので、お返しに某作家さんの経歴詐称を耳打ちする。
 三人ともひどく驚いたようだった。当たり前だ。このネタは文壇広しといえどもまだ三人しか知らない特ダネなのだから。
 尚、修正した原稿はCD-ROMではなく紙ベースで欲しい旨を伝えておく。僕の頭の中にあるハードディスクはオンボロなので、初期情報は保存できても上書きができない。従って修正した部分は記憶に残らないのだ。
 そう説明するとKさんがぼそりと呟いた。
「中山さんの言ってることが全然理解できません」

10月6日

 何故か猛烈に秋刀魚が食べたくなり、近くの定食屋に駆け込む。たかがサンマ定食に八百八十円も取りやがってこの野郎と毒づきながら食す。あああやっぱり美味しい。折角の馬肥ゆる秋だ。こういう季節ものを食わずして何を食うというのか。
 15時になり、やっと『護られなかった者たちへ』を脱稿。やれやれ、これで九カ月続いた新聞連載もようやく終わりを迎えることができた。新人の物書きには色々と学ぶことの多い仕事だったなあ。多謝。
 続いて「Jノベル」連載『ふたたび嗤う淑女』に着手していると、小学館Mさんより電話。11月刊行の『セイレーンの懺悔』につきキャンペーン内容が正式に決まったとの報せ。どういう内容かと言うと、神保町を舞台に中山七里なる容疑者をパパラッチよろしくレポーターが追い掛け回すというもの。作品の中身をなぞるかたちで、しかも悪ノリした企画。これに乗らない手はなく、僕の方からは容疑者の知人も証人として出演させようと提案していたのだ(ほら、よくあるじゃないですか。『毎日きちんと挨拶するけど、とてもそんなことをする人には見えませんでした』とかいうアレです)。
 撮影するのはプロの人たちで脚本らしきものもあるという。これは商売っ気を抜きにしても面白い。ゲストにはあの作家さんとあの書店員さんを計画。さてさて、二人とも悪ノリしてくれればいいのだけれど。

10月7日

 もう3日前のトピックスになってしまったが今年も「このミス」大賞がめでたく決定した。今回は大賞が一人に優秀賞が二人。おめでとうございます。
 それにしても毎度「このミス」で感心するのは選考委員さんたちの選評である。ひょっとしたら受賞作本編よりも面白いのではないかと思ってしまう。
 受賞の連絡を受けると二週間後に選考委員との顔合わせなるものがある。従って大賞と優秀賞を獲った者は、目の前で四人の選考委員のやり取りを目撃しているので、最終選考会当日の様子を容易に想像することができる。大抵は茶木・吉野組と大森・香山組に票が割れる、茶木さんが半ば泣き落としで自分の推薦を優秀賞に捻じ込んでくるといった具合だ(今年も泣き落としがあったようだ)。
 とにかく四人とも小説には一家言ある方ばかりなので、言い換えれば小説に望んでいるものが割にはっきりしている。それは各々の選評に色濃く表れており、僕などは大いに参考になった。要はこの四人の趣味嗜好をねじ伏せてしまうような作品を投稿すればいいだけの話なので、傾向と対策が立てやすかったのだ。

10月8日

 事務所の前でまたぞろビル工事が始まり、休日だというのに朝からえらい騒音。そんな中でもしれっと執筆ができる僕は偉いのか、それとも鈍感なのか。
 13時、インストーラーのNさんよりメールが届く。書斎のドアを交換するに当たって天井のクロスも貼り替えることになり、プロジェクターやらサラウンドスピーカーやらの取り外しを依頼しておいたのだ。
 見積書の金額を見てぎょっとした。四十一万円也。すぐ電話で確認すると、プロジェクターの取り付け金具が老朽化している上、将来のシステムアップのためにコードを光ケーブルに替えた方がいいとの提案。
 前にも書いたがケーブルに凝りだしたらオーディオ・マニアとして末期症状である。もうどうしようもない。喩えて言うなら、お茶漬けに添えるワサビの量をほんのちょっと加減するのに数十万円を費やすようなものだ。無論、マニア以外の人間には意味不明の浪費でしかない。だから常識人の僕の答えは決まっている。
「それでお願いします」
 直後に、妻にこのことを伝えると電話の向こう側から暗い声が返ってきた。
『ドア交換の時、わたしがついでに寝室の壁紙を替えたいなんて言わなきゃ、こんな風にならなかったのに』
 当初、ドア交換だけなら百数十万で済んでいたものが、ついでに寝室や廊下、書斎の天井までクロスを貼り替えることになり、結果的に予算は当初の二倍以上に膨れ上がったのだ(どこかのオリンピック会場かよ)。
 しかし築二十年も経てばあちこちにガタがくるのは当然であって、家一件買い換えると思えばそんなに苦には……苦には……。
 仕方がないので妻を慰めつつ、原稿を書き続ける。ひい。

10月9日

 執筆の合間、ネットの投稿サイトなるものを覗いてみる。実は『作家刑事毒島』を読んでいただいた某編集者さんがこんなことを言っていたからだ。
「中山さん、予選段階の投稿作品をご覧になったことがないでしょう。最近はですね、一次落ちの作品を投稿サイトにアップする人が少なくないので、興味があったら覗いてみるといいです」
 何でも、投稿数六千近くを誇っていた電撃大賞の応募数が最近わずかに減少気味なのは、投稿者が「小説家になろう講座」や「カクヨミ」に流れているからだそうだ。つまりこうした投稿サイトで閲覧数が上位になれば出版社からお誘いがかかる可能性がある。それなら熾烈な大賞争いなどせず、ここに投稿しておいてデビューのきっかけを待つ方が賢明、という訳である。
 早速、両サイトを覗いた。が、5分もしないうちに撃沈、サイトを閉じた。「投稿サイトで才能を見つけるのは、鳥取砂丘で砂金を探すのに等しい」と言っていた編集者さんの比喩は的確だったと知る。
 後日、別の編集者さんに聞くと、最近は作家を目指すとかではなく、ただただ自分の作品が公開できれば満足という投稿者も多いのだという。さもあらん。それなら納得できる。この両サイトを眺めた上で『作家刑事毒島』を書いていたら、もっと過激な内容になっていただろうなあ。

10月10日

 連載『ふたたび嗤う淑女』脱稿。続いて『連続殺人鬼カエル男ふたたび』に着手。あっ、二つとも正統な続編ではないか。デビュー当時、あれほど続編を書く気はないと公言していたのに、気づいてみれば連載の半分は続編だったりシリーズものだったりする。何故だ。
 執筆をしていると某漫画家さんの不倫報道が流れて、少し考え込んでしまった。
 芸能人や政治家の不倫報道は何となく分かる。前者は「キャンペーンの時にはマスコミを呼んでおいて、自分のスキャンダルは隠したいというのは許せない」だろうし、後者は「パブリックな立場で不道徳な行為は報道に値する」のだろう。
 しかし漫画家や小説家はどうだろうか。仮にマスメディアの露出が多いとの理由で〈みなし公人〉に括られたとしても、基本的に裏方である物書きの不倫を知らされていったい誰がどんな得をするのだろう。ネタ切れというか何というか、なりふり構わない姿勢に見えるのは僕だけだろうか。もっと他に書くべきものがなかったのだろうか。ひと昔前、人気作家の浮いた話は山ほどあったが、そのころの週刊誌にはもっと慎みというものがあったように記憶している。作家の色恋が表立って話題になるのは、相手が人気女優だった場合に限定されていたのではないか(ただし「噂の真相」は除く)。
 具合の悪いことに、こうした不倫ネタを商売にしている週刊誌は大抵大手出版社であり、僕のクライアントでもある。これは気まずい。妙な比喩になるが、僕の前では聖人君子だった仕事相手が、別の場面では品のない出歯亀になっているようなものだ。
 そしてこれは取材している当人の話になるのだけれど、以前、著名な芸能レポーターが「そんな覗き見みたいな仕事をして恥ずかしくないのか」と問われた際、「需要がありますから」と答えたことがある。僕はそれを聞いた時、麻薬売買で捕まったヤクザが法廷で同様のことを裁判官から尋ねられた時、「欲しがっている客がいるので」と答えたのを思い出した。合法か非合法かの違いだけで、両者はともに「需要があるから仕事として成立している」という理屈だ。
 だが需要だけが職業の成立要件なのだろうか。そこに「自分以外の人間を幸せにする」という要件はないのだろうか(件の漫画家さんの不倫報道で、彼に嫉妬していた人間は溜飲を下げるかも知れないけれど、それを幸せとは呼ばないと思う)。無論、芸能レポーターの一人一人は愛すべき人たちなのかも知れないが、どうにもその仕事自体を好意的に見られない。これは僕が狭量なせいなのだろうなあ(いや、こんな綺麗ごとを書いているが、実は僕自身の悪行を嗅ぎ回ってほしくないから牽制しているだけの話なのだ。何しろ僕の悪行といったら浮気やら不倫やらクスリといった謝れば済むような話ではなくて……)。

10月11日

 10時、日比谷スカラ座にて『ジェイソン・ボーン』を観賞。三部作の後にスピンオフとなり、実質仕切り直しとなったシリーズ五作目なのだが、いやあ目が回った。何しろ手持ちカメラの撮影部分が揺れに揺れ、画角一杯で観ているとちょっとした船酔い状態。
 こういうものを観るとシリーズものの難しさというのがよく分かる。僕が可能な限りシリーズもの・続編を避けたがっているのは映画でその困難さを嫌というほど学んでいるからだ。他の作家さんたちは、いったいどんな工夫でそれを乗り切っているのかしらん。
 帰宅して執筆を再開していると「自民党、領収書に金額記載をするよう所属議員に通達」とのニュースが流れる。つまり今までは金額空欄の領収書が大手を振ってまかり通っていたということである。高市総務相が「法的に問題はない」と発言した直後の通達なのだが、まあ金額の記載されていない領収書など領収書とは言えないことは誰でも知っている訳で、こんな人たちが政治の舵を握っていると思うと笑い出したくなる。
 そんなもの、法律以前の問題ではないか。そして、こういう問答をいつもいつも繰り返しているから国会議員は〇〇(ピー)だと言われているのが、まだ分からないのだろうか。

10月12日

 10時50分、パソコンの前で寝落ちしてしまい、歯医者に遅刻する。予約確認の電話で叩き起こされるという一番みっともない有様。慌てて直行する。
 恐縮しながら診察台に上ると女医さんは、
「今日は少し覚悟してください」と言い放つ。言葉通り、麻酔をしていても(目隠しをされていて周囲の状況も分からず)何やら深刻な治療をしている様子。
「とにかく膿という膿は全部出してしまいますから」
「あっ、しまった。つい唇を切ってしまいました」
「ががががががががが」
 治療を終えてうがいをすると、眩暈を起こしそうなほどの血が。血が。血が。
「鼻につながる部分まで治療したので、今夜うっかりすると鼻血が出ますけど驚かないでくださいね」
 事務所に戻って執筆していると、何やら鼻がむずむずするのでくしゃみをしたところ予告通り鼻から大出血。キーボード周りは辺り一面血の海。
 おおお、何だか結核に冒された昭和の文豪みたいでカッコいいではないか――なんて馬鹿な感慨は一瞬で吹き飛び、ひたすらディスプレイとキーボードの洗浄に勤しむ。
 その時、まるで見計らったかのように妻からメールが届く。
『壁紙の張り替えが終わったら、家じゅうすごくスタイリッシュ!』
 そうか、実は僕のパソコン周りも今すごくスタイリッシュなんだ。

10月13日

 11時、いつも気にしているものの通り過ぎてしまうラーメン屋に入ってみる。具の多さと脂っこさで名を馳せるチェーン店であり、いつも写真を見るだけで腹一杯になっていた店だ。今回行こうと思い立ったのは、前々日その店の券売機が破壊されて中の現金が奪われる事件があり、いつも通り過ぎているので微力ながら売り上げに貢献したいと思った次第。
 甘かった。
 まず同店には長年からのファンが大勢おり、僕のようなニワカがいなくても充分に間に合っているという現実。そしてやっぱり量と味の濃さが半端ではなく、完食はしたものの六時間ほどはずっとニンニクの臭いが口に残ってしまったこと。もちろん美味しいのだが、人と会う前に食べるような代物ではなかった。
 18時、三省堂池袋本店で知念実希人さんのサイン会があるというので出掛ける。対象書籍を購入して三階で暇潰しをしていたら、そこで知念さんと祥伝社・実業之日本社の担当編集者さんと鉢合わせ。両社と仕事をしていることを口実に、バックヤードまで同行してしまう。何という図々しいヤツだろう。
 知念さんが必死にサイン本を作っている後ろで僕は馬鹿話をして邪魔をする。だが知念さんも手を動かしながら馬鹿話に参加してくれるので、ついつい面白がってしまう。
 事務所に戻ってみると、今年のノーベル文学賞がボブ・ディランに決まったニュースを知り大笑いする。快挙ではないか。いつも思うことなのだけれどスウェーデン・アカデミー協会は本当に懐が深くて、だからこそ常に世界の注目を浴びるのだろうなあ。

10月14日

 10時、喫茶店にて三友社Mさんと最終回分のゲラ修正。
 最終回は編集部の女性が読んでいて変な声を上げたとのこと。こちらはそうなるために仕掛けを仕込んでおいたので満足。掲載紙も十四紙を超えたというので、まあまあのヒットといったところか。
 ゲラ修正はいつものように五分で終了。するとMさんの方から「あとがきを書いてはどうでしょう」と水を向けられる。聞けば新聞連載を終えた時点で多くの作家さんがあとがきを掲載しているとのこと。
 僕は速攻で断った。大御所や人気作家ならともかく僕のような駆け出しが書くあとがきなんて恥晒し以外の何物でもないからだ。
 あとがきについては少し苦い思い出がある。デビュー直後、やはり同年デビューした作家さんが文庫版であとがきを書いていたのだが、これがどうにも読んでいて居たたまれない。早い話が罰ゲームのように思えてしょうがなかったのだ。
 あとがきというのは、要するにメイキングである。よほど売れた作品もしくはよほど有名な監督作品ならともかく、そうでない作品のメイキングを見せられても白けるだけではないか。もっと身も蓋もないことを言ってしまえば、売れない作家のあとがきなんてただのマスターベーションに過ぎない。僕はそんな代物を書きたいとも思わないし、読みたいと思う読者も少ないだろうに。

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