第1回 芥川賞の力

「もし芥川賞をとれたとして、それからどうなるんですか?」と天吾は気を取り直して尋ねた。
「芥川賞をとれば評判になる。世の中の大半の人間は、小説の値打ちなんてほとんどわからん。しかし世の中の流れから取り残されたくないと思っている。だから賞を取って話題になった本があれば、買って読む。著者が現役の女子高校生ともなればなおさらだ。(…)」(『1Q84』)
 
「小説の値打ち」がなんであるかや、誰がどう決めるか、ひとびとに「小説の値打ち」がほんとうにわからないかどうかはともかく、『1Q84』の登場人物・小松が言うような状況は、今日の社会にたしかにあります。石原慎太郎『太陽の季節』の昔から、村上龍『限りなく透明に近いブルー』を経て、綿矢りさの『蹴りたい背中』と金原ひとみの『蛇にピアス』……現役学生という意味では、広告にでかでかと「現役早稲田大生、平成生まれの二十歳デビュー作」と書いてある、朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』なんかも「現役学生」という「話題」が評判を後押しした一例でしょう。
 なかでも芥川賞は、あくまで「新人賞」とはいえ、東京築地の料亭・新喜楽で夕方から行われる選考会の直後から、全国ネットのNHKニュースをはじめ各社のテレビやラジオ(いまであればネットも)で速報、一時間後には丸の内の「東京會舘」で大々的な記者会見がセッティングされます。その模様は当夜の報道番組や翌日の新聞、さらには翌日以降に発売される週刊誌・月刊誌などでも報じられ、それまで「知る人ぞ知る」的に地味な「純文学若手作家」だった存在が、一躍「ときの人」となるわけです。
 
 芥川賞に限らずほぼすべての賞がそうですが、受賞作が決まる前にまず「候補作」が決まり、一部はそれらの作品名と作者名も公表されます。芥川賞の場合は、主催者である日本文学振興会が、受賞作発表の二週間ほど前に五作前後を「候補作」として公表、それらの作品は直後から「芥川賞候補作」の帯をかけられ、店頭で大々的に売り出され、速報性の重視される新聞などの媒体は、受賞作が決まってすぐプロフィールやインタヴュー記事を掲載できるよう、候補者全員に取材をはじめます(何度も候補になりながら落選した作家は、そのたびに「受賞したときのため」のインタヴューや取材を受けており、それがけっこう負担だったりするのですが)。
 候補になっただけでそんな状態ですから、受賞ともなると輪をかけた喧騒が始まります。発表当日や翌日のお祭り騒ぎを皮切りに、受賞作品と選評は、発行六十万部の日本有数の総合月刊誌「文藝春秋」に掲載。発売日には、書店店頭に山と積まれるのはもちろん(全国の書店数が約一万五千軒、コンビニや駅売店で半数が売られるとしても、書店一店舗あたり二十冊が並ぶ計算です)、新聞の全面広告や列車の中吊り、さらには駅や街頭のポスターと、さまざまな場所に受賞作のタイトルと受賞者名、ときには彼らのポートレイトまでが飾られます。ふだんは小説に関心の薄いメディアや他の産業からも、取材や講演、テレビのゲスト出演などの依頼が殺到し、受賞から数カ月は、プロ野球のドラフト一位指名選手や大型新人アイドル、国政選挙の候補者なみか、それ以上の露出ぶりです。
 
 第一四一回(二〇〇九年上半期)の受賞者、大手商社で勤務する磯﨑憲一郎は、電車の中吊り広告やポスターの近くに立って「誰か気づくかな」と試してみたと対談で語っていましたが、そんな気持ちもわかろうというもの(とはいえ、微笑ましく初々しい彼らがなかば安堵、なかば失望まじりに吐露するように、それだけで気づかれるほどすぐに浸透はしないのですが)。そんなこんなが、「芥川賞をとれば評判になる」と言う、『1Q84』の登場人物・小松の考える「でかいこと」の結果なわけです。
 とはいえ、芥川賞が誕生した当初は、それとはまったく逆の状況がありました。

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