9月20日

 台風が接近しているせいで朝から大雨。気候に関係なく仕事を進められるのが自由業の数少ない特権の一つ。低気圧で頭が痛くなる人も多いそうだが、こちとらそんな繊細な神経は持っちゃいねえや。
 12時30分、かかりつけの歯医者に赴くと、いつもカウンターに置いてある僕の著作が二冊ほどなくなっている。先生に理由を訊ねると、
「中山さんの本を置いていたら、患者さんから貸し出しの要望がありまして。好評なんですよ」
 いつの間に歯科医院が図書館になっている。
 執筆途中で妻より電話あり。
『税理士の先生と話しているんだけど、例の十万円のフィギュア、経費に落とせるかどうか微妙なんだって』
 とにかく、それを見ているだけで創作意欲が湧く、としか言いようがない。いや、これは本当なんだったら。言い張るんだ、自分。
 19時、山の上ホテル〈鉄板焼ガーデン〉にて幻冬舎M編集局長・Tさんと会食。会食といってもただ食べるだけでは済まず、そこはきっちりとビジネス。食べている最中に『作家刑事毒島』続編のオファーをいただく。
「今度は毒島が刑事を辞めるきっかけになった事件が読みたいです。あっ、今度は長編がいいですね面白いですよね『毒島最後の事件』なのにエピソードゼロって犬養とのバディなんて最高あんなアクの強い毒島と渡り合えるくらいだから犯人もレクター博士くらいの人でないと駄目ですよねよろしくお願いします」
 いつもの通り、リクエストは全て反映させる。こういう場所でご馳走してくれるという時点で既に契約済みというのが双方暗黙の了解だ。「胃袋を摑まれた」などという下品な言い回しもあるが、所詮こちらは下請けなので人殺し以外なら何でもしなければならない。これが仕事というものだ。
「プロットは来月にでも」
 さすがにそれは勘弁していただき、十一月提出を約束する。この時点で新年からの連載本数がぼんやりと頭に浮かぶが、考え始めると恐怖心に襲われるので忘れたふりをする。
これが仕事というものだ。

9月21日

 8時40分、新宿ピカデリーにて『聾の形』を観賞。心に刺さる映画だなあ。何気ないシーンなのに、僕を含めた観客が息を詰めて緊張しているのが肌で分かる。原作に忠実なのにこの時間に纏めているのは見事。舞台は大垣市で、原作ではよく分からなかった名所も映画の方では(大垣市とのタイアップなのか)「ああ、あそこか」と瞬時に思い出せるようになっていた。市内にあっても低い建物、街中の至るところに流れる川、田園風景の中の通学路。 
 今年はいい映画が多くて本当に幸せ。エンドロールを見ていたら〈法務担当〉というセクションがあったことを知り、深く納得する。聴力障害を扱った物語であり、ともすれば作品のテーマよりは、枝葉末節に要らぬツッコミが入りかねない映画なのだ。その点だけでもこの映画化は称賛されていい。
事務所に戻って執筆がてら作家さんたちのツイートをチェックしていたら、島田荘司さんがこんなことをボヤいておられた。
『「編ミス」はもうダメだなあ。誰も書かないよ。書きあがった人は新潮A氏、講談社A氏の2人のみ。言いだしっぺの原書房ラビット氏も待てど暮らせど原稿来ない。ぼくが忙しすぎて、R氏に任せきりもまずいのだけどね。それに較べて「福ミス」は水準高いなあ。今年も1作のみ選出というのは無理かもね。』
 編ミスというのは読んで字のごとく編集者さんにミステリーを書いてもらおうという企画なのだが、この島田さんのボヤきを綾辻行人さんが煽る。
『「編ミス」は楽しみにしています。島田さんのあの、傑作檄文も拝読しています。……にしてもやはり、各社編集さんにはプレッシャーが大きすぎる気が……(苦笑)。』
『いやもう、こりゃ駄目ですよ。みんな逃げまくりで、綾辻さんからも何か言ってやってください。作家をせかすばかりが編集者の仕事じゃないです。自分で、状況の盲点を衝く、鋭い短編のひとつも書いてみせないとね~。なんて言うからみんな逃げるのかしらん。これ以上逃げるなら、もう原稿やらないからな。』
 思わずにやにやと笑ってしまった。それは確かにプレッシャー大きいよなあ。
 ちょっと前まで編集者が作家に転身することはさほど珍しくなかった。生島治郎さんや都筑道夫さん、最近だと三津田信三さんや折原一さんとか。ただ私見になるのだけれど、こういった転身組の作家さんたちは本来作家になるべきだった人が間違って編集者になっていたのが実際ではないだろうか。というのも作家に求められている資質と編集者に求められている資質は全く別物と僕は考えているからだ。第一、全ての編集者さんに作家の才能があるなら、僕なんて枕を高くして眠れないではないか。

9月22日

 本日より「文芸カドカワ」の連載『笑えシャイロック』の執筆に移行。十枚書いたところで小休止。横溝正史『貸しボート十三号』を読む。
 所謂「金田一シリーズ」は僕の聖典である。角川ブームの起こった昭和五十年代、中学三年だった僕は、それこそ貪るようにしてこのシリーズを読み耽ったものだ。よく言われることだが、中学の時分に夢中になった趣味やら嗜好やらはそのまま成人になっても続くことが多い。僕などその典型的な例だろう。最近になってからまた熱がぶり返し、このところは一日一冊のペースで再読している(仕事せえ、仕事)。
 横溝さんの文章は独特で、何というのか幻惑効果がある。最初の一ページを読んだだけでどっぷりその世界に引きずり込まれてしまう。こういうものを十五歳当時に読んでいたのが僕の資産になっている。その頃から一日一冊読むのが習慣で高校でも継続していたのだが、ある日担任から「そんなものは大人になってから好きなだけ読めるので、今は勉強しろ」と忠告された。もし、その忠告通り読書をやめて勉強ばかりしていたら、おそらく中山七里という物書きはこの世に存在していなかっただろう。
 基本的に僕は教師の忠告や助言など馬耳東風で過ごしてきたが、今になってつくづく正解だったと思っている。

9月23日

 10時30分、喫茶店にて小学館Mさんと『セイレーンの懺悔』ゲラの最終確認。一時間で終了。予定していた新井ナイトで撮影の許可を提案する。これは別に僕のアイデアではなく、深夜番組でキングコングの西野さんが当の新井さんに提案していたことである。なるほどと思ったので、すぐ乗っかった次第。つまり来場者にどんどんSNSで拡散してもらおうという試み。こうしたイベントでは大抵撮影不許可なのだが、一律不許可というのも変な話で、トークする本人さえ支障がなければ構わないと思うのだがどうか。その他キャンペーンについては別途企画があり、結構楽しみ。
 15時、実業之日本社Kさんとゲラ修正。5分で終了。作中で使用されたトリックについて質問するが、全く見当もつかなかったとのこと。よかった。編集さんの段階で丸分かりのトリックなど、お客さんに出せる訳がない。話の途中で売れる作家と売れない作家の話に及ぶ。まだ六年目だが、それでも沢山の作家さんの話を聞いた僕はこんな比較をしてみる。
「売れる人は期限に拘り、売れない人は完成度に拘る」
 これは作家に限らず、どんな職業でもそうだと思う。
 16時45分、角川春樹事務所に赴き、角川社長と歓談。何と言っても立志伝中の人物であり、こちらの緊張度合も半端ではない。
「とにかくですね、ハートウォーミングなミステリーをお願いします。今はラストがほっとする小説が望まれているんですから」
 僕にしてみれば難問のリクエストだが、これはもうやらねばなるまい。中学生の時分から憧れていた人からの依頼だ。これを果たさなきゃ物書きになった甲斐がない。とにかく、客が持ち込む難問をイケメンの主人なり美人の女店主がたちどころに解決、なんてのは他の作家さんが死ぬほど書いているから、今更僕が同じようなものを書く訳にはいかない。さて、どうしたものやら。
 レストランに場所を移して歓談の続行。僕は比較的辛うじて少しは申し訳程度にぼそぼそと遠慮がちに喋る方なのだが、角川さんは桁外れでもう次から次へと言葉が出てくる。しかも出版界事情から政治に関わるあれこれまで、この日記には書けない話のオンパレード。思わず僕は周囲を見回して警戒したくらいだ。こんな話、表に出せるものか。
 すっかり満喫し、角川さんとお別れした後、同席していた担当Nさんがぼそりと呟いた。
「いやあ、普段はあんなに喋らない方なんですけれどね」
 それを聞くと、ちょっと嬉しくなった。

9月24日

 6時、一番の新幹線に乗って岐阜に帰る。帰宅するなり業者さんがやってきて壁紙の相談。オーディオ・ルームのドアを新調するにあたり、ついでに家中の壁紙も交換してしまいましょうと、妻が話を進めたのだ。
「寝室はねー、ヨーロッパ風にしてー、廊下はー薔薇の模様にしてー」
 僕の方は書斎兼オーディオ・ルームさえ自分の好きにさせてくれれば何の文句もないので、放っておく。しかし、こちらもドアを枠ごと取り換えるため、やはり全ての壁紙を交換しなくてはならない。工事中になる訳で、その間の執筆はキッチンで行うことになる。僕は大抵の場所で執筆できるのだが、妻がテレビを観ていたり料理中だったりする中、果たして仕事が捗るのだろうか。これはなかなかに興味深い実験ではないか。締め切りが遅れる理由にもなるし。
 夕食は一年ぶりに鮎の塩焼きをいただく。清流沿いに生まれ育った者にとって、鮎はソウルフードだ。これを食わなきゃ秋を迎えられない。

9月25日

 顔が痛い。
 今朝、鏡を覗き込むと右半分が腫れぼったい。
「まーた、花粉アレルギーでしょ」と妻が半ば呆れたように言う。何も怖くないが(正直に言うと出版社と締切と税務署は怖い)、この花粉アレルギーには毎年悩まされている。身体が重く、頭も重い。執筆が捗らないので、いっそのこと横になる。今日は仕事にならないので、おとなしく書斎で映画を観倒す。

9月26日

 顔の腫れはまだ治まらない。朝一番で耳鼻科にいくと、先生は僕の顔を見るなり、
「ああ、これは溶連菌だわ」と、すぐさま診断を下した。
 細菌の一種が体内に侵入して細胞を食い散らかすのだが、本来は幼児からの接触感染で伝染るのだという。別にロリコンの気はないので訝しがっていると、幼児に感染した大人、たとえば母親からの接触感染もあるという。いやいや、僕は熟女趣味もないのだけど。
「電車で幼児と同じ車両に乗り合わせても感染する時があるんですよ」
 それなら身に覚えがある。
 専業になってからというもの、複数の編集者さんから「移動する際にはタクシーを使ってください」と言われているのだが、どうにも私用でタクシーを利用することに躊躇があり、目的地まではもっぱら徒歩か電車で移動している。とうとうそれさえも許されなくなったということか。
 とにかく放置しておくと猩紅熱のように顔がぱんぱんに膨れ上がるところだったという。くわばらくわばら。現段階ではクスリで治せる程度だったので、ほっと胸を撫で下ろす。
 家に戻るとKADOKAWAのFさんより原稿の督促メールが届いている。理由を説明して一日だけ待ってもらうことにする。
 こういう我がままができるのも、全て締切にサバを読んでもらっているからだ。僕は世の中で一番自分を信用していない。だからデッドラインぎりぎりを伝えてもらっても守れる自信がないので、いつも担当編集者さんには「お願いなのでサバを読んでください」と懇願しているのだ。
 そして大抵の場合、依頼された編集者さんは「普通、作家さんは逆のことを頼んでくるんですけどねえ」と変な顔をする。

9月27日

 鏡を見ると腫れはいくぶん引いたものの、それでも頬だけ膨らみが残っているので、何というか気分はもう宍戸錠。
 本日は朝から壁紙の張り替え工事。書斎の隣で工事の音がするものの、東京事務所周辺の騒音に慣れてしまったせいかさほど気にならない。喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。
 午前中に何とか『笑えシャイロック』を脱稿。すぐさま『護られなかった者たちへ』に移行。工事中で下手に書斎から出られないため、異様に執筆が捗る。これが先輩諸氏の味わったカンヅメというものか。意外に効果あるなあ。
 執筆の合間にニュースを見ていると興味深い話題にぶち当たった。ニューヨークで人気のレストランが口コミサイトで「注文してから料理が出てくるのが遅い」と低評価を受けていたため、店の人間が高評価だった十年前と店内の様子を比較してみたという記事である。結果、判明したのはほとんど客側の都合で時間がのびのびになったという事実。

・メニューも開かないうちに携帯電話で各々写真を撮ったり、スマホを弄ったりしている。
・WiFiが接続できないとウェイターを呼び、無駄に時間を使う。
・メニューを開いても片手で端末を弄り続けているので注文を決めるのが遅れる。
・料理がきたらきたで、またもや写真を撮る。
・食事中、全員を収めた写真を撮ってくれとウェイターに要求する。
・その写真はイマイチだと言って更に撮り直しを要求する。
・そういうことをしているので当然料理が冷める。客が温め直しを要求して更に時間がかかる。
・常に電話を弄っているので、食べ終わって伝票を要求するまでに平均20分、伝票が届いてから支払いを終えるまで十年前よりも15分余分にかかる。

 まあ、これなら時間がかかって当然だろうなあ。そう言えば、以前ある映画の試写会に行った際もひと目で業界人と分かる招待客は上映中にも拘わらず平気でメールチェックをしていたなあ。最近では歩きながら、自転車に乗りながらにスマホを弄っている人も多いしなあ。
 皮肉でも何でもなく純粋に思う。みんな、携帯電話やスマホを弄っていないと死ぬのかしらん。少なくともそれくらい必死に見えてしまうのだけれど。

9月28日

 たまには炊き込みご飯でも作りましょうと、妻がタコ飯を炊いてくれる。絶品。醤油とごま油をかけ焼きおにぎりにすると更に絶品。のろけになるが、やはり料理上手な奥さんを持つと幸せだ。家で美味しいご飯が待っていると思えば亭主は真直ぐ家に帰ってくる。浮気なんてしようとも思わなくなる。しかしこれも相手が出版社と同様、「胃袋を摑まれた」状態と言えなくもないか。
 13時、KADOKAWAのTさんから電話。先日放映した『刑事 犬養隼人』の平均視聴率は9.7パーセント。同時間帯二位なれど健闘したとしてテレビ局さんは喜んでくれたらしい。ただし、これはよくあるパターンだが、原作のストックが枯渇した場合、犬養のキャラクターを借りてオリジナル脚本で制作する案も考慮してほしいと打診があったそうだ。うーん、犬養シリーズだけ連発できるような環境ではないのだけれど、オリジナル脚本でやった場合、KADOKAWAさん側に利益がなければ何の意味もないしなあ。困った。
 15時、小学館のMさんより『セイレーンの懺悔』についてのPR案が送られてくる。これによると突撃レポーターに扮した女性がパパラッチよろしく中山七里を神保町で追いかけるとの内容。ホント、色々アイデア出してくれるなあ。悔しいので知り合いの作家さんや書店員さんを巻き込んではどうかと提案しておく。こういうのは楽しんだ者の勝ちだ。

9月29日

 引き続き『護られなかった者たちへ』執筆続行。今回が最終回なので伏線の回収に回る。ミステリーを書いていて一番楽しいのは、この回収作業だ。何というか収穫の愉しみとでも表現すればいいのか。
 同業者さんのツイッターを覗いてみると「量産か寡作か」という話題が飛び交っていた。執筆量というのは作家さんの作風にもよるし、僕ごときがどうこう言うことではない。
 ただし僕の事情を言えば、やはりデビューして名前が出ている時に量産しなければいつ量産するのだという考えがあったので、とにかく注文がくればその場で承諾し、何が何でも一年に最低四冊、できれば六冊というペースを守ってきた。粗製乱造の心配は全くしていなかった。スタート時点で下手なことは自分で分かっていたので、書けば書くほど上達すると信じていたからだ。
 一年に一冊、それが理想的だという作家さんもいる。確かに一年間をその一冊だけに注ぎ込めば傑作も書けるに違いない。その傑作がハードカバーで初版二十万部も売れれば生活にも困らないのだが、しかしそんな作家さんが日本に何人いるのだろうか。
 一年に一冊、その一冊が読者にとって生涯忘れ得ない一冊になればいい。しかし年間に三百人もの新人作家が誕生し、懸命に書いたデビュー作を上梓している。その三百冊に埋没しはしまいか。
 一年に一冊、しかし書店には一日に二百冊もの新刊が並ぶ。その本が平台に置かれているのは何カ月だろうか、何週間だろうか。いや、そもそも平台に置かれるのだろうか。
 そういうことを考えれば考えるほど僕は怖くなって原稿を書かかざるを得ないのだ。

9月30日

 娘に会うために妻と大阪へ向かう。妻は娘としばし買物を愉しみたいと言うので、僕は京都で降りて単独行動。
 京都駅から市バスに乗って阪急桂へ。ここは大学から八年間を過ごした第二の故郷なので感慨深い。バスを降りるとはや京都弁が耳に飛び込んでくる。妙な話で、ここにくるとこちらの話す言葉もいつしか京都弁に戻っている。やはりアクの強い方言なのだと思い知る。社会人になってからも四年間、この地で好きなものを食べ、好きな映画を堪能し、そして死ぬほど本を買い漁った。誰からも束縛されず、自由気ままに過ごし、ひょっとしたらずっと住み続けるのかも知れないと思った。ところがある日、実家の父親が体調を崩し、急遽岐阜に呼び戻されたのだ。あれから約三十年、かつて住んだ街は変わらぬものと変わったものが混在している。さて、かく言う僕は変わった方なのか、それとも変わらない方なのか。
 懐かしさを満喫した後、17時30分に大阪本町のスッポン料理屋で旧友と会食。何故にスッポン料理かといえば別にこれで精力をつけて夜の街に繰り出すとかそういったことは全くなく、ただ今まで一度も食したことがなかったので、話のネタにしようという動機。両生類は大抵そうなのだがあっさり味で美味い。それより何よりコラーゲンがたっぷりで精力剤云々よりは美容食といった印象が強い。腹一杯食べてから娘のマンションに転がり込み、娘の机を奪い、原稿を書く。

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