村上春樹氏は『村上さんのところ』で読者の質問(メール)にこんなコメントをしています。
「僕は一時期、藤沢周平さんの小説にはまりました。ずいぶん読みましたよ。面白いし、文章もうまいし。戦後の日本の小説家の中では、安岡章太郎さんと並んで、いちばん文章のうまい人じゃないかな」

 村上作品とはまるでジャンルの違うところから挙がった名に戸惑いを覚える方もいらっしゃるでしょうね。藤沢ファンのぼくには何の異論もなく、さすが村上春樹、お目が高い、といった印象ですが、ともあれ「名文を真似る」と銘打ったこのシリーズ企画は、手始めに藤沢作品を取り上げたいと思います。

 藤沢作品はひと口に時代小説といっても藩士や市井の人々の哀歓模様をさまざまに描いて、手に余るほど豊潤です。
「崇高な人格に敬意を惜しむものではないが、下劣で好色な人格の中にも、人間のはかり知れないひろがりと深淵をみようとする」(未刊行エッセイ集『帰省』)と氏自ら言う通り、人間の表も裏も見事に描いてみせます。
 ですが、藤沢氏が描く「濡れ場」には、どういうわけかどんな作家のものより関心が募りました。今でいう「不倫」の男女を藤沢氏が描けばどうなるのか、などと思ってしまうのは、「平凡」が一番という生活信条や風貌に実直な人柄を感じて、情交の場面など苦手なのでは、と勝手に思い込んでいたせいでしょうか。

 そんなわけで江戸の町人社会を舞台にした『海鳴り』は興味津々でした。
 江戸期、四十代半ばというのはすでに老いを意識する年齢ですが、紙問屋の小野屋新兵衛は男としてやり残したという思いを抱いての四十の坂でした。あとはただ老いて朽ちていくばかりか…。そんな新兵衛が想いを寄せていったのは、やはり同業のおかみ、おこうです。三十半ばを過ぎて家での居場所を失い、彼女もまた虚ろな心を抱えたままの日々だったのです。

 やがてふたりは危険な逢瀬を重ねます。この時代、有夫の女と通じた男はさらし首、女は死罪です。しかし女は強い。いつだって。「もう、これっきりですか」―山口百恵の歌に出てきそうなおこうのこの一言が新兵衛の心をつかまずにはおきませんでした。

 「新兵衛さん、待ってください」
 押し殺した声で言うと、おこうは新兵衛の手をおしのけて畳にすべり降りた。そしてあわただしく裾を合わせて坐ると、半ばとけて畳に流れている帯を手もとに引き寄せた。帯をつかんだまま、おこうはうなだれている。
 息を殺して、新兵衛はおこうを見まもった。すると、おこうの手がまた動いた。おこうは身体から帯をはずして畳んでいる。そしてきっぱりと立つと、夜具のそばに行った。
 おこうはそこで、さらに腰に巻きついている紐をはずし、着物を脱ぎ捨てると、長襦袢だけになった。その姿のまま、新兵衛に背をむけてひっそりと坐った。新兵衛は立って行くと、跪いて背後からそっとおこうの肩を抱いた。こわかったら、ここでやめてもいいのだよおこうさん、と新兵衛が思ったとき、おこうが振り向いた。おこうは奇妙なほどにひたむきな顔で、手をのばすと新兵衛の羽織の紐をといた。

 ふたりの関係はほのかな光のあとに深い闇をひろげていきますが、この小説の文庫(文春文庫)を解説した丸元淑生氏は「新兵衛さん、待ってください」に続く十行あまりの文章を「おそらくわが国の小説史に残るであろう比類のない美しさをもっている」と記しています。

 文章上達の極意について、丸谷才一氏は「ただ名文に接し名文に親しむこと」(『文章読本』)と書いています。歴史小説の第一人者であった吉村昭氏は、優れた作品の筆写を体験的に語っています。要は「真似るは学ぶ。名文を真似て盗め」というわけです。

 まずは先の藤沢氏の文章を書き写してみてください。段落の取り方、句読点の打ち方といった文章上の約束事のほかに、繰り出される短い文章、動作だけの的確な描写。何ら心情吐露はなく、説明もありませんが、ひとたび決断すれば死をも恐れず裸身をゆだねる女の心情が、息づかいはもとより、衣擦れの音まで聞こえてきそうな臨場感と一緒に伝わってきます。

 以下、真似て学ぶべき点を三つにまとめておきましょう。

①抑制の効いた文章こそが伝わると心得よう
②心情説明は不要。何より描写
③名文は書き写そう

 少し付け加えておきます。筆写して名文を真似ても自分は自分、他者には絶対になれません。心配しないで真似てください。小林秀雄氏も「模倣は独創の母である。ただ一人のほんとうの母親である。(略)模倣してみないで、どうして模倣できぬものに出会えようか」(『モオツァルト』)とおっしゃっています。

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